なんか心にしみるんじゃねーの
黒羽カラス
第1話 マジ天国
今、天国なんだわ。おおげさじゃなくてマジ天なわけよ。この腹の出っ張りが証拠なんだわ。満腹で炬燵に滑り込んだわけよ。シミだらけの天井を眺めてるとニヤニヤが止まらねーの。裸の女神が降りてきてハグしてくれそうな幸福感ってヤツ? 全身が包まれてるんだわ。
二十分くらい前の俺は地獄だったね。
そりゃ、おかしくなるって。あると思っていたところに食い物がねーんだから。トラウマ級のショックを受けたね。よろけて柱の角に足の小指をぶつけた時は殺意が湧いたって。そっからはマジモンの空き巣だね。戸棚や冷蔵庫は一番に開けたよ。備え付けのクローゼットや靴箱まで探したわけよ。もちろん食えるものはねーんだけど、革靴がどうにも気になってさ。煮込んだら食えるんじゃね? 真剣に思ったね、五秒くらい。
そんでゴミ箱にも当たってみたわけよ。見た瞬間、発狂しそうになったね。赤いきつねの容器が握り潰したような感じで入ってるじゃねーか。過去の自分をぶん殴りたくなって震えたわ。無駄に力が入ったせいで頭がクラッときた。冬山で遭難した気分よ。寝ると死ぬぞ、って感じで自分を励まして力を振り絞ったね。空腹で半分、ヘンになってたけど。
窓際のベッドを力技で動かしてやんの。できた隙間に顔を突っ込んで、コンマで仰け反ったんだわ。ムチウチになる勢いよ。ホント、ビビったわ。赤いきつねが横向きに挟まってんの。空じゃなくて中身があるってどうよ? きつねだから騙してんじゃねーの、と思った三秒はどうでもいいんだわ。
すぐに取り出してペラペラのフタを剥がしたわけよ。麺や揚げを見たら口の中の涎が止まらねーの。そのまま齧り付きたいところを堪えてダッシュで湯を作ったわ。ドボドボ注いでフタしたんだけど待てねーわ。匂いがダダ漏れ。こんな罰ゲームやってらんねーよ。
二分で食べ始めたその時の興奮は今も忘れられねーわ。出汁の香りがどうとか、麺の喉越しがなんたら。そんなのはちーっとも頭に浮かばねーの。もっと原始的なドデカイ感情に支配されてるわけよ。
マジうめーんだわ。こんな安っぽい表現じゃねーな。特大マジクソうめーんだわ、てな感じよ。熱湯に近い出汁をゴクゴク飲んで麺をズルズルよ。口の中がずる剥けになっても止められねーよ。もう一気だね。平らげた時はうめーを通り越してヒリヒリしたわ。七味唐辛子がマジでしみたね。目に涙が溜まったわ。
あー、うまかった。ケース買いしたいんだけど、マジで金がねーんだわ。サンタ、頼むわ。三ケースなんて欲は出さねーよ。一ケースでいいからくれ。恵まれない若者に愛の手をってヤツでさ。
なんか心にしみるんじゃねーの 黒羽カラス @fullswing
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