027. 死に至る屋台との対決
「いらっしゃい。今日は早いね。」
僕たちの姿を見て、店主が言う。今日も僕たち以外に誰も客はいない。
「いつもの、二つでいいね。」
店主が威勢よく言って、僕と江坂はうなずく。
店主は手早く麺を茹で上げ、湯を切り、丼の中に入れて盛り付ける。もう見慣れた光景だった。僕と江坂は、二人とも黙ったままその様子を見ていた。江坂も今日はやけに神妙にしている。
「はい、お待ち。」
店主は僕たちの前にどんぶりを置いた。
食べ始めた僕たちに、店主は浮かない顔で聞く。
「あんたら、SNSに書き込みとかするか?」
「僕はしませんね。」
「わたしもしないわ。どうして?」
「たぶん、あんたらはそういうのやらないんじゃないか、とは思ってたよ。」
店主はスマートフォンの画面を僕たちに見せる。
『崇鹿神社の裏の屋台は呪われてるらしい!』
『呪いの屋台? 逆に行ってみたいwww』
この屋台に関する噂がいくつかつぶやかれていた。
「昨日の夜、これを見つけたんだ。あんたらのこともあったし、気になって調べてみてな。」
「わたしたち、つぶやいたりしてないわ。」
「ああ、別にお嬢ちゃんを疑ったりしてないさ。ただ、噂はひろがってるみたいだな。」
つぶやいてるのは、材木店の男、あるいはその周囲の人間かもしれないし、死に至る屋台の噂は、もっと広がっているのかもしれない。もはや、それはわからなかった。
「そろそろこの場所も潮時かもしれないな――」
店主が力なく言う。
「それって、ここからいなくなるってこと?」
「ああ、そうだよ。」
「どうしてよ、そんな急に――」
「噂になったら困る理由があった、ってことですね?」
僕が言うと、店主は困ったように笑って、まあ、そうだな、と言った。
「名探偵くんは、気がついてたってことか。」
「確証はありませんでしたが。」
「せっかくだから、あんたの推理を聞かせてくれよ。」
「別にお話しするほどのものでもありませんが。」
「いいから話しなさい!」
江坂が横から畳みかけてくる。店主も促すように僕の方を見る。僕は、そのまま店主のことをまっすぐに見て、話し始める。
「この店は、無許可だったんですね。」
店主は、少し笑って、どうしてそう思ったんだ、と聞いた。
「最初に違和感を持ったのは、江坂がやましいことがあるんじゃないか、と聞いたときです。あなたは明らかに動揺していました。」
「あんたらが初めて店に来たときだな。そのお嬢ちゃんがずいぶん失礼なこと言ってきたんだったな。」
「うるさいわね。」
「次の違和感は、この店の立地です。裏の鳥居の方にはあまり人が来ない。表の参道の方にも駐車場はあるのに、なぜあえて人の少ない裏門に屋台を出しているのか、ずっと疑問だったんです。」
「言われてみればそうね。観光客はこっちまで来ないしね。」
江坂が残ったラーメンのスープをすすりながら言う。店主は何も言わずに、話の先を僕に促す。
「最後に、あなたは何かを恐れているようでした。江坂が死に至る屋台の噂をしたとき、あるいは僕たちが噂の調査の話をしていたとき。あなたは、噂がこれ以上広がることを恐れていたんですね。」
僕はそこで、一息ついて、お冷を一杯飲んだ。江坂も店主も僕の次の言葉を待っているのか、何も言わない。
「確証を持ったのは、この間、別のお客さんから、交通事故の話を聞いたときです。あなたは、ひどく慌てた様子で、客商売だから大事にしてもらっては困る、と警察に詰め寄ったそうですね。あなたには、大事にされては困る事情があった。特に、神社に警察から連絡が行くと困ったことになる。理由は単純です。あなたは、神社から許可を得ず、勝手にここで屋台をしていたんですね?」
「ああ、そうだ。」
店主はお手上げ、という風に手をひらひらとさせて、うなずく。
「この場所なら、神社の人には見つかりづらい。うまくすれば、裏門からの参拝客や、駅に向かう高校生や地元の客が見込める。そういうことですね。」
「驚いたな、全くその通りだよ。」
でも、なんで――。
江坂がそう言って、すぐに自分で気がつく。
これね、と言って、江坂は指で円をつくる。
「その通りだ。金に困っていて、スーパーや人通りの多いスペースを借りるだけの余裕がなかった。神社の表の駐車場も借りようと思って、一度掛け合ったんだが、なけなしの利益でやりくりできる額じゃなくてね。仕方なく当座の金のために、ってとこだよ。」
