第3話

 九月十日。自宅で夕食を終えた譲治と美智は、ハワイ島に来てからの習慣で、神話に出てくる神々が子供たちを守ってくれるように、ケアリー・レイチェルが唄う静かなハワイアンをお腹の子供たちに聴かせていた。

「もうすぐ、僕たちの天使がこの世に誕生してくるんだね」

 すでにかなり腹部が張り出している美智に、そう優しく声をかけた。

「今日までずっと子供たちと心が通じ合っていたから、私の中ではもう生まれているのと変わらない状態よ。でも、この目で二人の顔を見るのがとても楽しみだわ」

 病院からも、陣痛らしい兆候を感じたらすぐに連絡するようにと言われていた。いつ入院をしてもいいように準備だけは済ませていた。

 けれど、二人の子供たちは突然、その日の夜に生まれた。

夕食を終えてくつろいでいる時にも、陣痛の兆候など微塵もなかった。それが、午後十一時頃に寝室に入った時に、いきなり陣痛が始まり、病院に連絡する余裕などない中で、二人の子供は生まれた。安産すぎる出産だった。

 陣痛が始まった時に、「このまま出産になるな」と察した譲治は、すぐに大きな鍋でお湯を沸かし、ベビー用のバスにそれを溜めていった。譲治が助産婦の代わりに二人の子供を取り上げたのだ。

 沐浴をして、産着を着た子供たちは、出産と同時に大きな産声をあげた。医師から、肺がないから、生まれてきても、自力で呼吸ができないためにすぐに死んでしまうと言われていた男の子も、大きな産声を上げた後も元気な様子をみせた。医師の指摘が全くの嘘だったことがこの瞬間に判明した。

 けれど、医師から何度も指摘をされていた、「奇形児だ」という指摘は外れてはいなかった。その姿をここでは具体的に表現はしない。それほどの奇形だったのだ。

 それでも美智は、男の子を胸に抱いて何度も愛おしそうにキスをした。次に女の子を抱いて同じように何度もキスをした。

 自宅で出産したことを病院に連絡をすると、医師から「大丈夫でしたか?」といきなり訊かれた。生まれた子供たちの様子を訊かれたと思い、「二人とも元気です」と答えた。

「先ほど、大きな二つの光の塊が流れ星となって、白井さんが住んでいる住宅地辺りに落下したとの情報を受けましたので、それでお訊きしたのです」

「そうでしたか、それには気が付きませんでした。ご心配をいただきましてありがとうございます。こちらは大丈夫です」

「何も被害がなくて良かったです。お子さんの様子をお聞きする限りではご自宅での出産に特別問題はないと思いますが、もしご心配でしたら明日往診をいたしますが」

「初めての出産ですので、明日、念のために往診をお願いいたします」

「分かりました。では、明日午前十時に往診にお伺いします。それでは、今夜はゆっくりお休みください」

 翌日午前九時に玄関のインターフォンが鳴った。ちょうど遅めの朝食を済ませ、台所で譲治が後片づけをしている時だった。

「あれ、予定より少し早いなあ?」

 病院からの往診の予定が早まったのだと理解した。

「はい、すぐに開けます」

 洗いかけの食器を洗浄機に素早く入れると、スイッチをONにして玄関に向かった。往診を疑っていなかったので、覗き穴から覗くことはしなかった。

「ドアを開けると全く見覚えのない男たちが、少なくとも五人は立っていた。どの男たちも背が高く、特別に鍛え上げられていることが、外観からも十分に感じ取れた。

「只者ではない」と咄嗟に感じた。と同時に一度開けたドアをすぐに閉めた。

 けれど間に合わなかった。

男たちはこうしたことには慣れているのだろう、譲治がドアを閉める寸前に、ドアの間に足が挟まれていた。

「ご安心ください、私たちは決して怪しい者ではありません。こういう者です」

 そう言うと名刺を一枚、僅かに開いているドアの隙間から差し出した。

『LSOTE  Life span of the earth』

 名刺にはそう書かれていた。「地球の寿命?」新興宗教の勧誘だろうか? 譲治は警戒心をさらに強めた。男の氏名の明記はなく、『Manager A』と職務名だけが書かれていた。

「お帰りください。強引にこんなことをするなら警察を呼びますよ」

 そう言うと、譲治はドアの隅間に突っ込まれている足を思い切り蹴った。けれど、譲治の力で蹴り返したくらいでは、鍛え抜かれた強靭な男の足は、ビクともしなかった。

「誤解しないでください。私たちは白井さん家族に危害を加える組織の人間ではなく、逆にあなたたち家族を助けるために、こうして来たのです」

 足を突っ込んでいる男が、必然的に譲治との交渉役になっていた。ドアの隙間から見える男の顔も声も真剣そのものだったが、男がいう「家族を助けるため」という目的の意味が、譲治には全く解らなかった。自分の家族は助けなど求めてはいない。何を根拠にそんなことを言っているのだろうと譲治は思った。

 とにかくこんな得体の知れない連中と関わるのは絶対に避けたい。子供が生まれたばかりの無防備な家庭を、少しでも危険に晒すことはできない。譲治はそう考えた。

「これ以上私たちに付きまとうなら、警察を呼ぶ」

 咄嗟に口をついた言葉だったが、携帯はリビングのテーブルの上に置いたままだ。仕方なく美智の名前を呼んだ。すぐに美智がガウン姿で寝室から出て来た。このタイミングからすると、美智が部屋から出てきたのは譲治が呼んだからではなく、男たちが訪ねて来た時点で、部屋から出てくる準備を始めていたのだろう。でもなぜ、見ず知らずの男たちの訪問を、美智は恐れなかったのだろうか? 譲治にはそれが不可解だった。

