第286話 狙われたのは

今の髪は間違いなくアルターニャ王女のもの。私が見間違うはずもない。一瞬しか見えていないが、フードすら被っていなかった気がする。王家の女性が夜になんの変装もせずに出歩くなんて、あまりにも危険すぎる。


「王女様!」


一度立ち止まり、森の中でそう叫ぶが、アルターニャ王女の姿はどこにもない。ただ冷たい風が私の頬を撫で、暗いだけの空間が続いている。


引き返せと私の何かが叫んだが、私は無視をした。引き返さなければならないような危険な場所にアルターニャ王女がいるならば、見捨てるわけにはいかない。私は走り出した。


意外にも、王女はすぐに見つかった。彼女は不安そうにきょろきょろと辺りを見渡して出口を探していた。


「アルターニャ王女様」


私を見つけると、アルターニャ王女様はほっと安堵したような表情を見せる。


「リティシア......どうしてここに?」


「王女様こそどうしてこんなところにいるんですか?以前危ないから早く帰るようにとお伝えしましたよね?」


「あっ、貴女に言われたことなんて聞くわけないでしょ。私には今やりたいことがあるのよ」


アルターニャ王女の以前に逆戻りしたかのような態度に私は違和感を覚えつつも、「はぁ......そうですか」と呆れたような声を出す。


「でももう夜遅いからいいわ。やっぱり帰る。リティシア、案内しなさい」


「はぁ...?私がですか?生憎ですが帰り道は私も分かりませんよ。適当に走ってきてしまったので」


「え〜?使えないわね、じゃぁ私が探してあげる。着いてきなさい」


アルターニャ王女はそう言い切ると、私に背を向けてどんどん森の奥へと入っていく。そう、明らかに出口がなさそうな森の奥深くへと入っていったのだ。


「ちょ、ちょっと王女様、流石にそっちじゃな......」


王女の肩に手を伸ばしかけたその時、彼女の姿がぐらりと揺らいだ。私はその瞬間気づいてしまった。


途端に木ばかりであった視界に変化が訪れる。自然に咲いた小さな花畑のような開けた空間に出た。


そして王女の姿が、またぐらりと今度は大きく揺らいだ。


「貴女...王女じゃないわね」


アルターニャ王女は足を止める。


「あら、何言ってるの?」


「正体を見せてください......エリック殿下」


私がそう呟くと、王女の姿は一瞬にして消え、不気味な笑みを浮かべるエリック殿下の姿が現れた。


先ほどから姿が揺らいでいたのは、恐らく変身魔法が解けかかっていたからだろう。この魔法は、自分より魔力の高い人間には簡単に見破られてしまうという弱点が存在するのだ。


「へぇ...やっぱりすぐに見抜かれちまうんだな」


「おかしいなとは思ってましたよ。今の王女様はそんなこと言いませんからね」


私に友達になってほしいと言っておいて、以前のような態度を取り続けることは考えにくい。だが確証をもてなかったため、様子を見ていたのだ。


「そうか......お前はツヴァイトだけに飽き足らずターニャにも手を出したのか。味方を増やすのに必死なようだな」


「変なこと言わないでください。味方を増やしたのではなく、お二人と友達になっただけです」


ツヴァイト殿下は友達というには年が離れすぎてるから弟みたいな存在だけど...まぁ友達みたいなものでしょう。


「まぁどうでもいいが。久々にお前に会えて嬉しいよ、リティシア=ブロンド」


「あら私は最高に嬉しくないですわ。エリック=ルトレット殿下」


私がにこやかにそう答えるとエリックは高らかに笑った。


「お前のその態度......変わってないな。俺に見せるその態度がお前の本性なんだろ?アレクシスに言ってやろうか?」


「どうぞご自由に。ですが私はアレクにはこんな態度は取りませんわ。取る必要が全くありませんから」


「なぁ......気にならないか?」


エリック殿下は突然脈絡もなくそう問いかけてくる。私は理解ができずに眉間に皺をよせる。


「......なにがです?」


「崖から一緒に飛び降りるくらい大事な女が......目の前で連れ去られた時のアレクシスの顔が」


何を言いたいのか、分かった。私はすぐに呪文を唱えようとしたが、エリック殿下に強い力で腕を掴まれ、あろうことか腕輪をはめられてしまう。それはアルターニャ王女にはめられたものと同じ、魔力封じの腕輪だった。


それでも尚抵抗していると、目の前に一輪の花が差し出される。


緑色の花が私の頬に触れた瞬間、私の頭に電流のような衝撃が走った。この花を、この感覚を、私は知っている。私に触れた花は一瞬にして真っ赤に染まった。


この花はマギーラック。あの時私を危機に陥れた花だ。


「俺に反抗したらどうなるか......身をもって教えてやるよ」


私は一気に身体の力を失い、膝から崩れ落ちる。私は力を振り絞ってエリック殿下を見上げる。彼は嬉しそうに笑っていた。


そして私を大事そうに抱えあげると、「お姫様は丁寧に扱わなきゃな」と訳の分からないことを言い出す。


どうせ抱えあげるのなら最初に受け止めればいいのに、そうしなかった。この男はわざと私が倒れるまで待ったんだ。抵抗できない姿を見て...嘲笑うために。


せめて反論をと思うが、口が上手く動かず、それすらも適わない。もうアレクや皆に心配かけたくないのに。


「リティー!!どこだ!」


その声に、エリック殿下の眉がピクリと動く。そしてニヤリと嫌味な笑みを浮かべる。


「さぁ...ショーの始まりといこうじゃないか」

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悪役令嬢リティシア 如月フウカ @fuuka_sara

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