「世知辛いわね。」
「まったく、高校生にこんな話をして、情けなえな。」
店主は小さくため息をついた。
僕も一息ついて、残ったスープを飲み干した。これで、僕の役目はとりあえず終わりだ。何とか僕のなかで物語をつくることができていたみたいだ。
しかし、店主が少しにやにやと笑いながら、僕をからかうように言う。
「名探偵くんの推理はさすがだったが、間違ってるところが一つある。」
「何、教えて!」
相変わらず江坂は、僕の粗探しをして嬉しそうだ。
「俺は別に噂が広がるのを怖がってたわけじゃない。もちろん、噂が広まって、神社の連中に知られれば困ったことにはなる。だけど、それはそのときさ。勝手にこうして商売してるんだから、そうなっても仕方ないと思ってる。」
「それなら、一体何をそんなに怖がってたんですか?」
「祟りだよ。」
店主は少し恥ずかしそうに言った。
「祟り、ですか。」
「この店を出してから、不運なことが重なったんだ。小さいとこだと、急に仕入れ値が上がったり、大きいことで言えば、お客さんが急に倒れたり、目の前で事故が起こったりした。それがきっかけで噂にもなって、移動しなきゃいけなくなった。何となく不吉というか、縁起が悪い気がしてね。それもこれも、勝手に神社の敷地に店を出したから、神様が怒ってるんじゃないか、って思うんだよ。」
「だからわたしが呪いの屋台の噂をしたときに、あんなにびくついてたのね。」
「ああ、この屋台が本当に祟られてるんじゃないかと思ったんだよ。」
「ずいぶん小心者ね。」
「まったく、柄にもない悪事なんてするもんじゃないな。」
僕たちが僕たちで奇譚を追いかけていたとき、店主もまた自分のなかで奇譚をつくりあげていたのだ。人間はよっぽど不思議な話とか怪談めいたことが好きらしい。
「やっぱりここで続けるのは難しいんですか?」
「SNSで噂は広がってきてるし、どのみちずっとここにいられるわけでもないんだ。今日でここはおしまいだ。本当言えば、今日もあんたらに話をしようと思って、店を開けたようなもんだ。」
仮に今回は神社の人の目に留まらなかったとしても、いつかは何かのきっかけでわかることだ。僕が店主の前で謎解きをしなかったとしても、結果は変わらなかっただろう。
「ところで、あんたら、別に神社に突き出したりしないんだな。」
「僕はそれほど信心深くないんで。」
「ラーメンただにしてくれたら、黙っててあげるわ。」
強請るなよ、と呆れて江坂の方を見る。
「そうだな、まあ今日でお別れだ。ほぼ毎日来てくれてたし、今日は二人とも俺のおごりってことで。」
江坂は、ほんと! と歓声をあげている。
「いや、お金ないくせに、変な気を使わないでください。僕は払いますよ。」
せっかくの好意だったが、僕は遠慮して、千円札をカウンターに置いた。店主にも悪いし、それにこんなところで奢ってもらって妙に共犯のような気分になるのも、それはそれで嫌だった。
江坂はそれを見て、わたしは払わないわよ、と渋っていたが、やはり思い直したのか、江坂も財布から千円札を取り出す。
「これ、お釣りはいらないから、帰りがけにお参りでもするのね。今まで、すみません、祟らないでください、って。」
「お嬢ちゃん、ありがとう。受け取っとくよ。」
「ちゃんと賽銭入れるのよ。」
「ああ、少しは金もたまったし、今度はきちんとした場所に店を出すよ。そんときにでも、見かけたらまた食べに来てくれよ。」
「そうしますね。」
僕たちは、ごちそうさまでした、と言って屋台を出る。
「ありがとな、名探偵くんにお嬢ちゃん。元気でな。」
そう言って店主は手を上げた。僕たちも軽く頭を下げて歩き出す。
「あのおっさん、ちゃんとお参りするかしら?」
「さあな。」
それはわからない。
僕のなかには、何とか死に至る屋台の一件を片付けることができた、という安堵感と同時に、本当にこれでよかったのだろうか、という気持ちが同居していた。僕が店主に対して推理まがいの話を語ったのは正しいことだったのか。店主がやっていたのは、犯罪とは呼べなかったとしても、決して褒められたことではない。それを見逃してもよかったのだろうか。
「なあ、江坂。俺たちもついでに神社に参拝してかないか?」
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