「あなた、LSOTEのみなさんがこの家を訪ねていらしたのは、子供たちが要請したからなのよ」

 美智が譲治には理解できないことを口にする。

「だから、せっかく来てくださったのに、玄関で足止めをするのは失礼な対応なの。すぐに家に中に入ってもらって」

 美智は玄関まで来ると、ドアのノブを握っている譲治の手をはぎ取り、LSOTEの男たちを家の中に入れた。

「ご理解をいただきましてありがとうございます」

『Manager A』が美智と譲治に向かって頭を下げた。見た目は完全に白人の顔なのに、日本人がするように、深々と頭を下げる姿に譲治は違和感を抱いていた。

 江戸時代、鎖国中の日本と貿易をするために、欧米人が決してしなかった将軍や大名に対しての忖度やお辞儀を、オランダ人はなんの躊躇(ためら)いもなく行い。それを認められて、貿易の許可を求める欧米国の中で、唯一オランダだけが長崎の出島にオランダ居住地を作る許可を得たのだ。

 この江戸時代のオランダ人と同じように、LSOTEの男たちは、明らかに対日本人を意識した訓練を受けているようだった。

「美智は彼らのことを知っているのか?」

 もしそうなら、美智が譲治に対して秘密を持っていたということだ。

「私は今日初めてお会いする人たちだけど、子供たちとはすでに太いパイプを持っている人たちみたいよ」

 何を馬鹿なことを言っているのか。子供たちは昨日、この世に産声を上げたばかりじゃないか。乳児とこの強靭な男たちが、太いパイプで繋がっていることなどあり得ないことだ。

 この時点で、譲治の中を、妊娠してからの美智の挙動についての懸念が一気に噴き出してきた。激しい悪阻で入院を余儀なくされ、妊娠の安定期に入る五か月目の検査で、男女双子のうち男の子の方が著しく成長が遅く、しかも重度の奇形児だと指摘をされた。そして、医師からはもう一人の女の子の方に悪影響を及ぼすことと、男の子が間もなく死亡する可能性が高いからという理由で、堕胎を強く勧められ、譲治はその決断を迫られた。

 この時、美智は男の子が助けを求めていると言った。ボクだけ遠くに行くのは嫌だと助けを求めていると言った。譲治はその言葉を信じて、病院から逃げ出すことを決断する。結果的にはこの決断は正しかった。医師は、重度の奇形児の男の子のことを、ただの研究材料として考えていたからだ。冷酷な医師の研究のために、生命を落とすことになるところだった男の子の生命を、寸でのところで救い出すことができたのだから。

 続いて、子供たちが希望しているというハワイ島への移住についても、全てが、抗(あなが)うことのできない強い力に導かれるように、常識では到底考えられないような絶妙な偶然が重なって、ハワイ島での生活が始まったのだった。

 そして今日、出産した翌日のLSOTEという怪しい組織の男たちの突然の訪問である。この訪問を美智は、昨日生まれたばかりの子供たちが要請したことだと言って、中に入れるのを拒み続けた譲治の意見など聞く耳を持たない態度で、易々と男たちを家の中に入れてしまったのだ。

 妻の美智の頭の中は、途方もなく大きな力により洗脳をされ、支配をされているのではないか? 考えてみれば、男には一生理解ができないけれど、たとえ母親と胎児との強い繋があったとしても、これまでの美智の言動を子供たちに関連付けるのは、どう考えても無理がある。その決定的な出来事が、今朝のLSOTEの男たちの訪問だ。

「突然の訪問でご主人は大変驚かれたと思いますし、今でも私たちの訪問に対して不信感を拭えないでいることは、充分に理解しています。不信感を払拭していただくために、LSOTEという組織が、どのような組織なのかにつき簡潔に説明をしたあとに、本日の訪問の目的につき、詳細に説明をさせていただきたいのですが、ご主人にお時間はございますか?」

 LSOTEという組織と、訪問の目的については譲治も説明をして欲しいと考えていたので、これを了解することにした。

「会社には妻の出産のための休暇を一週間申請していますので、時間の方は大丈夫です。LSOTEという組織のことも、今日の訪問の目的も妻は知っていることなのですよね?」

 自分一人だけが蚊帳の外に置かれているということを強調した。

「いえ、奥様は組織のことも、今日の訪問の目的についても、全くご存じではありません」

「けれど、先ほど妻はあなたたちが訪問をしたのは、子供たちが要請をしたからだと言いましたよね。昨日生まれたばかりの乳児が、実際にそのような要請をすることは不可能なので、妻があなたたちの訪問をすでに知っていたということでしか、辻褄が合わないと思いますが」

「奥様が言われたことは真実です。私たちの組織はお二人のお子さんと、ずっと繋がっていました」

 また、理解に苦しむことを言う。だから、こう訊いた。

「ずっと繋がっていたとは、いつからですか?」

「奥様が妊娠をされた時からです」

『Manager A』は明らかな嘘を、真剣な顔をしてついた。

「ふざけた話をするのなら、今すぐお帰りください」

 譲治は怒りを込めて、吐き捨てるように言った。

「ふざけているように受け取られてしまうかもしれませんが、これは紛れもない真実なのです。白井さん、騙されたと思って最後まで私の話を聞いていただけないでしょうか。聞くに堪えられないとご判断をされた時には、いつでも中断をご指示いただいて構いませんので、お願いします」

