しょーかん!

けろよん

第1話

 くだらない前置きはさておき俺は異世界に召喚された。


 ぴかー。


「うわ! まぶしい!」


 今日も遅くまでの残業を終えて会社から帰宅している途中でいきなり眩しい光に包まれたと思ったら知らない場所に立っていたのだ。


「ここはどこだ?」


 いきなりの事で疲れた俺の口は冴えないコメントを呟く事しかできない。

 そこは石造りの城のような場所で俺を中心とした床には魔法陣のような物が描かれていて、そこから立ち上っていた光が今消えた。


「ここは異世界の城です」


 俺の質問に答えたのは周りの連中の中から歩み出て来た立派な身なりをした女の子だ。なぜか頭に猫耳を付けている。

 彼女は社畜の俺に対して礼儀正しく挨拶した。


「わたしはアリア王女。この国の支配者です」

「お前がここの支配者か」

「はい、そうです」


 彼女が事情を説明してくれた。


「あなたの事はこの書物に従って呼んだのです」

「ほほう、その本はなになに。異世界に召喚された社畜のおっさんが辺境でスローライフする件?」


 俺にはその書物の表紙に書かれた文字がばっちり読めた。俺も驚いたが相手も驚いたようだ。綺麗な目をパチクリさせていた。


「あなたはこの本の文字が読めるのですね。さすがは異世界から召喚されし者。立派な能力をお持ちでいらっしゃる」

「いや、召喚されても困るんだけど。明日も仕事があるし。それに俺はおっさんではない。お兄さんだ」

「おっさんではないと言い張るのですか? この本の主人公は30歳なのですが」

「おっさんかもしれないな……」


 俺は疲れたため息を吐いた。30歳なんて若造だろ。まあ、歳の事はどうでもいい。

 冴えない平凡な社畜の俺にもだんだんと事情が読めてきた。これは最近流行りのアレに巻き込まれたのだと。

 よりによってリアルに多忙な俺を呼ばないで欲しいのだが。相手はお構いなしに興奮をぶつけてきた。若い元気さが眩しいね。


「あなたはおっさんで社畜なのですよね!?」

「まあ、そうだろうな。お前がそう思うのならな。ついでに30歳だとサバを読んでおこう」

「まさしくこの本に書かれている通りの理想の主人公だわ!」


 周りがざわざわとざわめき立つ。俺はもう疲れているんで帰りたかった。


「でも、俺忙しいんで。帰らせてもらっていいすか」


 俺が投げやり気味にそう言うと周りがざわめきが不穏に変わった。王女も声を失ったように驚いている。

 俺はただ帰りたいと告げただけなのだが何かいけなかったのだろうか。興奮した王女が目をぎらつかせて近づいてきた。

 向けてきたその杖の先端には煌めく刃物があった。


「帰りたいなどとこの書物には書かれておりません。この本の主人公ならリアルなど何も気にせずやったー異世界生活を満喫してやるぜウハハハと興奮するのです。もしあなたが主人公でないなら処分して新しいのを呼ばなければいけないのですが」


