第2話 あなたは何番目?

「おめでとうございます! あなたでちょうど100万人目の来場者になります。どうぞ、こちらにおいでください。スペシャルプレゼントをご贈呈いたします」


 夏休みに入っていたからだろう。公園通りに面した博物館の入り口には長い行列が出来ていた。その長い行列に並んでいた彼の前にいた家族連れが、博物館の入場口で待ち構えていた博物館職員達にお祝いされている姿を見て、彼は思った。


 列に並ぶ前にトイレにさえ行かなければ、あそこに立って皆に祝福されているのは僕だったのにな……


 そんな事を考えながら、彼はリストバンドをタッチし入場者数の項目をあらためて選択してみた。

 すると、彼の画面には、博物館入場者カウント:1,000,001人目、とご丁寧に表示されていた。

 そして、ふと別の項目を選択してみた。今度は、博物館前駅の出場者カウントの表示には、9,998人目の文字が目に留まった。


 なんだよー、あと少し遅く駅の改札を出ていれば、今日の1万人目の乗客だったんじゃないか。今日は、おもいっきり運が無い日なんだな。


 と思いながら、彼はムシャクシャした気分を晴らすために、目の前の自動販売機にリストバンドを近づけてキャッシュレスで缶コーヒーを購入した。


 ピピピピピ……ピ

 ピンポーン!


 突然目の前の自動販売機が、ずらりと並んだ押しボタンのランプをグルグルと回るように点滅させてから、彼に向かって明るい声でしゃべり始めた。


「おめでとうございます。お客様は、この自動販売機の御利用者10万人目になります。プレゼントとして、もう一本無料でご購入いただけます」


 え?


 彼はちょっと驚いて、リストバンドのモニタを見なおす。すると、そこには、自動販売機購入者数:100,000 人目の文字が映っていた。


 * * *


「駅長、先ほどお客様窓口に『俺は、改札口を抜けた1万人目の客だぞ。何かプレゼントはないのか?』とクレームを入れに来た方がいらしているのですけど、どうしましょうか?」


 あからさまに困った顔をした駅員が、駅長事務室に駆け込んできた。

 駅長は、一瞬ドキリとしたようだが、気を取り直したように駅員に声をかけた。


「ああ、時々いるんだよね。その手のクレーマー。当駅では、一日に10万人以上の利用者がいるので、1万人目ではイベントは行っていません、とでも言っておいてくれ。もしも、それでも引かない場合には、警備員を呼んでお引き取り願いなさい」


 駅員は、駅長の話を聞いて少し安心したかのように、窓口の方に戻って行った。


 はぁ。最近は全てのデータが公開されているから、やれ10万人目だとか、100万人目だとか、色々難癖をつける客が多くて困ったものだ。


 様子を伺おうと駅長室から出て来た駅長が、駅の事務室を横切りながら呟く。


「まあ、駅長。この駅みたいにそこそこ乗降客が多いけど、多すぎるわけでもない駅って、都内でも少ないですからね。そこを狙われちゃうんじゃないっすか」

「なんだい、それ? 乗降客のカウントなんか狙ってできるモノでもないだろう?」


 若い駅員が、先ほどのゴタゴタを耳にしたようで駅長に向かって声をかけ、それに駅長が聞き返す。


「いやぁ。ところが、カウントの並びを狙って教えてくれるその道のプロがいるらしいんすよ。なんでも、ぞろ目屋とか言われているらしいっす。ネットで密かに噂になってるんすけどね」

「なんだい。その、ぞろ目屋って?」


「駅構内をうろうろして、改札口のカウントをチェックしてるんだそうっす。そして、ぞろ目が欲しい人に連絡するんだそうすよ。あと何人だから何分後に来い、みたいに……」

「なんだ、それ。そんなので商売になるのか?」


「まあ、需要と供給らしいっすけど。別に10万人目じゃなくても、11,111人目とか、22,222人目とか。後は、12,345人目とかっすよね。番号並んでるので縁起担ぐ人とかいるじゃないっすか、あのノリっすよ」

「ふーん、そんなもんかねー。でもそれなら、もっと乗降客の多い、新宿や池袋、渋谷でやればいいのにな」


「いやいや、駅長。新宿なんかじゃ、カウントのスピードが速すぎて絶対にその順番を確保できないっすよ。だって、駅のあちらこちらに改札口があって、一秒間に何人もの乗客がほぼ同時に改札を通ってるんすよ! それこそ、ぞろ目になったら宝くじ並みっすよね。100万分の1っすから」

「なるほど、だからこの駅のように、週末の乗降客は多いけど平日はそこそこの駅はねらい目なのか。しかし、よくわからんなー、最近の若者のすることは」


「そんなこと、ないっすよ。駅長が若い頃は、切符の日付をぞろ目にしたいから、わざわざ並んで切符を買ったお客さんもいたんしょ? 昔のニュースで見た事ありますよ」

「ああ、そう言えばそんな事もあったな。今じゃ切符なんて誰も使わないけど、昔は切符に日付が印刷されてたから、数字の並びが良い日付には切符売り場に並らんでわざわざ買った記憶があるな」


 駅長は、若い駅員に言われて昔の事を感慨深そうに思い出していた。


 * * *


 郊外の駅の改札口。

 先ほどの駅長の自宅の最寄り駅。


 ピポ!


 改札口を抜けて、今日の出来事を思い出した駅長は、ふと自分のリストバンドの画面を開く。そして、出場者カウントを見る。


 本日の出場者カウント:101,017人目。


 ああ。10年の10月17日といえば、娘の誕生日だったな。

 駅長はそう思いだすと、表示されている画面を保存してから、自宅に歩き始めた。


 今日はまだ、歩くとジメジメする暑い夜だった。

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