「あなた、大の大人があんな分かり易い嘘などつかないと思うので、最後まで話を聞いてみましょう。母親としてあの子たちと、LSOTEという組織との繋がりについて、私は説明を聞きたいと思う」

 美智に説得をされたわけではない。ただ、美智の言う通り、もし嘘をつくならあんな分かり易い嘘はつかないという説明には頷けたからだった。

「分かりました。話をお聞きします」

「ありがとうございます。では最初に私たちの組織LSOTEについて、簡単に説明をいたします。LSOTEとは地球の寿命Life span of the earthの頭文字を取って名付けられた組織名です。LSOTEは、国境を越えた世界的な企業、例えばGAFAと略称で呼ばれる四社に、マイクロソフト社を加えた世界を席巻する五大企業の創立者や、アメリカを中心とした大企業の創立者や経営者たちが、各々個人資産の中から資金を出し合い、設立された組織です」

『Manager A』の話の続きはこうだった。

 現在の地球は多くの問題を抱えている。その最たるものが温暖化による地球規模の著しい異常気象だ。温暖化の大きな原因に挙げられているのが、二酸化炭素の排出増だ。これは、人類が生きていく上では絶対に不可欠なことなのだ。なぜなら、人間を始めとする動物は、空気中の酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すことで生命を維持しているからだ。

 吐き出された二酸化炭素は植物の光合成により、再び酸素に戻る。こうした地球の営みが崩れ始めたのが、産業革命以降の急激な人口の増加である。

 それまで食物を求めて移動生活を送っていた人類が、約二万年前の氷河期を経て定住をするようになり、狩猟や採取などにより食料を得るのではなく、一万二千年前くらいから農耕による生産が開始された。氷河期も終わり気候が安定し、食料の供給が安定してくると、人々は集団を作り、それが社会という組織を作り出して行く。

 社会組織の規模が大きくなれば、そこに必然的に集団を引っ張るリーダーが誕生し、役割分担を担うために指示命令系に即した階級ができる。これにより、より強固な組織独自のルールが確立してくる。組織では支配する者と、従順する者に大きく二分され、支配する者は組織の拡大と支配力の強化のために、より生産性の高い肥沃な土地を求めて、他の組織の生活圏内であろうと構わず侵略を繰り返して行く。

 それでも、産業革命が開始されるまでの世界人口は七億人だったと推測されている。その後、地球誕生からの長い時が作り出した化石燃料を利用することで、生産性の格段の進歩を人類は手に入れることが可能となった。化石燃料は石炭から石油や天然ガスに主役を移していき、原子力にまで手を伸ばしてしまった。

 生産性の進歩は食糧事情の大幅な改善を生み出し、飛躍的に人口を増やして行った。産業革命が始まった十八世紀半ばには七億人だった世界人口は、2019年には七十七億人と十倍以上に増加し、現在の予測では、2030年には八十五億人、2050年には九十七億人。そして、2100年には百九億人に増えるとされている。

 今から二億三千万年前のジュラ紀から、絶滅する六千六百万年前の白亜紀まで、一億六千万年間もの長きに渡り、地球上の至る所に生存していた恐竜でさえも、地球上から絶滅をしている。

 恐竜が絶滅した原因については、巨大な隕石の地球への衝突により、自転の軸が大きくずれたことと、衝突の衝撃で吹き飛んだ土砂などの粉塵が空を覆い尽くし、太陽の光が地表に届かなくなったため植物が枯れてしまい、これを食料にしていた草食動物や恐竜がまず滅び、こうした動物を捕食していた大型の肉食恐竜が絶滅をしたと言われている。

 けれど、この周囲径十キロメートルもある隕石が、なぜ地球を直撃したのかについて、LSOTEでは、これは宇宙が地球に対して行った浄化行為だと考えている。増えすぎた恐竜たちを地球から淘汰し、地球を再生させるためにだ。

約百三十四億年前のビックバンにより、宇宙が誕生した。この時に放出された水素やヘリウムなどのガスと塵が高速回転を繰り返すことで、五千年の時間をかけて原子惑星を形成していったとされている。こうした宇宙の活動の中で、約四十六億年前に地球が誕生した。

 約六千六百万年前に地球上から恐竜を絶滅させた巨大隕石の衝突は、ビックバン以来の宇宙の法則に基づき、宇宙が地球に対して行った淘汰、浄化活動の一環だとLSOTEは考えた。

 それならば、七十七億人まで増え、さらに増え続けようとしている人間たちにより、もたらされる異常気象や化石燃料の枯渇、原子力の乱用等の弊害を淘汰するために、そろそろ地球の浄化が始まるタイミングだと考え。LSOTEはその確認のための準備を独自に進めてきていた。

 まずは、このハワイ島のマウナケア山山頂に、どの国の物よりも大きく、倍率の高い天体望遠鏡を二基有する、LSOTE単独の天文台を建設し、宇宙の変化をあらゆる角度から観察し続けてきた。すでにこの観察は十年以上継続をされている。

 LSOTEに全面協力をしてくれている世界中の天文学者、科学者、化学者、物理学者が意見を出し合い、何年もの歳月をかけて協議をした結果、宇宙が地球の浄化活動を行うとしたら、宇宙空間の中に存在するダークマターの力を利用するはずだという結論に至った。

