ソシテ 魔法ハ 二度死ヌ

ユーハバッハ正義

第1話

 3056年、16回起こった産業革命により魔法が生み出され人類は空を飛び回っていた。しかしそれはファンタジーの魔法のように夢物語であるが、あやふやなものではない。数式によって証明しうる理路整然とした超科学。その名をexmagicと呼び、修めた者は[超越者グランドセージ]として崇められた。彼らは魔法によって物質を創造し、未来を予知し、宇宙を飛び回る。人類はみな彼らのようになりたがった。

 また[超越者]の活躍により、人間の動きを完全再現したアンドロイドを計画的に作り出すことに成功。これにより人間が働く必要はなくなり、貨幣の存在価値は消失。最高到達点へと辿り着いた人類は完全管理体制………超理想主義ユートピアニズムへと移行する。


 これは超理想郷主義に辿り着くまでの10年間、激動の時代をきままに旅行した場違いな少年の一編である。



 「僕は無駄が嫌いだ」

 「どうしたんだ急に」


 この国で1番有名なのは乳製品。特にチーズに力を入れているようで、僕はチーズをクラッカーに載せて一口食べた。しかも未成年だというのにワインも飲んじゃう。濃厚なチーズのクリーミーな味わいが残る舌に、ワイン独特の渋みが通り抜けていくとワインの味が際立つ。そしてすぐさまチーズを食べると、今度はそのまろやかさが引き立つ。まろやかであればあるほど、渋ければ渋いほど、互いの味を引き立てる。いいもんだなこの関係性。


 「特に1番無駄なものは争いだ。そうは思わないかいアル」

 「今争いの真っ最中の私にそれを言うか。あっ、そこから離れた方がいいぞ」

 「ふーい」


 僕はお会計を済ませその店から離れた10秒後、戦車がどっかから飛んできてその店に突き刺さり大爆発!周囲から悲鳴が聞こえてくる。


 「今の君の仕業?」

 「まさか。敵の攻撃を弾いたらそこに飛んで行ってしまったんだ」

 「つまり君の仕業ってことじゃないか」

 「敵の仕業だ。意図的にそこに弾き飛ばしたわけではない。偶然だ」

 「僕は偶然という言葉を信じない性格たちなんだ。それに僕は、僕に降りかかる全ての不運は君がもたらしているとみなしてるからね。僕からの信用度低いよアル」

 「よくもまぁそんなことを本人に堂々と言えるな。デリカシーがないんじゃないか」

 「それが僕のいいところだ」


 僕は1人で喋りながらこの街の観光をする。

 今この世界は超越者が暴れ回っており、人理の終末を迎えている。屋外なんてもってのほか、家の中にいた所で戦いの余波で死んでしまうことも多い。シェルターに閉じこもったとしても、超越者のexmagicはそれを簡単に吹き飛ばしてしまう。この世界のどこにいても超越者によって殺されてしまう時代なのだ。恐ろしいね。

 さて、なぜ超越者が暴れ回っていると思いますか?理由は簡単、超越者になれない人類を皆殺しにし、そして超越者だけになった地球でユートピアを作るためだそうです。うーーんクレイジー。賛同する気になれないよねそんなこと。


 「あーあ、さっきの戦車がなかったらこの通りを描くつもりだったのに……絵になる場所をまた探さなきゃ」

 「なんでやめるんだ、絵になるような場所に戦車が突き刺さってるんだぞ?戦争の悲惨さを伝える絵として後世に語り継がれるかもしれないだろう」

 「後世なんてないよ。君が1番よく分かってることじゃないか」

 「間違いない。あっ、それ以上進むな」

 「うひょーい」


 ドゴォオオンン!!


 引き返した10秒後、今度は全長8kmはあろう戦艦が空から降ってきて家を粉々に吹き飛ばした。爆発が連鎖的に発生し、人が焼けた臭いと悲鳴が重なり酷く不快だ。


 「やっぱり僕のこと狙ってるでしょ」

 「意図してはいないが、しかし、それを運命と呼ぶのならば必然とも言えよう」

 「君がそんなもの信じてるわけがないでしょ」

 「間違いない」


 あーーくそが、ドンドン街を壊しやがって。


 「………そういえばここは海が見える街だったな。市街地じゃなくて海岸線を描こう」

 「………なぜ独り言をした」

 「そこに攻撃を弾くなって言ってるんだよ」

 「偶然、憶えていたらそうしよう」

 「僕はこういう口約束が嫌いだ。無駄にする気満々なのがわかって腹が立つ」

 「君に怒りという感情があることに驚きだよ。いつも無感情なくせに」

 「それが僕のいいところだ」


 僕は海岸線に向かった。



 ここの海はとても綺麗だ。海岸線は自然が生み出した曲線を描き、雨風や波の力によって削られた崖が遠方に見える。波の音と時折くるしょっぱい風が心地良い。白色の砂浜を踏むたびに聞こえてくるキョムッて音もまた………ふぅ、最高だ。


