エピローグ

終章. ようこそ!我らがS坂高校奇譚研究会へ

「じゃあケイは、栄光ある奇譚研究会の一員として、死に至る屋台、それから我らが深窓の令嬢たる江坂さん、という二つの謎を見事に解決したってことだね。」

「茶化すなよ。」

「そうでもないさ。あの部活嫌いのケイが立派に部活動に勤しんでいて、感動さえ覚えてるよ。」


 吉徳は、冗談とも本気ともつかない顔でにやにやと笑っている。

 昼休み、吉徳が野球部の練習に行くまでの短い時間に、僕は事の顛末を語ったのだ。


「それで、ケイはこれからどうするの?」

「どうするって何を?」

「奇譚研究会のことだよ。というか、正確には江坂さんのことというべきかな。」

「別にどうもしないさ。」


「というと、このまま同好会活動を続けることを選ぶってわけだね。」

「まだそうと決めたわけじゃない。」

「でも、今日だって部室に行くつもりなんだろ?」

「ちょっとやりたいことがあるだけだ。」


 ふうん、と吉徳は含みのある顔でにやにやと笑う。


「江坂さんのことは、どうするんだ?」

「別にどうもしないさ。」

「それはどうかな。」


 吉徳は見透かしたような顔で笑っている。


「何が言いたい?」

「ケイは、本当は江坂さんのために何かするつもりなんだろ? 深窓の令嬢ってイメージはクラスメイトたちが勝手に抱いた本人の望まぬものだったってわかったんだ。ケイがそれをほっとくとは思えないね。」

「うるさいやつだな。」


 だが、吉徳の言うことは外れてはいない。僕はおせっかいだとは思いつつ、江坂のクラスでのイメージをどうにかできないかと考えていたのだった。しかし、別段うまい考えは思いつかなかった。


「ケイ、自分から周囲に混じらず、友達もいらない、って顔した人と関わっていくにはどうしたらいいと思う?」

「知らん。」

「簡単さ、話しかければいいんだよ。無理矢理にでも、話に引き込めばいい。そうすれば、勝手にその人と周囲のあいだに関係性はできていくものなんだ。」

「妙に実感のこもったアドバイスだな。」

「実体験だからね。」


 吉徳は、僕の方を見て、またにやにやと笑った。


「じゃ、そろそろ俺は昼練に行くから、またね!」


 おせっかいな友人が去っていくと、僕の周囲は突然静かになった気がする。僕もあいつと同じようなおせっかいをこれからやろうとしているのだ、と思うと、自分で少しおかしくなって、ふっ、と笑ってしまった。




 放課後、ホームルームの終わりとともに、解放されたように一気に人がちらばっていき、教室の空気が一段と軽くなる。相変わらず、その瞬間が、学校生活のなかで僕の一番好きな時間だった。だが、入学したてのときとは少し違う。僕にはそのあとにやることがあり、行く場所があるからだ。そして、今日は特別、やらなければいけないことがある。


 今日は僕も江坂ゆきのも掃除当番ではない。江坂ゆきのは、部室に向かおうとしているのか、バッグに机のなかの教科書やノートをつめている。

 そのまわりでは、何人かの女子たちが話している。そのなかには、江坂のすぐ後ろの席の今里あかりの姿もあった。

 立ち上がった江坂ゆきのに僕は近づいていく。そして、声をかけた。


「江坂、今日は俺が先に部室行ってるから。」


 江坂ゆきのは、顔をあげる。何が起こったのかわからない、というような、きょとんとした顔をしている。江坂のこの表情を拝めただけで、声をかけた甲斐があった、というものである。