 周りからも処分するかと刃物を抜くような音がしてくる。俺は仕方なく受ける事にするのだった。


「いや、本当は異世界生活を満喫するつもりだったぜ。やったーウハハハ」


 社畜として面倒事を押し付けられる事にはなれている。

 俺は暮らすことにするのだった。




 城を出るとそこは異世界のファンタジーの町並みだった。草原が風に揺れてゲームみたいな石と木組みの建物が建っている。

 門の前まで見送りに来てくれたアリア王女がこの国の事を紹介してくれた。


「ここがわたしの支配するネコヨランド王国です」

「ネコヨランド王国ですか。なるほど」


 聞いた事の無い国名だが(異世界だから当然か)、見たところネコミミの女の子の姿が多い。ここは獣人の国なのだろうか。訊ねると、


「わたしの国ですからわたしの好みの者を置いているのです。逆らう者や無能な者は追放です」

「さよか」


 どうやらこの王女様には逆らわない方がいいらしい。俺はここで何をすればいいのだろうか。訊ねると彼女は本をパラパラとめくって、


「あなたにはここでスローライフを送ってもらいます。ここからの案内はこの者がします」

「はい、王女様」


 王女に呼ばれて現れたのはメイド服を着た幼いネコミミの女の子だった。彼女は礼儀正しく挨拶した。


「ミナと申します。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく」


 紹介してくれるならもっとお姉さんの方が好みなんだけどな。まあ、子供もこれで可愛い。思っているとアリア王女が話を続けた。


「この本によるとおっさんはロリコンですから可愛く幼い女の子とここで薬屋を開くことになります」

「おい、ちょっと待て」

「おっさんはロリコンですから」

「なぜ二回言った」

「説明を聞き逃したのかと思って」

「「……」」


 微妙な沈黙が辺りを覆う。俺は大人としてこの場は譲ってやる事にした。


「いや、いい。で?」

「はい、おっさんはロリコンですから」


 三回言いやがった!? まあいい。つまらない突っ込みをするより話の続きを早く聞いてしまおう。時間は貴重だ。王女はさっさと話してくれる。


「ここで可愛く幼い女の子とロリコン……じゃなくて薬屋を開くのです!」


 言い間違えた!? さらに勢いで押し切ろうとしている。俺の不満そうな顔が気になったのだろう。アリア王女が言ってくる。


「不満そうですね。ミナでは可愛くないと。それとも歳? 不用なら追放にして新しい者を用意」

「いや、ミナでいいぞ。おじさんここでミナと薬屋を開くの楽しみだなー」


 彼女が追放されては可哀想なので俺はさっさと了承する。満足してアリア王女も微笑んだ。


「気に入ってもらえて何よりです。では、ミナ。後の事は任せます。後できちんとこの本の通りになっているか見に行きますからね」

「はい、王女様。では、ロリコンのおじさん。ミナについてきてください」

「おう、ロリコンのおじさんはミナについていくぞ」


 というわけで俺は半ば投げやりな気分で案内を受けてついていくのだった。




 町を見下ろせる小高い緑の丘の上。質素だが立派な建物の前に俺達二人は到着した。振り返ったミナが紹介してくれる。


「ここが今日からミナとロリコンのおじさんが開くことになる薬屋です」

「ここがそうなのか。お邪魔~というのも変だな。ただいま~の我が家だぜ」


 入ると中は何も無い部屋だった。俺は振り返って後についてきたミナに訊ねた。


「ここが薬屋なのか?」

「はい」

「薬も何も無いのだが」


 本当に何も無い。薬屋なのに不思議である。疑問に思っているとミナが教えてくれた。


「薬は裏山で薬草を取ってくるんですよ」

「誰が?」

「え……?」

「……」


 王女が持っていたのと同じ本を取り出して調べようとするミナ。調べるまでもなく俺は事情を察した。


「試すような事を言って悪かったな。俺が取ってくればいいんだよな」

「ロリコンのおじさん……」


 そろそろその呼び方は止めて欲しい。だが、実名を明かすのもまずい気がする。王女に知られたらいろいろとやばい予感しかしない。

 仮の名前は何にしよう。クラウドかセフィロスだろうか。考えている間に客が来た。


「えーん、えーん」


 現れたのは泣きべそをかいた小さい女の子だ。


「ロリコンのおじさん!」

「分かっている!」


 俺はロリコンではないのだが。ミナに言い聞かせるのはまた今度だ。見ると膝に擦り傷が出来ていた。


「これぐらい舐めて治らないか?」

「ロリコンのおじさん?」


 なぜそんな軽蔑したような目で見る。分かっている。きちんと薬屋をしろというのだろう。俺がロリコンとかでなく。

