028. 十二分にご縁がありますように。

「なあ、江坂。俺たちもついでに神社に参拝してかないか?」


「まあそうね。いつもより時間も早いし、そうする。」


 僕たちはS坂を上がらずに、神社の裏の鳥居の方に向かい、本殿までの長い階段を上がっていく。


「ずいぶんと浮かない顔ね。せっかく死に至る屋台の奇譚を解決したのに。」

「本当にこれでよかったのか、って何となく思ってね。」


「神社や警察に通報してたところで、別に誰かが幸せになるわけでもないでしょ。それに、そういうことはわたしたちの仕事じゃない。わたしたちは、奇譚研究会。奇譚を探し出して、それを解決すればいいのよ。」

「それだけじゃない。俺たちは知らない間に、自分たちで奇譚を生み出してた。」

「別に生み出してはない。わたしたちは、そこに奇譚を見つけただけ。」


 本当にそれでいいんだろうか。それで、自分たちが物語る奇譚に対して、僕たちは責任が取れているのだろうか。

 僕たちは、奇譚というかたちで、物語に意味を与えてしまった。

 イメージを塗りつけてしまった。


 僕がいくつかの出来事に奇譚としての意味を与えなければ、それはただの出来事で終わったんじゃないのか? 

 こんな後味の悪さを感じることもなかったのではないか。


 そんなことを考えながら歩くうちに、僕たちは崇鹿神社の本殿につく。平日の夕方、人のいない境内は、不思議な静かさに包まれていた。

 もう日は落ちかけて、神社の本殿をオレンジ色の夕陽が縁取っている。

 僕の前を歩いていた江坂は、立ち止まってくるっ、と振り返る。


「心配いらないわ。わたしたちは、奇譚研究会として正しいことをしたのよ。誰も傷ついていないし、死に至る屋台はわたしたちが倒したの。」


 江坂は、静かに、そして穏やかに言った。大人びていて、どこか優しい笑顔だった。それは、部室で見てきた江坂とも、教室で見た江坂とも少し違っていた。


「たしかに、神様にはちょっとばっかり、悪いことをしたかもしれない。だから、これで我慢してもらうの。」


 江坂は、そうやって賽銭箱の前に進んでいって、軽く投げ入れる。小気味良い音をたてて、何枚もの小銭が賽銭箱のなかに吸い込まれていく。


「わたしが持ってた小銭全部。大盤振る舞いよ。」


 僕は思わず笑ってしまう。


「札じゃないんだな。一万円でも投げ込むのかと思ったぞ。」

「うるさい! 大事なのは金額じゃない、気持ちよ!」

「お前だって金で解決しようとしてるじゃないか。」

「うるさい! わたしはきちんと心をこめて参拝するもの。」


 僕も江坂にならって、財布に入っていた小銭をすべて出す。財布のなかにあったのは、偶然にも百二十五円だった。


 十二分にご縁がありますように、か。


 僕も賽銭箱のなかに小銭を入れると、江坂と並んで手を合わせる。

 僕たちの柏手が、ぱんぱん、と静謐な神社のなかに響いた。

 僕は手を合わせたまま目を閉じる。不意に色々な光景が浮かんでくる。江坂と屋台に向かって毎日歩いたS坂の景色。帰り道、僕たちをぼんやりと照らしていた薄暗い街灯。僕たちに向かって、少しだけ悲しそうに片手を上げた店主。境内で僕に静かに微笑みかけた江坂ゆきの。


 十二分にご縁がありますように。


 誰と誰の縁かはわからないけど、僕は何となくそう祈っていた。


 僕が一礼して下がっても、江坂は、まだ何やらぶつぶつつぶやきながら、手を合わせている。


 しばらくして、やっと顔をあげると、ぺこっ、と一礼して、僕の横に並んだ。


「そんなに長い間、何を祈ってたんだ?」

「ひみつよ! 奮発してたくさん賽銭入れたんだから、たくさん願い事言わないとね!」

「それ今回の参拝の意味を忘れてないか?」

「あ、屋台のこと忘れてた!」


 まったく、そんなことだろうと思った。罰当たりなやつである。


「さあ、帰るわよ。死に至る屋台の次にもまたとんでもない奇譚が見つかりますようにってお願いしたから。これからもきっと忙しいわ!」


 迷惑このうえない。これでやっと静かな放課後を取り戻せると思ったのに。というか、願い事はひみつではなかったのか。


「うるさい! 細かいことは気にしないの。」


 調子のいいやつである。


 別れ際、江坂ゆきのは僕に言った。もちろん、どこまでも自分勝手で、わがままな最大級のドヤ顔で。


「明日も放課後すぐ、部室に来ること。いいわね!」


 どうやら、まだまだ静かな放課後は僕に訪れそうにない。

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