 ダークマターとは、宇宙に存在する、質量 はもちながらも目に見えない 物質のこと。倍率の高い天体望遠鏡で観察しても発見することが難しい物質ではあるが、単独では無害であっても、ダークマターとダークマターが衝突をすることで、強烈な破壊力が生じる。この破壊力は、観測中に、比較的近い光年先の地球の四倍以上の大きさの星が、このダークマター同士の衝突で発生した膨大なエネルギーで、一瞬のうちに砕け散り消滅をしてしまったほどだ。

 地球の浄化活動は、このダークマターの破壊力を活用し、地球を二分割、いや四分割した後に、新たに各々が新しい惑星としての歴史を開始して行くことではないかと、LSOTEでは推測していた。

 この推測が外れていなかったと感じ始めたのが、二〇〇二年十二月三十一日だった。LSOTEの天文台では、望遠鏡と併設して宇宙に向けてレーダーを設置している。このレーダーから不規則なパルス信号を年中二十四時間不休で発信し続けている。同時に、宇宙からの信号やメッセージを同じく不休で受信していた。

 このレーダーに宇宙からの最初の信号を受信したのが二〇〇二年十二月三十一日だった。最初は宇宙からのノイズを受信しているのかと考えたが、この信号には規則性があり、意図的にこのレーダーに向かって発信されているものだと確信が持てた。

 やがて、この信号はある特殊な変換器を通すと言語になることが判った。変換器を通した最初の言葉が、『ボクたちは男女双子として、地球に誕生する』だった。

 どの夫婦の子供として生を受けるか、どの場所で生まれてくるかも、具体的に決められていた。宇宙の法則に照らし合わせて、この双子の親として最適だと選択されたのが、極東の島国日本の、本州の西側の港町で子供が授かるのを切望していた白井夫妻だった。

 白井夫婦を選んだのはLSOTEではなく、地球の浄化を司る宇宙に存在する闇の組織だ。ダークマターと同じく、存在は確認できているが、その実情が全く判っていない組織。暗闇の組織ダークグループ(Dark group)を、LSOTEではDグループと呼んでいる。このDグループからの使命を受けた双子の子供たちは、各々体内にダークマターと称される、地球上には存在しない危険な物質を内蔵していた。この物質は、単独ではなんらの作用もしない安全無害な物質ではあるが、別のダークマターと組み合わさることで、強力な核分裂を繰り返し、地球四個分を一気に爆破出来る破壊力を持つ、地球上で製造することが絶対に不可能な危険な爆弾になるのだ。

 Dグループが双子の子供たちに送り続ける指令を、LSOTEは高機能レーダーで受信し解読し続けていたのだ。それによると、双子は母親の子宮の中で、別々の殻に包まれる形で存在していた。なぜなら、成長するにしたがって各々が接触する機会が増えて、それにより爆発を起こしてしまう危険を完全に回避するために、子宮の中にさらに殻を形成して個室の中で各々が成長をしてきたということだ。さらには、ダークマターは二つの物質が強く接触し、そこに融点を越える熱が加わった時に核分裂を起こし始めるが、出産をするまでは、この子供たちが体内に有しているダークマターが勝手に核分裂を起こさないようにロックをかけてあった。

 そして、二〇〇三年九月十日、ハワイ島マウナケア山の上空に、ハワイ神話の四大神が光に化身して現れ、四大神の化身は急に高速で回転を始めると、まるで台風の目のように渦巻きながら、四体が一つに統合した。統合したハワイ神話の神たちは、強烈な光を放ちながら、さらの上空へと筋となって突き進んで行った。そして、この光の筋は二つの流星となり、白井美智さんのお腹の中で出産を待つ子供たちの元に、一直線に突き進んだのだった。

 この流星こそが、ロックされていた核分裂を解除する暗号だったのだ。これにより二人が強く接触をし、そこに熱が加わった時に、一瞬にしてこの地球は爆発を起こし、二分割または四分割されて、各々が新しい惑星としての歴史を始めていくことになる。

『Manager A』の説明は一度ここで終わった。

「今の説明で、LSOTEの組織の成り立ち、今日我が家を訪問された目的については理解ができました。ただ、それはストーリーを理解できたということであって、マネージャーAさんがご説明をされた内容が真実だと理解したわけではありません。話された内容は物語のストーリーとしては良く考えられたものだと思いますが、これを信じろというのには無理があると思います」

『Manager A』の話を聞いたあとに、譲治は素直な感想をこう口にした。

「例えば、どのようなことが明確になれば、ご主人は私の話を信じいただけますでしょうか?」

「先ほど家内は、LSOTEの訪問は、子供たちが要請したからだと僕に説明をしました。けれど、マネージャーAさんの話では、LSOTEはDグループと呼ばれている地球の浄化を司る組織が実行しようとしている、爆破による地球の分割を阻止しようとしていると理解したのですが、僕の理解が正しいなら家内が言ったこととの矛盾が生じます」

「LSOTEが行おうとしているのは、ご主人が理解されている通りです。なんとしてもDグループが実行しようとしている、地球の浄化を阻止することです。ただ、奥様が言われたことも決して間違いではないのです」

「僕の疑問への答えにはなっていないと思うのですが?」

「説明が中途半端で申し訳ありません。周知徹底したDグループの計画に実は想定外なことが起きてしまったのです」

「想定外なこと?」

「そうです。それは、Dグループの指令で奥様の子宮の中に宿った生命は、地球外から侵入してきた生命体ですが、十か月近く母体の中で育っていく過程で、奥様の母性が育っていくように、子供たちにもこの母性に甘えたいという胎児特有の本能が芽生えてきてしまったのです。ですから、地球外の生物だった子供たちが、母親の胎内で育っていくうちにDグループの指令通りにはいかなくなったということです。こうした経緯から、私たちLSOTEを白井家の自宅に招いてくれたのは奥様の言う通り、二人のお子さんなのです」

