鏡を越えて、手を伸ばして、そして……

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 私には、ある時から不思議な力が目覚めた。

 それは、『鏡の中の世界に入れる』というものだ。



 日曜日の夕方、学校のトイレ。

 休みの日はやっぱり静か。手を洗いながらそう考える。

 目の前には大きな鏡。でも、とっても不思議な鏡だった。

 私ではない青白い顔の女の子が映っていた。

 両隣を見ても誰も居ない。顔に何かが付いているワケでもないのに。


 鏡の誰かが居た。


 相手は青白い顔のまま、蛇口から吐き出される水にずーっと手をさらしてた。

 やっぱりそうだ、鏡の向こうの人だ。

 そうして、そのまま時間が経つ…って事はなかった。

 鏡の向こう、トイレに誰かが一人入って来た。

 でも、『一人』と言って良いのかはちょっと悩む。

 だって、トイレに入ってきたのは皮膚がどす黒くただれて、目が6つある口から牙を覗かせた怪物だったんだから。


 後ろを振り返ったけどやっぱり誰も居ない。あの怪物は向こうに居る。

 そして、鏡に映っている誰かはそこから動かない。

 違う、動けないんだ!


 「逃げて。」

 そう言っても、一歩も動かない。

 鏡の中で怪物が迫る。

 怪物は鏡の前の彼女に手を伸ばす。

 「逃げて、逃げて!こっちに!」

 そう言って鏡に手を伸ばす。鏡は私の手を飲み込んで、映す景色に波紋を作る。

 私の能力があれば彼女だけをこちら側に引っ張れる!なのに、彼女は顔を更に青ざめさせて黙るだけで動かない。

 手を伸ばすだけ。伸ばすだけなのに!


 怪物のどす黒い異形の手が女の子に伸びて、そして………………



 私の手は届かなかった。





 「よっ!準備おつかれー!どしたん?鏡なんか見てボーッとして?」

 異形の怪物が明るい声で私に話しかける。ハッとなった私が鏡を見ると、そこには私と怪物の仮装をした友達しか居なかった。

 「ぇ…見えなかったの?」

 「?なにが?」

 「鏡の向こうで女の子、鏡から手が伸びて……!」

 「いきなりどしたん?」

 怪物のマスクを外した友達が言った。

 「どれどれ?何かの仕掛けが………って顔真っ青!どうしたん!?風邪?保健室行く?

 確か文化祭の小道具担当だよねアンタ、私はもう準備終わったから、なんなら変わるよ?」

 友達が私の顔を見て不安そうな顔をした。

 「…や、大丈夫!ごめん、ただの見間違いだった!行こう!」





 あーあ、あと、ちょっとだったのにな。

 まいっか誰かがこっちに来れば、私は代わりに出られる。

 それは誰でもいい。だから私は手を伸ばす。

 鏡の向こうから此方に引きずり込むために手を伸ばす。







 此方こっちに来い

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鏡を越えて、手を伸ばして、そして…… 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

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