明日への魔法

 ユーゴは慣れた手つきで薄青色のお茶を二つのカップに注ぐと、一つを絢花の方へ差し出す。絢花はそれをおずおずと受け取った。にっこりと笑むユーゴ。


「まずは、お近づきの印に」


 ポンという軽い音。ユーゴが青いバラを差し出す。


「どうぞ。プレゼントです」

「あ、ありがとうございます」


 ユーゴはまた微笑む。


「では、あなたの話を聞かせてください」

「え?」

「あなたの話が聞きたいんです」


 真っ直ぐに見つめられ、絢花はなんだか悲しくなった。


「お嬢さん?」

「ユーゴさんには、仲の良い女の人はいますか?」


 何故かスラスラと口にできる。このユーゴは、自分の願いをなんでも叶えてくれる。そんな風に思わせる何かをこの男は持っていた。てんびんうさぎは不安げに絢花を見る。


「あやちゃん?」


 絢花は答えない。反対にユーゴは絢花の問いににこやかに答えた。


「いませんよ」


 何を聞いているんだろうと自虐的になりながら、絢花の口は止まらなかった。


「好きな人がいるんです。でもその人には、仲の良い女の子がいて。私、なかなか気持ちを打ち明けられないんです。それでその人は……」

「俺に似ている?」


 ユーゴの言葉に、絢花の感情をせき止めていた何かが壊れる。絢花の頬を涙が伝う。


「大好きなのに。私の方が絶対大好きなのに……! いつも唯奈先輩が側にいて……!」


 椅子から立ち上がり、ユーゴは絢花の涙をぬぐう。


「もう大丈夫。俺は君だけを見ています」


 てんびんうさぎがあわてて口を開く。


「あやちゃん、夢におぼれてはいけないよ!」


 絢花はうつむいて首を何度も横に振る。


「わかってる。この人は違うって、わかってるけど」


 沈黙が流れる。ユーゴは何も言わない。絢花がそっと消え入りそうな声でつぶやいた。


「私ずっと、ここにいたい……」

「あやちゃん!」


 てんびんうさぎは椅子から飛び降りる。


「ここにいましょう。俺と一緒に、永遠に」


 絢花の肩を抱き、囁くユーゴ。


「あやちゃんダメだ! 朝が来る前に戻らなくてはここから永遠に戻れなくなる!」


 絢花はぼんやりと言う。


「戻れなくても、いい……」

「あやちゃん!」


 ユーゴが絢花の手を引こうとする。ぐらりと絢花の体が揺れた。かさりと絢花のポケットから何かが落ちる。てんびんうさぎがのぞき込む。


「これは」


 絢花の瞳に光が戻った。


「それ、先輩が昔くれた」

「あやちゃん」

「え……?」


 てんびんうさぎは真剣な顔で絢花を見つめる。


「ここにはたしかに魔法がある。でも君は思ったはずだ。今日もらった本物の青いバラより、あの日もらったハンカチの赤いバラの方が嬉しかったって!」


 絢花はハッとした。


「……そう、不思議だった。すごく、すごく嬉しかった。だけど、あの日の方が、嬉しかった。ねえてんびん君。どうして?」


 てんびんうさぎは力強く答える。


「簡単だよ! たとえ都合が悪くても、思い通りにならなくても、仲のいい女の子がいても、それでも君が好きなのは、現実のあさか先輩だからさ!」

「現実の、先輩」


 ユーゴを見る絢花。ユーゴは変わらず微笑んでいる。てんびんうさぎはさらに続ける。


「たしかに夜の夢は美しい。でもずっといたらダメなんだ。あやちゃんの本当の夢は、現実の中にあるのだから!」

「私の、夢」


 すがるような目で絢花がてんびんうさぎを見た。


「だいじょうぶさ。僕がついてる」


 絢花は頷き、ユーゴに向き直る。


「ユーゴさんごめんなさい。私戻らなきゃ」


 こてんと首を傾け、ユーゴはどこかさみし気に笑った。


「……かまわないよ。俺はいつでもここにいるから」


 てんびんうさぎが絢花の手を取る。


「さあ戻ろう。じきに朝が来る!」

「うん!」


 絢花は落ちたハンカチを拾い、しっかりと握った。




 ふと気づくと絢花は自分の部屋にいた。ハンカチを手に、ベッドにうつぶせになっている。


「てんびん君!」


 思わずぬいぐるみの方へ振り返る。もとの位置に鎮座しているてんびんうさぎ。絢花は目を伏せた。


「夢見てたんだ」


 俯く絢花の耳に、キラキラと何かが囁く。それを聞いて絢花は心に勇気が宿るのを感じていた。


「ううん。夢じゃない。きっと大丈夫だよね。だっててんびん君が、運命がついてるもん!」

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てんびん座の魔法 ノザキ波 @nami_nozaki

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