『Manager A』はそう説明をした。けれど、根本的で最も重要なことが確認できていない。

「質問をするのがとても怖いのですが、これを曖昧にしたままでは、これからの僕たち家族の在り方に大きく影響をしてきますので、質問をします。地球外から妻の胎内に送り込まれた子供たちは、僕と妻の遺伝子を全く持たない地球外生物、つまりは宇宙人なのでしょうか?」

 不安と恐怖で心臓がろっ骨を突き破って飛び出しそうなほど、速く激しく鼓動していて、意識が遠のいていきそうな錯覚にさえ陥っていた。

「詳細はお子さんのDNA解析が必要ですが、推測の域を脱しませんが、おそらくお二人の遺伝子を継いでいる可能性は高いと考えます」

「気休めの言葉は必要ないのですが」

 大きく安堵をしながらも譲治は言った。

「根拠はあります。奥様の身体の中で、胎児はへその緒を通して母体から栄養を吸収します。おそらく、妊娠初期に奥様が激しい悪阻に襲われたのは、胎児の遺伝子と奥様の遺伝子とが合致しないことが原因だったと考えますが、悪阻が収まってきたということは、胎児が育って行く過程の中で、遺伝子が二人のそれと合致してきたと考えるのが妥当です。同時に、奥様には強い母性が、胎児には母親に甘えたいという本能が芽生えてきたのだと考えています。ですから、生まれたお子さんは、完全に二人の遺伝子を持った子供だとLSOTEは考えています」

 遺伝子検査のための血液採取を今日実施することになった。

 DNA解析の結果を聞くまでは安心はできないが、『Manager A』の説明を聞いているうちに、譲治の気持ちは軽くなっていた。美智は? と横を見ると、母性がそうさせるのか、『Manager A』の説明に大きく頷いていた。

「ここからは、お二人に辛いご選択をいただかなければなりません」

『Manager A』は表情を曇らせながら譲治と美智を見た。

「辛い選択とは、どういうことでしょうか?」

「どちらか一人のお子さんを、遠く離れた場所に連れて行き、別々に育てていく必要があるのです。そして、最悪の場合二人のお子さんは、これから死ぬまで一生会うことができない可能性があるのです」

「それは、二人の接触が地球絶滅の危険をはらんでいるかですか?」

「そうです。二人のお子さんをただ、地球の絶滅危機を回避するだけではなく、同時にお子さんたちの体内に埋め込まれているダークマターの正体を正確に解析し、体内からその物質を取り出すか、無力化するように研究をして行くためでもあるのです。そうなれば、双子のお子さんは、堂々と兄弟として思う存分抱き合うこともできますし、親子四人水入らずの生活を実現することが可能になります」

「では、最悪の場合というのは?」

「ダークマターの解析ができないか、物質を解明できても、それを無力化できない場合、二人が接触することの危険性は永遠に続くということです」

「失礼な質問をお許しください。LSOTEは、ダークマターの正体を解析する自信はあるのでしょうか?」

「現段階で、『自信があります』と答えれば、それは嘘になります。ダークマターは地球上には存在しない物質です。ですから、これまでの常識ではその構造も簡単には解析はできないと考えています。このダークマターを体内に持つ二人のお子さんがやっと生まれてくれたのです。もし、ご両親からご承諾がいただけるなら、LSOTEが責任をもって、地球上の最高レベルの英知を結集して、ダークマターの解析に努めて行くことをお約束します。今、私たちから申し上げることができるのはここまでです」

「マネージャーAさんのご説明は全て理解することができました。ただ、正直に申し上げますと、今、僕と家内の頭の中は激しく混乱をしています。LSOTEの説明を聞いている中で、出産までの過程においての色々な出来事を振り返ってみる時に、説明内容に合致する出来事も沢山あるように感じました。どちらかの子供をLSOTEに預けることについては、その理由も妥当性もものすごく理解できます。けれど、子供たちはたった数時間前に生まれたばかりなのです。まだ、名前すらついていないのです。せめて二人に名前をつけてやり、一晩でも良いので親子四人で同じベッドで眠りたいと思います。この親心をご理解いただき、明日、可能であれば午後遅くに、再度訪ねて来てはいただけないでしょうか? それまでに、家内と十分に話し合い、僕たち夫婦の結論を申し上げさせていただきますので」

「分かりました。では、明日、午後七時に再びお訪ねいたします。本日は、朝早くから突然お伺いし、大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。それから、私たちLSOTEからの説明を最後まできちんと聞いていただけましたこと、心から感謝いたします。ありがとうございました」

 LSOTEの男たち全員が日本式に頭を下げた。

「悪意は全くなかったとはいえ、大変失礼なことを数えられないくらい言ったと思います。これらの暴言や失言については、状況を勘案してお許しをいただけますよう、お願いいたします」