 「さーてと、のんびりと絵を描くぞ」


 僕はイーゼルにキャンパスを固定し、そこら辺にある大きめな木を椅子代わりにして海が見えるように座った。パレットを左手に持ち、何種類もある水彩絵具を見つめる。深呼吸すれば肺を満たす潮と絵の具の匂い……うーん、素晴らしい。


 「ここが戦場になってるのわかってる?」

 「………僕は絵を描きたいんだ、黙っててくれる?」


 ……よし、アルが黙ったな。絵に集中するぞ。

 筆がキャンパスの上を走っていく。青色の線が波を生み、砂浜と海の境界線を淡く作り出す。水平線は空に溶けて消えてなくなりそうで………空と海と大地が一体のように描かれていく。楽しい、楽しいなぁ。


 「おーい助けてくれぇ!誰かぁ!」


 なんかおじさんが助けを求めてこの海辺に来たけれど無視無視、僕は絵を描いているんだ。だってそうだろう?絵描きが絵を描いている途中に別のことにかまけたら、それは絵描きでなくなる。集中しなくてはならないのだ、絵以外に神経を使ってはいけない。


 「そこの人助けてくれぇ!この街に盗賊が攻め込んできたんだぁ!」

 「……………」

 「おーい!………うわっ、絵下手っ!めっちゃ集中してると思ったけどめっちゃ絵ぇ下手っ!中学生の方がまだ上手いぞ!」

 「………分かってないねおじさん。今の時代、精巧な絵に価値はないんだよ。ロボットの方が上手く描けるんだからね」


 僕は筆を置いておじさんに向き直った。


 「自分を表現する為に僕達絵描きは絵を描いているんだ。わかる?僕にとってこの海岸線は、不安定で今にも溶けてしまうように見えているんだよ。わかる?僕の心理的情景を表してるの。おじさんにこの芸術性がわかるかな?ん?」

 「盗賊が攻めてきているという緊急事態に絵を描いているようなやつの気持ちは一切わからん」


 ふん、これだから芸術を一切知らない奴はダメなんだ。非常識にも程がある。それは自分の教養のなさを吐露しているのに他ならないのだよ。


 「たとえばこの絵のほとんどは青色を使っている。後は水と別の色の絵の具を少しずつ使って表現をだね」

 「そんな絵のことなどどうでもいい!いいか!?超越者達の戦いに乗じて盗賊がこの街に攻めてきたんだ!こんな時に呑気に絵を描いていたら殺されてしまうぞ!」

 「絵がどうでもいい!?僕が頑張って描いたこれをどうでもいいだと!?非常識にも程があるだろ!デリカシーはないのかデリカシーは!」

 「俺のセリフだ馬鹿野郎!危機感はないのか!」

 「それが僕のいいところだ」

 「絶対に良くない!」

 「逃げたと思ったらまだこんな所で遊んでるのか」


 盗賊と思しき連中が、僕達の周りを囲んだ。10人ぐらいか………1人を追うだけなのに随分な人数だ。


 「お、おい小僧!私はこの街の市長だ!私を助けてくれたら謝礼ははずむぞ!」

 「えーー面倒くさいですよ。さっさと殺されてください。あっ、僕この人とは無関係なので見逃してくださいね」

 「人の心はないのかお前!?」

 「それが僕のいい所だ」

 「絶対に良くないからな!?」


 人の命なんてどうでもいいからさっさと僕に絵を描かせてくれ。まだ完成してないんだよこの絵。


 「俺達が人っ子1人見逃すとでも思っているのかぁ?目に入った奴らは全員殺して身包み全部奪うって決めてんだぜぇ」


 うわ、すごいバカっぽい喋り方。


 「はぁー………言っとくけど僕は無駄が嫌いなんですよ。お金を持ってない僕を襲ったって意味ないんですからやめましょうよ」

 「しかし服はある、その馬鹿みたいに派手な服がな。着るのは恥ずかしいが布ってだけで十分な貴重品だ、殺す価値はある」


 僕が着ているのは赤と青と黄色の三原色が斑模様を構成しているパーカーだ。そしてズボンはダメージありまくりのデニムジーンズ。このダメージ感を出す為にヤスリで削り、漂白剤をぶちまけた。かなり時間がかかった最高傑作だ、これは誰にも譲れない。


 「恨むなら超越者を恨むんだなぁ。超越者が宣戦布告をしなければこんな終末世界にならなかったんだからなぁ!はっはっはっはっ!死ねぇ!」


 盗賊は兵器を僕に向けて放った!その銃口から放たれる光線は空気を焼き、海を蒸発させた!


