ザ・ランカーズ。あなたは何番目?
ぬまちゃん
第1話 今日こそランカーだ
「位置について、よーい」
ドン!
カズヤは一気に加速する。
そうして、100m先のゴールを駆け抜けた瞬間に天然芝のグラウンドに倒れこむ。
彼は、切れた息を整えながらゴール地点横にセットされている自動計測器の結果に視線を投げかける。
うん、まあ、こんなもんか。確か、運動部の奴らはまだ測定してないからこの瞬間なら結構いいセンいってるかもな。
彼はそんな独り言をつぶやきながら、手首に付けているリストバンドを自動計測器のタッチセンサーに軽く触れる。
ピ!
軽い電子音と共に、彼のリストバンドから有名なボーカロイドの声が彼の耳にだけ飛び込んで来る。
「カズヤさんの100m走、測定時間を受信しました。保存しますか?」
「うん、保存して」
彼はリストバンドに向かって小さな声で答えた。
それから、おもむろにリストバンドの一部をタッチする。すると、リストバンドの上方数センチの何もない空間にタブレット・サイズの画面が浮かび上がる。
彼は、その画面に触れながら、高校生の身体能力情報、を選ぶ。すると、画面は学校名と身体測定項目一覧が表示される。
その一覧表から、彼は大急ぎで自分の学校名と100m走のタイム一覧を選ぶ。
数秒前にその情報が更新されたことを画面右上の更新時間を見て確認してから、その順位を目に止める。
そこには
――都立町田高校、男子二年生、100m走タイム順位 一位――
の欄に自分の名前が載っていた。
よっしゃ!
彼は小さな声で叫びながら、自分の名前が100m走タイム一位に表示されている画面をダブルタップして画面の保存処理をおこなった。
それからしばらくして情報が更新されると、100m走タイム順位の一位は、クラスメートの別の名前に代わっていった。
はあー、やっぱり陸上部のアイツには敵わないか。でも出走の順番で一瞬でも一位になれるのは気分いいよな。
グラウンドには、高校生が100m走以外にも色々な運動能力測定を行って、自分のリストバンドで測定結果の順位を見て一喜一憂している姿であふれていた。
グラウンドの隅には、白い花びらが全て落ち新緑の葉が少しずつ全体を覆い始めた桜の樹々が、大騒ぎしている彼らの姿をゆっくりと見守っていた――
* * *
「先生、この旭川の高校生いい感じですね。こんどスカウト対象に加えましょうか?」
東京都内某所にあるスポース振興財団が入っているオフィスの上階にあるスポーツ科学研究所で白衣を着てメガネをぐいと直しながら画面を見ていた研究員が、背後にいるジャージ姿の学校教員然とした褐色の肌をもつスカウトマンに話しかけていた。
「ああ、彼だろう? 実は僕も前から気になっていたんだ。そうだね、こんどのスカウト会議では取り上げようか」
スカウトマンは、画面の内容を後ろから食い入るように見つめて答えた。
彼らのいる部屋の正面に設置された大画面モニタには、日本地図が広がっていた。そこには全国各地の高校生100m走タイムでトップテン入った生徒名と学校名の一覧が表示されていた。
「しかし、このシステムは便利だな。日本中の中学生や高校生からの最新のデータが瞬時に集まってくるんだものな。昔のスカウトマンには出来ないよ、こんな事」
「そうですね、昔は、各学校の体育教師からの推薦やうわさ程度の情報を頼りにスカウト活動をしていたそうじゃないですか。それが今じゃ、この機械のおかげでリアルタイムで日本全国の100m走タイムが手に入るのですからね。それに比べれば天と地の差でしょうね」
メガネをかけた白衣の男は、自分の手首にもついているリストバンドをしげしげと眺めながらつぶやいた。
* * *
彼らが身に付けているリストバンド、
――通称『ザ・ランカー』――
これは、日本中を網羅している高速通信回線を利用して、各個人の測定情報を一か所に吸い上げてランク付けするシステムの入出力の個人端末だ。
そして、多量のデータ、俗にビッグデータと呼ばれている情報を多元的に保管・管理し処理・分析する超巨大なデータセンタと一体になっているシステムの名称でもある。
最初は、とある小学校の先生の簡単なアプリだった。
毎回行われる小テストの結果を生徒たちに教えると、その結果の見せ合いになり授業が進まなかった。
そこで先生は小テストの結果をデータベース化して、授業で使っているタブレット端末に表示できるようにした。すると、子供たちはテスト結果と自分の順位がいつでも見られるようになるので授業に集中するようになったのだ。
順位が下の子達や、見せるのを是と思わない生徒たちは、当然いい気分ではない。そこで先生は、自分の点数と順位、それにトップ5の子供名だけを表示するように修正した。
やがて、そのアプリは日本全国の小学校・中学校・高校に広がっていき、小テスト以外に中間テスト・期末テストといった定期試験にも応用されていった。
最初に、それに目を付けたのが全国的な大手学習塾だった。
さらにそのアプリとデータの有効性に気が付いた、アクティブ・ユーザが8000万人を超えるSNSを運用する企業が、健康飲料水を販売している大手薬品メーカーや数百万人が毎日利用する大手鉄道会社をも巻き込んだ。
その結果、毎日の通勤通学や自動販売機にも使用できるように、データ入力や表示の簡易化・自動化として、タブレット端末やスマートホン以外でも利用できるように、手首に付けて操作できる時計やブレスレットのようなリストバンドが実用化されてユーザに無料配布された。
その結果、そのリストバンドは瞬く間に日本全国に広まっていったのだった。
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