 そう言って譲治も頭を下げた。

「そんなこと、全く気にはしておりません。それに、ご主人からの指摘や質問は、全て妥当で納得できるものでした。どうぞ、お気になさらないでください」

 そう言い残してLSOTEの男たちは帰って行った。

 二人で寝室に戻ると、子供たちはベビーベッドの中で静かな寝息を立てていた。部屋に入った物音に目を覚ましたのか、二人そろって急に泣き声を上げてしまった。

「せっかくぐっすり眠っていたのに起こしてしまったようだね、ごめん、ごめん」

 優しい声で子供たちの頭を撫でながら譲治が言うと、美智が笑いながら言った。

「起こしたんじゃなくて、そろそろ授乳の時間だからお腹を空かせて起きたのよ。私たちのせいじゃないわ」

「それを聞いて安心をしたよ。すぐにミルクを用意しなければ」

「今はまだ母乳で間に合うからミルクの用意は要らないわ。すぐに、母乳では足らなくなるでしょうけど」

 美智は、まず男の子の方から母乳を与えた。飲み始めた時には勢いよく吸っていたが、すぐに飲むのを止めた。

「えっ、もういいのか。たくさん飲まないと大きくなれないぞ」

 譲治としては何気なく言ったのだが、これを聞いた美智は悲しそうな声でこう言った。

「この子はあまりお乳をたくさん飲むことができないの。おそらく消化器官の発育が完全ではないからかもしれない。その代わり女の子の方は食欲旺盛なのよ。すぐに母乳だけでは足らなくなってしますと思うわ」

男の子の後、女の子に母乳を与えながら美智は言った。

「美智、先ほどのLSOTEからの要請については、あとで二人でゆっくり相談するとして、まずはこの子たちに名前をつけてあげよう。美智には何か考えている名前はあるのか?」

「私は、このハワイ島で生まれたこの子たちに、ハワイを代表する山の名前をつけてあげたいと思っているの。将来、ハワイを離れてどこか遠い国や街で暮らすことになったとしても、自分の原点がこのハワイにあることを、どんな時でも誇りに思って欲しいから」

「それは良い考えだね。ならば、マウイ島ハレアカラ、僕たちが住んでいるハワイ島が誇るキラウエア、マウナロア、そしてハワイ諸島の中で最も高い山マウナケアがあるね」

「私は、二人にマウナとケアという名前を付けたいと思う。先ほどのLSOTEの人の話では、この子たちはこれから別々に人生を送って行くことになるから、二人の名前が合わさった時に、偉大な山の名前になって欲しいと思うから。あなたは、どう?」

「マウナとケア。良い名前だと思うよ。マウナは山、ケアは白。山頂には雪をいただいているマウナケアを、白い山だとハワイの原住民の人たちは名付けたのだ。では、どちらがマウナでケアなのかな?」

「あなた、二人の子供たちをよく見て。まだお乳を飲み続けている逞しい女の子と、透き通るような白い肌をした男の子。何も考える必要なんてないわよね。女の子がマウナで男の子がケア。二人が今度会う時は、二人が力いっぱい抱き合っても爆発など起きなくなった時。この時、マウナとケアは、気高く、美しい、真っ白な山、マウナケアになるの」

 美智はすでにお腹いっぱいになっているケアと、まだ母乳を飲み続けているマウナの顔を交互に見ながら言った。

「美智はLSOTEの要請を受ける覚悟が、すでにできているということなのか?」

「話を聞いている時から覚悟はしていたわ」

「それは、地球絶滅の危機を救うためか?」

「その命題は大きいけど、私は単純に子供たちが、なんの支障もなく抱き合える未来がくることを信じて、どちらかの子供を彼らに託したいと思っているの」

「母は強いなあ、僕はまだ覚悟ができないでいるよ」

 譲治は正直に弱音を吐いた。

「仕方がないわよ、あなたは今日初めて子供たちの秘密を知ったのだから。私の方は詳細までは理解していなかったけど、子供たちとの繋がりの中で、出産後に何か大きなことが起こるかもしれないという、ばく然とした予感はあったから」

 母親と胎児との繋がりは、男の自分には到底理解ができない。譲治はそう思った。けれど想定外だったのは、双子の子供たちを引き離さなければならないと聞かされた時に、美智が取り乱すことも、泣き出すこともなかったことだ。

「今夜は、子供たちを真ん中にして親子四人で一緒に寝よう。これが四人で過ごす最後の夜にならないことを祈りながら」

この時、眠っていたケアの目が一瞬開いてキラリと光ったように、譲治には見えた。


 翌朝になった。午前十時に『Manager A』から電話が入り、午後七時に訪問するとの連絡があった。この時点でさえ、マウナとケアのどちらをLSOTEに預けるかを二人は決めかねていた。

 午後七時ちょうどにLSOTEの男たちはやってきた。

「こんばんは」の後に、「お子さんたちの名前は決まりましたか?」と訊いてきた。

「ええ、決まりました。女の子がマウナで男の子がケアです」

 譲治がそう答えた。

「ほう、二人合わせるとあの気高い山、マウナケアになりますね。素晴らしい名前だと思います」

『Manager A』は笑顔を浮かべてそう言った。

「結論を急ぐようで申し訳ないのですが、昨日我々が提案をした、お子さんのどちらかをLSOTEがお預かりする件については、お二人でしっかりご相談をしていただけましたでしょうか?」