「わっ、わたしが一番先に行くのよ!」


 近くの席で雑談をしていた女子たちが唖然としてこちらを見ている。無理もない。教室の隅でいつも静かに読書をしていたやつが、突然しゃべりだしたのだ。


「待ちなさい!」


 江坂は慌ててバッグにすべての荷物を詰めこむ。

 僕はそれを横目に一人で部室へと向かう。

 江坂がすぐ後ろから追いかけてくる。


「待ってって言ってるでしょ! わたしも一緒に部室に行くから。」


 僕たちは二人で長い廊下を歩いていく。


「なんなのよ、いったい。」


 廊下を歩きながら、江坂ゆきのが文句を言ってくる。


「いや、ただ何となく声をかけただけだ。今日は少しやりたいことがあってな。」

「やりたいこと? 部室で?」

「そうだ。」


「何をするつもり?」

「いや、別に大したことじゃないんだけど。」

「もったいをつけないで、とっとと言いなさい。」


 そうこうしているうちに、僕たちは理科棟の2階の奥、生物準備室にたどりつく。

 江坂と僕はそれぞれのいつもの席にすわる。


「活動の記録をつけようと思うんだ。」

「記録?」

「ああ、ただせっかくの同好会活動なら、なんらかの実績を残した方がいいんじゃないかと思って。」

「それは、死に至る屋台についてってこと?」

「とりあえずはそうだな。」


 うーむ、と江坂は何か考えこんでいる。記録をとる、というアイデアが気に入らなかったのだろうか。


「なんで――」

「え?」

「なんで、会長、いえ、次期会長のわたしをさしおいて、勝手に進めるのよ!」


 そんなところに引っかかっていたのか、コイツは。相変わらずの独裁ぶりである。


「というふうに、進めようと思うのだが、どうだろうか、次期会長?」

「よろしい! 会長として命令するわ。活動記録を作りなさい!」


 まったく、面倒なやつである。だが、単純で扱いやすい、とも言える。


「わたしが死に至る屋台を倒した活躍をあますところなく記録するのよ! いい?」

「はいはい、わかってるよ。」


 別にお前が死に至る屋台を倒したわけじゃないだろ。謎を一応解決したのは僕だし、屋台は勝手にいなくなっただけだ。


「何か言いたそうね。」

「いや、なんでもない。」


 僕は無駄な争いは避ける主義なのだ。


「そうだ、ちょうどいいわ!」


 江坂はそう言って、ごそごそと段ボールの箱を取り出してきて、机の上にどん、と載せる。


「何かの役に立つかもと思って、集めといたのよ。」


 それは、放課後のたびに江坂がどこかに出かけて行ってはかき集めていたものだった。模造紙、ペン、布切れ、ぼろぼろのぬいぐるみ、小さなどこかの国旗。いったいこんなものどこから拾ってきたんだ?


「奇譚研究会で文化祭の出し物をするときに使えると思って、集めといたのよ。」


 こんながらくたばっかりでコイツは何をするつもりなんだろうか。

 江坂は最後に、段ボールの底から重そうにパソコンを取り出す。僕の方を見て、すごいでしょ、とドヤ顔をして見せる。


「こんなのどこで見つけたんだ?」

「パソコン室の前に置いてあったの。廃棄って紙が貼ってあったから持ってきちゃった。」


 見つかったら問題になりそうなものだが、捨てるはずのものならまあいいか。


「型が結構古いみたいだけど、問題なく使えるわ。」

「それで、これでどうしろと?」

「バカじゃないの? 決まってるでしょ、あなたがこれで活動記録を作成するのよ!」


 そんなことだろうと思った。


「そうだ、それをもとに文化祭で何かしらの発表をするのもいいわね。わたしの偉大な活躍をあなたが叙事詩にして、それを演劇にするなんてのもありだわ!」


 まったく、次から次に面倒なことを思いつくやつである。


「この学校中に、奇譚研究会の存在を知らしめるのよ。」

 僕は、平穏な放課後がまた遠ざかっていくのをひしひしと感じる。


「ところで、これからの活動はどうする? 一応、死に至る屋台は解決したんだし、また何もやることがないだろう。」


「決まってるじゃない、また新しい奇譚を探すのよ!」


「でも、前もそうだったが、そんなに簡単に奇譚なんて見つからないだろう。」

「そんなことないわ! わたしたちが死に至る屋台を倒した名声は何らかの形で、広がっていくはずよ。すぐに奇譚の方からわたしたちを訪ねてくるって。」

「そんなものだろうか。」

「ほら、わたしには奇譚の足音がすぐそばに聞こえるわ。」


 こつこつ、と廊下を歩く足音が聞こえる。


「バカなこというなよ。廊下を誰かが歩いてるだけだろう。」


 その足音は、近づいてきて、生物準備室の前で止まる。

 そして、ドアが開かれる。


「あの、ここが奇譚研究会さんですか? 実は不思議な話があって、聞いてもらえないかと思って。」


 僕は聞き覚えのある声の方に顔を向ける。だが、それよりも早く、江坂が僕の前に進み出て、その声の主の目の前に立っている。

 そう、腕を組んで、僕には見えないけれど、もちろんあの満面のドヤ顔をしているに違いない。そして、自信満々にこう言うのだ。



「ようこそ、我がS坂高校奇譚研究会へ!」


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S坂高校奇譚研究会のすべて! ー死に至る屋台 相田あざみ @azami_shinshin

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