026. 屋台の正体
「まず、死に至る屋台についてだが、その正体はあの屋台じゃない。むしろ、その正体はこの学校の生徒であり、俺たちだったんだ。」
「どういうこと?」
「起こったことを整理すると、一月に屋台があの場所に出てから、俺たちの知ってる限り、二つの出来事があった。一つは、心筋梗塞で客が倒れたこと。もう一つは店の客の交通事故だ。本来この二つの出来事に因果関係はない。だが、それを結びつける人がいたんだ。」
「それが掲示板に書き込んだ人ってことね。」
「そうだ。両方の出来事について偶然知ったこの学校の生徒がいて、その生徒が噂の発端になった。おそらくは、友達のあいだで、怪談話でもしたんだろう。その生徒は、自分が知っていた屋台にまつわる出来事を軸に話をふくらませた。あるいは、事実をそのまま語って、それに尾ひれがついていったのかもしれない。いずれにせよ、噂はある集団のあいだで広がって、死に至る屋台、というかたちで掲示板に書き込まれた。」
「両方の出来事をたまたま知っている生徒、なんて、そんな都合のいいことある?」
「おそらく、客が倒れたことを父親から聞いて、交通事故のことは自分で目撃したんだよ。」
「どうしてそんなことがわかるのよ。」
江坂はそう言ったが、自分で気が付いたのか、あっ、と言った。
「このあいだの材木店の男に聞いてたことね。」
「そうだ。その女子生徒の父親は客が倒れたことを知っていた。そのときの様子も詳しく聞いたんだろう。そして、彼女は父親の事務所に寄って帰宅する。学校から事務所に行くには必ず屋台の前を通るだろ?」
「事故を目撃していてもおかしくないってことね。」
江坂は、むー、と僕の方をにらむ。
「そこまでわかってて、わざわざ知り合いにここの生徒がいないか、あの材木店の男に聞いたのね?」
「小さな街だし、噂の出どころに共通点があるかも、と思って聞いたら、たまたま当たってた、というところだよ。」
「何よそれ、気に食わないわね。」
「いずれにせよ、死に至る屋台が存在しているとしたら、その正体は、いくつかの出来事を結び付け、それらしい解釈をつけて、物語として語る人間たちだってことだよ。そして、掲示板の内容に死に至る屋台、という名前をつけてそれを追っていた俺たちでもある。」
「なんとなく納得いかないわね。」
「江坂、前に言ってただろ。奇譚は、それを探し求める人のところに訪れるって。その通りなんだと思う。でもそれは、奇譚が勝手に訪れるわけじゃない。奇譚を求める人が、訪れた出来事に奇譚としての解釈を与えるから、奇譚がやってくるんだ。」
「今回も同じだった、って言いたいのね。」
「そうだ。噂の発端となった女子生徒も、友達に話す怪談話、噂話として、望んで出来事を結び付けた。それを広めた生徒たちもそうだ。この間の材木店の男もそうだった。そして、俺たちも。何か不思議な出来事を探そう、それがあってほしい、という願いを持っていたからこそ、奇譚を見つけ出したんだ。」
「つまり、死に至る屋台は願望だった、ってことね。」
そう、キルケゴールはいみじくも「死に至る病は絶望である」と言った。
しかし、僕たちが探していた死に至る屋台は、願望だったのだ。
だが、江坂はキルケゴールなんて、名前も知らないんじゃなかったのか?
もちろん、江坂は偉大な哲学書をしたわけではなかった。僕がその話をすると、江坂は自分が言ったことがえらく気に入ったようだった。
「そのなんとかって哲学者もなかなか気のきいたことを言うわね。」
まったく、何を言ってるんだ、コイツは。謝れ、キルケゴールに。
「ところで、まだわからないことがあるわ。今の説明だと、結局店主が何を隠していたのかわからないんだけど。」
「ちょうどいい時間だ。確かめに行こう。」
「今から屋台に?」
「そうだ。直接聞くのが一番だろう。」
「待って、なんであなたが仕切るのよ! いいわ、これから屋台に突撃よ!」
別に僕としては、誰が仕切ろうと大した問題ではないのだが。
「でも、そこまで言うってことは何か考えがあるんでしょうね。」
「まあ、そうだな。」
「それなら、今ここで先に言いなさいよ。」
「曖昧な部分もあるし、どうせなら店主に直接確認するのが一番正確だろう。」
「それもそうね。」
案外江坂が簡単に引き下がってくれて助かった。
こうして、僕たちは、いつものようにS坂を降りて、屋台まで歩いて向かうことになった。
江坂とこうして昇降口から二人で屋台に歩いていくのも、おそらくこれで最後になるかもしれない、などと考えながら。
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