この時すでに『Manager A』から笑顔は消えていた。

「はい。ご提案をお受けすることにしました」

 譲治が答えた。

「LSOTEの方針の主旨をご理解いただきまして、大変感謝をいたします。それで、どちらのお子様をお預かりすれば良いでしょうか?」

「それが、二人ともまだそれを決めかねているのです」

 譲治がそう言うと、『Manager A』は大きく頷き返した。

「お子様は今、寝室のベビーベッドで寝ていますか?」

「いえ、私たちのベッドにいます。昨夜は四人で一緒に眠りましたので」

「失礼ですが、お子さんの所にご一緒に行かせていただけないでしょうか?」

「構いませんが、でも、どうして?」

「確認したいことがあるのです。ご一緒させてください」

 譲治と美智が、LSOTEの五人の男たちを寝室に誘導をした。

 寝室のドアを開けて、ダブルベッドの上で眠っている子供たちの姿を見た。この瞬間、譲治は目を疑った。

「えっ?」

譲治と美智は同時に声を上げた。

 なんと、ベッドの上に眠っている二人の子供は、どちらも女の子のマウナの姿をしていたのだ。

「なんで、マウナが二人いるの? ケアは?」

 美智は狂ったように大声を上げた。常識では考えられないことが起こっている現状に、どう対応をして良いのか判らなかった。

「擬態していますね」

 冷静な声で『Manager A』が言った。

「擬態とは?」

「虫や爬虫類などが敵の目を欺くために、木の枝や葉っぱ、花などに似せた色や形になることです。良く知られているのはカメレオンとか花カマキリとかです。ここではケア君がマウナちゃんに擬態したのでしょう」

 事も無げに『Manager A』は答えた。

「ケアに擬態をする能力が備わっているということですか?」

 譲治は恐る恐る質問をした。

「そのようですね。Dグループが送り込んできた双子の子供たちの細胞は、どうやら擬態する能力を備えているようです。きっと、我々を敵だと察したのでしょう。だから我々の目を欺くために、咄嗟にケア君がマウナちゃんに擬態した」

「マウナも同じ能力を持っているということですね?」

「最初はそうだったと思いますが、今、マウナちゃんの中でご両親の遺伝子にどれくらいの割合で置き換わっているかにもよると思います。ケア君はその割合が半分以下ということなのかもしれません」

「……」

『Manager A』が話している言葉が、素直に頭に入ってこなかった。実の子供が人の目を欺くために妹に擬態するなんて。

「お母さん、ケア君に声をかけてみてください」

 先ほどの驚きはまだ収まらないようだったが、それでも美智は、「ケア」と名前だけを呼んだ。するとどうだろう。みるみるうちに一人の方がケアの姿に戻ったのだった。

「普通の子供のように、母親の声はちゃんと認識をしているようですね」

『Manager A』は褒め言葉としてそう言ったのだろうが、譲治は素直に喜べなかった。それは美智も同じのようで、横をみると美智は複雑な表情を浮かべていた。

「ご両親にお願いをしたいのですが、LSOTEとして、ケア君を預かりたいと考えているのですが、いかがでしょうか?」

 どちらの子供を預かるかは夫婦の間でも決めかねていたので、LSOTEからの提案をそのまま受け入れて良いのか、譲治には判断ができなかった。だから質問をした。

「それは、この擬態のような状態を見たからですか?」

「いえ、昨日二人の赤ちゃんを見た時点で決めていました」

「それは、ケアが奇形児だからでしょうか?」

 自分の子供に対して奇形児という表現を使うことに、譲治の胸は強く痛んだ。

「そうです。ケア君の姿からマウナちゃんと比べると、ご両親の遺伝子への置き換えの割合が、ケア君の方が低いと考えたからです。元々、妊娠初期は二人とも同じ姿だったと推測をしています。それが、発育して行く過程で、遺伝子が両親のものへと置き換わって行き、出産時の姿になったのだと考えています。ですから、よりDグループが送り込んできた遺伝子の状態に近いケア君を調べることで、体内に埋め込まれているダークマターの構造や性質等の解析を、スピードアップさせることができると考えたのです」

『Manager A』の説明に、譲治と美智は頷き返した。これで、ケアをLSOTEに預けることは決まった。

「ケアはどこに連れて行かれるのでしょうか?」

 美智の心からの質問だったと思う。ケアの体内に埋め込まれているダークマターの正体が解明できるまでは、マウナは無論だが、譲治と美智も一生ケアと会うことができないのだ。せめて、今後息子はどこで暮らして行くのかを教えて欲しいと思うのは、母親としては至極当然のことだ。

「こうした情報は漏洩させないために、知っている人間を極力少なくするのが鉄則です。ですから、たとえご両親であっても詳細な場所はお教えすることはできません。ただ、これだけはお教えできます。ケア君は今後、LSOTEが最新の検査装置を揃えた研究施設で生活をして行くことになります。その場所は赤道近く、一番近い国としてはシンガポールですが、本土にあるわけではありません。LSOTEが個人所有している島にあります。お話しできるのはこれだけの情報です。ケア君を連れだしたことが判明した後、Dグループは躍起になってケア君の行き先を見つけ出そうとするでしょう。さらに用心をしなければならないのは、ダークマターの情報が何かの原因で漏れて、この情報を入手した、軍事力で優位に立とうとしている大国や、武装勢力を有するテロ集団が、ダークマターの破壊力を手に入れて、全世界を支配することを企てる可能性も出てくることです。

 このように、ケア君の行く先が、Dグループに漏れてしまうことも、マウナちゃんとケア君の存在自体が外部に漏れることも、絶対に避けなければならないのです。状況をご理解いただけますようお願いいたします」

「しかし、Dグループは、地球の浄化を実行するために、妻の体内に二人の生命体を注入できるほどの高度な技術を持ち、さらには、僕たちがこのハワイ島で出産をするように、全ての条件を整えることが可能な力を持っています。すでに、僕たち夫婦が双子を出産した情報を、Dグループはキャッチしているはずですし、息子をどこに連れ出そうと、その行き先はすぐに突き止められてしまうのではないでしょうか?」

 このハワイ島にくることになった経緯にしても、自分たちが関与できない不思議な力が働いていると薄々譲治は感じていた。LSOTEの『Manager A』からDグループのことを聞かされた時に、これまで導かれてきた不思議な力の正体が、Dグループの力であることを初めて知ったのだった。

