第4話 やっぱりランカーだ

「結局さー。この間のトラブルって、いまだに完全になおってないらしい、じゃん?」


 購買部で買ったコーヒー牛乳にストローを刺しながら、教室の隅で男子高校生は隣の席のクラスメートに何の気なしに話しかける。


「うーん、そうかもね。テレビのニュースも、ネットのニュースも、なんかハッキリしてないよね」


 彼女は、彼と一緒に購買部で買ったイチゴ牛乳の口を開いて、ピンク色の液体を自分のコップにじょぼじょぼと注ぎながら曖昧な返事をする。


「おい、おまえらラブラブだな。おそろいの牛乳なんか飲んじゃってよ」

 たまたま、その横を通りかかった男子三人組は、冷やかすように通り過ぎていく。


「ったくー、何がおそろいだよ。コーヒー牛乳とイチゴ牛乳なのになー。ところでさ……」


 ストローに口を付けて一口吸ってから、彼は三人組が遠ざかっている事を確認して彼女に小声で話しかける。


「先週の定期試験、どうだった? 実は、英語ちょっと失敗しちゃってさー」


「ふふん。私は、その点大丈夫だよ。これで今回の成績は私が上なのかな。例の約束、忘れないでよ」


 彼女は嬉しそうにイチゴ牛乳が入っているコップを傾けてコクリと飲む。


「あーあー。あのトラブルで、定期試験のランク付けデーターも吹っ飛んでてくれないかなー」


「何言ってんの。別に全国規模のランクを調べる訳じゃないでしょ? 今回の約束は、君と私のランクの話なんでしょ? 学校内のランクなんか全員の点数あつめりゃ終わりなんだから、すぐにわかるんだからね! もういい加減あきらめなさい」


 彼女は、優越感に浸るようにちょっとだけ胸を張り、びしりと彼に言い放つ。でも、彼を見る目線には優しさがにじみ出ていた。

 彼は、少し悔しそうに、でも、なぜか晴れ晴れとした様子で教室の外の青い空に浮かぶ白い雲を眺めていた。 


 * * *


 33階の床から天井まで届く掃除されたばかりの透き通ったガラスの壁は、空の青さを誰かに見せつけるようにそびえていた。そのおかげで、このフロアは、高層オフィスの中にいるとは思えないように広々と感じられた。


「はぁー、疲れたな。このあいだのトラブルで、結局週末の予定が全て吹き飛んじまったよ」


 休息エリアに指定されている場所に置かれたエスプレッソマシンに、自分の名前が書いてあるカップをセットして抽出のボタンを押してから、こめかみを親指と人差し指で揉みながら、人間工学に元づいて設計されたピンク色の椅子に座ってペットボトルの麦茶を手に持っている同僚に話しかける。


「あー、わかるわかる。大変だったみたいね。ほとんどの社員に緊急呼び出しが来てたみたいですものね。良かったわ私、出張中で……」


 手持無沙汰のようにペットボトルのフタを右に左にねじりながら、話しかけて来た同僚に返答する。ピンクフレームの眼鏡がキラリと光る。


「しかしさー、金融機関の決済システムやATMの運用システムでもないんだしさ。たかがビッグデータが少しぐらい見えなくなっても、経済活動がマヒする訳じゃないだろ? なんで、そこまでシャカリキになって復旧させるんだかね」

「うーん。やっぱり、みんな最新のビッグデータを使って自分の立ち位置を確認したいんじゃないのかな」


 エスプレッソの香りが漂っているカップを取り出して、同僚の隣に腰かける彼。シルバーのカラーピンがキラリと光る。


「例えば犬やオオカミみたいに、社会集団として生活する生物って、自分の立ち位置が分からないとストレスを溜めちゃうんでしょ? 犬を飼っている家庭では、新しく子供が生まれると、その子と飼い犬との家庭内の順位付けを正しく教えないと、犬のストレスが溜まって子供に暴力をふるうとか言うじゃない?」

「ふーん、そんなもんかなー。社会人になって同僚とか上司とか後輩とか、その程度の立ち位置には気を付けるようにはなったけどさ。でも、ソーシャルゲームの中のランキングやHPポイントみたいな細かい数字は、社会では意味ないんだけどなー」


「まあ、それはそうね。社会集団での順位付け程度のラフな順位でいいはずなのにね。今の風潮のように、色々な項目に対して1ポイントや2ポイントの差まで比較して順位付けするのは、流石にちょっとやりすぎかもね」

「そーだよな。だって、今俺らが扱っているビッグデータなんて所詮人間のおまけ情報でしかないもんなー。人間そのものの価値を決めてる訳じゃないし」


「うん、そーよね。そーなんだけどね……。でも、ビッグデータで人間の総合順位が判断される未来が、すぐその角まで来てそうで正直怖いわよね。まあ、ビッグデータを運営する側の人間が言う事じゃないかもだけどさ」



 33階の窓ガラスが日差しに反射してキラキラしている55階建ての高層ビルの足元、そこに広がる公開空地には、秋の彩に合わせるかのような黄色く色づいたイチョウの並木が続いていた。


(了)

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ザ・ランカーズ。あなたは何番目? ぬまちゃん @numachan

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