 女の子が泣いている。決意する時だった。


「裏山で薬を取ってくる。ここはミナに任せたぞ」

「はい、念のためにこれを持って行ってください」

「おうよ」


 俺はミナから本を受け取って裏山へ向かった。




 そこは高い木々が茂ったうっそうとした山。


「さて、薬草はどれだろう」


 辿りついた俺はミナから受け取った本で調べることにする。薬草の辞典かと思っていたら違っていた。王女も持っていたあの小説だった。


「これでどうやって薬草を見つけろっていうんだよう!」


 投げ捨てたい気分になったが、ミナと女の子の顔を思いだすと踏みとどまった。


「とりあえず開いてみるか」


 序盤の方を読んでみると主人公である『俺』がちょうど今の俺と同じように山へ薬草を取りに行くシーンだった。


「この小説の通りに歩いてみるか」


 他にあてもなかったのでそうすることにした。草の生えている場所に辿り着く。


「この草でいいんだよな」


 駄目でもともと。草を引いて持っていく。後はモンスターに出会う前に下山するだけだった。




 幸いにもモンスターには襲われずに済んだ。

 俺は小説の主人公のように速く移動するスキルを持っていなかったので察知されなかったのかもしれない。

 あるいは使えるのかもしれないが、あまりここの世界に馴染みたくもなかったので使わずに済みなら何よりだ。

 薬草を持って薬屋に帰宅する。ミナが女の子の面倒を見ていた。


「ロリコンのおじさん!」

「おう、薬草を持ってきたぞ。容体はどうだ?」


 見たところ変わらずといった感じだった。俺は早速処置することにする。女の子の膝の前で薬草を持って考える。

 さて、これをどうやって使えばいいのだろうか。とりあえず女の子の傷に当ててみた。すると光が湧いて傷がみるみる治っていった。

 薬草すげー。役目を終えた草は消滅した。

 女の子は元気にぴょんと跳びはねた。


「ありがとう、えっと……」

「ロリコンのおじさん」

「ロリコンのおじさん!」

「おう、もう怪我するなよ」


 俺は元気に駆け去る女の子を見送って、さて、もうロリコン呼びは止めさせよう何と名乗ろうか社畜のおじさんというのも嫌だなと思いながらミナに訊ねた。


「そう言えばその本の主人公はなんて名前なんだ?」


 返した本はまだしっかり読んでなかったし、見たシーンでは一人で行動してるだけで『俺』としか書かれていなかった。覚えていたミナは本を見ずに答えた。


「名乗るほどの者ではないと。ただみんなには社畜のおじさんと呼ばれています」

「そっか」


 どうやら名づけの参考になりそうにはない。続けてミナはこの本の主人公の事を教えてくれた。楽しいらしくニコニコとして。


「女の子を助けた時の『俺はロリコンだからなって』決め台詞のシーンがかっこいいんですよ」


 どうでもいい情報だった。




 それからのお店は繁盛した。俺の薬草はきちんと効いたし評判が評判を呼んだようだ。

 この国は遊び盛りの子供達ばかりなので遊んで怪我をしてくる子が多かった。

 そうこうしているうちにアリア王女が視察に来た。


「もうすっかりここの生活に馴染んだようね、社畜」

「ああ、すっかり馴染ん……じゃ駄目だろ、俺ーーーー!」


 そう社畜の俺にはリアルの生活があるのだった。アリア王女の顔と言葉はそれを思いださせてくれた。

 もう何日休んだ? 数える暇もなく俺はアリア王女に詰め寄った。


「俺を元の世界に返せ! 今すぐにだ!」

「何を急いているのです。あなたはここでスローライフを」

「うるせー! 社畜には仕事があるんだ! 俺は帰るぞ!」


 アリア王女の杖に触れた時だった。


 ぴかー。


 光に包まれて気が付いた俺達は元の世界の部屋にいた。


「そんな、王族でもない社畜が無詠唱で召喚の杖を使えるなんて」

「サンキュー、召喚の杖。じゃあ、俺は仕事に行ってくるぜ」


 アリア王女に杖を返して言い終わった時にはもうスーツを着て鞄を持ってすっかり仕事モードの俺。

 素早く玄関に行く俺をミナが見送りに来てくれた。


「いってらっしゃい、あなた」

「ああ、行ってくるぜ」


 俺はダッシュで会社に向かう。空の太陽が高くてやばい時間だと教えてくれた。




 後には残されるミナとアリア王女と店にいた客の女の子達。


「ミナ、今の挨拶は」

「この本に」

「これは新たな英雄の物語」


 子供達が俺の部屋にあった本を読み漁っていくなど知る由もない俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しょーかん! けろよん @keroyon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