 「ああまったくだ、恨んでも恨んでも恨み足りないよ。アルさえいなければ僕は美術大学にいけてたんだからね」


 しかし僕に直撃はしていない。僕の前に出来たガラスの壁が光線を反射させたのだ。


 「なんなら彼に気に入られなければ、日本から逃げ出すなんてこともなかった!全てはアルのせいだ!」

 「あ、アル?………まさかアーノルド=バーボッシュのことか!?」

 「そうだよあの馬鹿野郎だよ!」


 僕はガラスの壁を崩すと盗賊達に一歩近づいた。


 「この世界で初めて確認された超越者……[始まりの超越者]であり、また人類に宣戦布告をしてこの終末の時代を作り出した[終わりの超越者]でもある。[始まりと終わりの超越者]アーノルド=バーボッシュ!?」

 「確かそいつに唯一気に入られた頭がおかしい人間が1人だけいると聞いていたがまさか………」

 「そうだよそのまさかだよ!あっ、でも訂正しておくと頭はおかしくないからね。僕は合理主義者。とても賢いんだ」

 「………そ、それがどうした!超越者に気に入られていようと所詮は人間だ!殺せないわけがない!」


 盗賊の1人が背後から襲いかかってくる!


 「ま、まて!今の見てなかったのか!」

 「だから無駄は嫌いだって言ってるんだ」


 僕の足元にある砂が流動し、襲いかかってきていた盗賊の顔面にへばりついた!更に視界を奪われた盗賊の体に砂がまとわりつき拘束する!


 「超越者に気に入られているってことは魔法を使えるってことだ!」

 「正確には魔法じゃなくてexmagicだけどね。数式に基づいた机上の空論。それを実現した超科学がexmagicさ。そうそう、伝えなきゃいけないことがあったんだ」

 「アガガガガっっ!!誰か助げっっ」


 ボギャッ!!


 拘束されていた盗賊が砂に握りつぶされて全身の骨が折れた。しかし拘束の力は更に増し、骨をすり潰し内臓を破裂させた。砂に血が滲み黒色に変色していく。


 「僕の正体を知った奴は全員殺さなきゃいけない。安全に旅行する為には僕の正体を隠さなきゃいけないからね………だから言ったんだ、僕に人殺しをさせないでくれ。争いほど無駄なことはないんだから」

 「………こ、殺せ!早くやつを殺っ!!」


 僕が命じると砂浜が動き巨大な口のように盗賊達を飲み込み圧殺した。


 「さーてと、あとはおじさんだ」

 「い、言わん。俺は絶対にお前のことは言わん。だから助けてくれ!」

 「えーーでもどうしようか、僕は人の言葉を全て信じないようにしてるんだ。人は平気で嘘をつく。それに今はそう思っていても、僕が離れてからしばらく経ったら安全だと思って武勇伝みたいに言いふらすでしょ?」

 「ない!絶対にない!だから殺さないでくれ!」

 「うーーん………わかった、僕は殺さないよ」

 「本当か!ありがとう!俺は絶対にお前のことは言わん!」

 「でもアルが殺さないかは知らないよ。ね?」

 「分かってるだろそんなこと」


 次の瞬間、この街の全てがひしゃげた。ビル、一軒家、レストラン、市役所、突き刺さっていた戦車に巨大戦艦、人間………死体。全てが握り潰されバスケットボールサイズにまで圧縮された。


 「私は超越者になりうる人間以外は全員殺すと決めているんだ。こんな脂ぎったジジイを生かす道理はない」

 「あっ、ここを護っていた超越者を倒せたんだ。随分時間かかってたね」

 「お前が絵を描けるように時間をかけていたんだよ。感謝するんだな」

 「感謝はしないよ。そもそも僕の旅行先を侵略するなとあれほど言ってたじゃないか」

 「仕方ないだろ、お前が旅行できるような場所には必ず超越者がいるんだから」


 アルは手に持っていた超越者の死体を海に放り投げると手を振った。するとプランクトンが大量に発生し死体を分解し、あっという間に消えてしまう。

 そう、この世界で国と呼べるものはもはや30個ほどしかない。そこには必ず超越者が存在しその国を護っているのだ。超越者と対等に戦えるのは超越者だけ。この国にも超越者がいたのだが、今、アルに殺されてしまった。この国もやがて滅びるんだろうなぁ。


 「まっいいや、ひとまず絵を完成させよう。この国を脱出するのはその後だな」

 「人を大量に殺しておいてよくそんなこと言えるな。情はないのか」

 「それが僕のいい所だ」


 僕は海に視線を向ける。


 ガラッ


 するとアル達の戦いの衝撃で崖が崩れ落ちた。しかもどんな戦い方をしたのかわからないが海が干上がっている。どこですか水平線。


 「………うん、これで僕の絵は完成だな。境界線が不安定な海岸線………」

 「あやふやっていうか地平線だけになったな」

 「やはり僕は君が嫌いだ。僕の全てを台無しにする」


 僕はパレットを担いでこの海岸線から離れていく。


 「死んでないだけありがたいと思うんだな。これから人類の9割以上が死ぬというのに、お前は自由気ままに旅行ができている。幸せ者だぞ」

 「君が行動しなければ人類の10割が今の僕と同じことが出来てたんだぞ」

 「他人の心配をするような優しい人間じゃないだろ」

 「それが僕のいい所だ」


 僕はこの街を後にした。さて、次はどの国に旅行しようか。早くしないと人類が滅びてしまい観光どころじゃなくなってしまう。


 僕の終末旅行はまだ始まったばかりだ。


 

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