第3話 あなたをランカーに

「あれ? また来てるよ。いい加減にやめてほしいなぁ」

「え、どうしたの? いたずらメールか何か来たの」


「うん、最近多いんだよね」

 そう言って男子高校生は隣の席に座っている女子に自分のスマホを見せる。


 ☆☆☆

 このメールが届いたあなた。

 コレはアナタだけの特別なチャンスです。

 このメールのアドレスにアクセスすれば、あなたを直ぐにランカーにして差し上げます!

 ☆☆☆


「うわ! ホントだ。何これ、如何にも危ないメールじゃないの。ここに書いてあるアドレスにアクセスしたら、絶対にヤバイ事になるよね」

「うん、まあ、そうなんだけどさ。でも、最近成績下がっちゃってて、このままだと成績順のクラス分けで来学期も君と同じクラスでいられる自信がないんだよ」


「うへ。何言ってるの。君って勉強出来るじゃん。毎日横で見てる私が太鼓判を押すんだから大丈夫だよ」

「うん。そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ」


「分かったわ。次回のテストで、もしも君の成績が私より下なら、牛乳1本につき1科目で、一緒に勉強会してあげるね」


 彼と彼女が話をしている横を、クラスメートの男子三人がニヤニヤしながら通り過ぎて行く。


「おー! 勉強出来るカップルは良いよなー、二人揃ってランカーだもんなー」


「全く、何言ってんだか。勉強しないでふらふらしてる男子ってイヤよね」

 彼女は彼らに向かって、いー、という顔をしてから、彼の方に向き直ってチョットだけ頬を染めながら同意を促して来た。


 教室の外では、大きな入道雲が今日の天気を告げていた。


 * * *


「しかし、これだけ膨大なデータが流れ込んでくると普通のデータベースじゃ処理できないっすよね」


 空調が効きすぎるぐらい効いている窓一つない部屋で、イエロー色のTシャツに穴だらけのジーンズをはいた髪の毛が真っ赤な若い男性が、ペットボトルのコーヒーを飲みながら、となりにいる髭を生やしたスポーツ刈りの男性に話しかけた。その男性は、グリーンシャツにグリーンのチノパンをはいていた。


「まあな、だからこそ、市販のデータベース管理アプリでは対応できないから、自前で巨大なデータを扱えるシステムを持つしかないんだよ。逆に言えば、このシステムが壊れたら我々意外に復旧する手段がないということさ」


 スポーツ狩りの男はそう呟いてから、手元にあるナッツを口に放り込んでボリボリと大きな音をたてながら、凄い勢いで目の前のキーボードを叩き始める。


「うーん、ちょっとだけ反応が落ちてるみたいだな。ほら、今俺が取り出した応答画面を見ると、昼間より夜のアクセスが異様に多いんだ。このままだと早晩ユーザーからクレームが上がって来るかもな」


「うん、その件だけど、システムの増強を計画しているらしいよ。何でも北海道にある主データセンターのキャパを三倍増するための大規模改修が、近々あるんだそうだ」


 彼らの後ろから、真っ白な洗い立てのシャツにブルーのネクタイをした背の高い男が、会話に割り込んできた。


「えー、でもそうするとバックアップセンターが耐えられないじゃないっすか? そんな状態の時に何かトラブルが起きたら、イッパツでアウトっすよ」


「まあ、そうならないように我々がいる、と上の人達は思っているのだろうさ」

「えー! そんな、ムリなモノはムリっすよ」


「うん、そういう訳で、君達にももう少しこの窓の無い部屋で頑張ってもらうしかないね」


 ホワイトシャツの男性はすまなそうな態度をとりつつも、感情のこもってない声を彼らにかけてから、入って来たと同じように静かに出て行った。


「うへー、やっぱりIT業界はブラックまっしぐらっすか」

「何を今更、言ってるのさ。光が強ければ強いほど、闇も黒く深いってのは常識だろう」


 部屋に残された二人は、冷房が効き過ぎているのか、背筋がゾクリとするものを感じていた。


 * * *


ビー! ビー! ビー!

 

「なんだ? どうした?」

「何が起こったんだ?」


 オフィス中の警報音が全て一斉に鳴って、そこにいる人間達が一斉に騒ぎ始めた。


 * * *


 都内の一流ビジネス街に颯爽と建っている、55階建てのオシャレなオフィス・ビルの33階にある、堅牢なセキュリティに守られたデータベース管理センター。

 そこにあるモニタには、日本全国からリアルタイムで送られてくる膨大なデータの更新状況が光のように流れる速さで表示されていた。


 ―― それは、何の前触れもなく始まった ――


 北海道の広大な平野に建設された東京ドーム10個分はある巨大なデータセンターで発生した一つの事故。


 その事故は、障害が発生した場合にバックアップに切り替わるための、基幹システムをいとも簡単に破壊した。


 その結果は多数のシステムから送られてくるデータの不整合に発展し、ビッグデータを統合運用している絶対に安全で無停止であるはずのシステムを緊急停止に追い込んだ。


 * * *


「あれ? おい、なんかデータ表示されなくなっちゃったぜ。せっかく頑張って持久走でクラスで一番になったのに!」

「え? 俺のは表示されてるぞ。あ、でも一時間以上データが更新されてないや」


「先生、昨日の模擬試験の結果、私の端末から見えないんですけど?」

「え、そんな事ないだろ。先生のパソコンでは見えたぞ……あれ、更新をかけたら画面が固まっちゃった」



 その日、日本全国全ての端末画面からデータが消えた……


 その日、どこまでも続く晴れ渡った青空には、ひとつの雲も見られなかった。

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