「ご主人の心配は良く理解できます。けれど、安心をしてください。Dグループには、奥様が出産したことの情報は伝わっていません。また、今後の我々の行動についてもDグループが察知することはありません」

「それは希望的推測で仰っていることでしょうか?」

 もしそうなら、子供たちを引き離すことで、二人の身がDグループからの危険に晒されてしまうのは明白だ。

「いえ、これは確実な情報です。情報の漏洩イコール生命の危険に値する情報ですので、詳細は申し上げられませんが、我々LSOTEは長い時間をかけてDグループの情報探索システムから逃れる方法を確立しました。この方法を駆使することでDグループからの追跡を確実に防げると考えています。このシステムは完璧だと自負しています。あとは、お二人が最終的にLSOTEを信用していただけるかどうかです」

「LSOTEのことは昨日の説明をお聞きした段階で信用をしました。ただ、親として心配になったことを質問したまでです」

「ご理解いたしました。では、息子さんを特別なケースの中に移す準備に取りかかります」

『Manager A』以外の男たちが、ケアを移送するために特別に設計したという、カプセル型の宇宙船を思わせるケースに、壊れやすいガラス細工の美術品を触るような繊細さで、ケアを抱いて移した。

「あの、もう一つ重要なことを質問してよいでしょうか?」

 譲治が訊いた。

「ご遠慮は禁物です。どんなことでも構いませんので、疑問に思うことがあれば質問をしてください。機密情報以外は包み隠さず正直にお答えしますので」

「今回のことなのですが、娘のマウナには、この事実をいつ、どのように説明したら良いでしょうか?」

 この譲治の質問を聞いた時、一瞬(それは瞬きの時間よりも短く)『Manager A』は表情を歪めた。けれど、それは譲治の目の錯覚だったのではないかと思えるほどの素早さで、『Manager A』はいつもの表情に戻った。

「基本的には、息子さんの体内に埋め込まれたダークマターの分析が無事に完了した後に、お話をいただければ、なんら問題はないと考えます」

「もし、万一その分析に何十年もの時間を要したとしたら、いや永遠に分析が完了しなかったとしたら?」

「このまま、ご両親がお墓の中まで持って行っていただけることをお願いすることになります」

 事務的に『Manager A』は言った。

「こんな大きな秘密は、もう一人の当事者である娘に、いつまでも隠し通せることではないです。娘に説明ができる、はっきりとした期限を設定していただけないと、秘密を抱え続けるプレッシャーとストレスに耐え切れなくて、僕たち夫婦に精神障害が発生してしまいます」

 譲治は真剣にそう考えていた。もし、この要望を受け入れてもらえないなら、LSOTEにケアを預けることを拒否するという、強硬手段に出る覚悟はできていた。その覚悟が如実に顔に出ていたのだろう、さすがに優秀な『Manager A』は、それを敏感に読み取ったようだ。

「難しい問題ですね。うーん、それではこれでどうでしょう。娘さんが十七歳になった誕生日にこの事実を説明するという期限設定です。もし、その前に状況に大きな変化があり緊急事態が発生した時には、その時点を期限とするということでどうでしょうか?」

 意外にもすんなりと譲治の要求を受け入れてくれたことに安堵すると共に、緊急事態という言葉が引っかかった。

「大きな変化による緊急事態の発生とは、具体的にはどのような事態を想定しているのでしょうか?」

「我々が最も懸念していることは、Dグループがケア君の居場所を突き止めて拉致することです。それと同格での懸念は、成長したケア君が自らの意志で研究所から逃亡することです」

「拉致と逃亡ですか? あまり想像したくないですね」

「だから、緊急事態なのです」

「もう一つ、確認をさせてください」

「どうぞ」

「僕たち夫婦はケアの両親として、別の場所で生き続けているケアと、自由にまたは定期的にコンタクトをすることは許されるのでしょうか?」

「残念ながら、たとえご両親であってもそれは不可能です」

 間髪も入れない早さで答えが返ってきた。

「では、せめてこの子の成長の様子を、定期的にご報告いただきたいのですが」

「申し訳ないですが、それも不可能です。こうした定期的なコンタクトから情報が漏れてしまう危険リスクが最も高いのです。ケア君に関しての情報の漏洩は、そのまま地球の消滅、つまりは人類絶滅に繋がる大きな危険をはらんでいることを、どうぞ今一度ご認識をください」

『Manager A』は敢えて事務的な言い方をしたのだと譲治は思った。最悪の場合、親でありながら実の息子に一生会えないという覚悟と、地球の未来を左右する双子の子供を出産したという運命を強く認識させるために。

「これが僕たち夫婦の運命だと受け入れろということですね」

 譲治は決して投げやりな言い方をしたわけではない。

「運命を受け入れていただきたいとは思っていますが、諦めてはいただきたくないとも思っています。LSOTEは必ず白井家のみなさんが家族四人で暮らせる日がくるように、最善を尽くします。ですから、LSOTEの取り組みに期待しながらお待ちいただきたいと思います」

「分かりました。僕たち夫婦はケアと一緒に暮らせる日を楽しみにしながら、マウナを育てることに最善を尽くしたいと思います」

「ご理解をいただきましてありがとうございます。くれぐれも機密情報の管理については厳重に行っていただけますよう、再度お願いいたします」

 LSOTEの男たちは、息子のケアが眠るカプセルをワゴンに乗せると、ハワイ島ヒロの白井家の家から出て行った。

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