魔法は夜の国へいざなう
何故だか分からないが、その手を取らないのはひどく不自然な気がした。手に持っていたハンカチをポケットにしまうと、絢花はそっとてんびんうさぎの手を取る。絢花の体は宙に浮いた。
「体が、浮いてる」
驚きはあったが恐怖はなかった。てんびんうさぎはハリのある声で言った。
「出かけよう。夜へ!」
絢花は侑吾と話すときのような高揚感を覚える。出かけたい。飛び出したい! そう思った時、すでに絢花の体は夜の空を飛行していた。
「すごい。ほんとに、飛んでる!」
「魔法使いだからね!」
得意げなてんびんうさぎに、絢花は問う。
「どうしててんびん君は魔法使いなの?」
てんびんうさぎはキラキラの瞳で答えた。
「君がそう願ったから!」
なんだか絢花は泣きたくなった。笑いたくもあった。絢花は言葉が出ず、ただ美しい夜景を眺める。そんな絢花の手をてんびんうさぎがグイと引いた。
「雲の上に行くよ! 夜の国へ!」
「夜の国?」
首をかしげる絢花。てんびんうさぎはかまわず続ける。
「手を離さないでね!」
風の音が絢花の耳をふさいだ。思わず目をつむる。その音がやむのとほぼ同時にてんびんうさぎの声がした。
「ここが夜の国だよ!」
絢花はそっと目を開ける。
「すごい。雲の上に町が……」
「ただ一つ!」
突然てんびんうさぎはぐいと絢花に顔を寄せた。
「朝までに雲を出ないと永遠に帰れなくなってしまう!」
ごくりと息をのむ。
「でも大丈夫! 朝までに帰ればいいんだ!」
「う、うん」
にっこりとてんびんうさぎは笑う。
「夜間散歩だよ! 楽しもう!」
跳ねるてんびんうさぎに絢花も笑みがこぼれた。パステルカラーの世界。道も、川も、森も。全てが淡く輝いている。なんて美しいんだろう。なんて素敵なんだろう。そんなことを考えながら絢花は歩いていた。ふと、ポケットからハンカチを取り出してみる。なぜ取り出したのかはわからない。ただこの美しすぎる風景の中に囚われてしまいそうで、少し怖かったのかもしれなかった。絢花にとってそのハンカチは現実そのものだったのだ。風を感じ、顔を上げる。木に実ったルビーのような果実が目に入った。その芳醇そうな見た目に気を取られ、絢花は何かにぶつかる。顔を上げて確認すると、それは人だった。よく知った人だった。
「浅賀、先輩……」
侑吾そっくりのその男は、真っ直ぐ絢花を見て告げた。
「はじめまして。かわいいお嬢さん。俺はユーゴ。よそ見はいけません、あなたのようにかわいい方はなおのこと。ああでも、もしよければお茶会にいらっしゃいませんか?」
にっこりとほほ笑むユーゴ。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「いたたた。引っ張らないでおくれよ!」
絢花はてんびんうさぎを少し離れた場所に連れていき、こそこそと聞いた。
「どうして浅賀先輩がいるの?」
てんびんうさぎはさも当然のように答える。
「ここは夜の国、誰かの夢が叶う場所。きっと彼は君の夢さ」
「わたしの、ゆめ……」
いつの間にか絢花たちの背後に移動していたユーゴが声をかけた。
「ご相談は終わりましたか?」
絢花は驚き、思わず手からハンカチを離してしまう。
「あ!」
絢花とてんびんうさぎが同時につぶやく。柔らかな風に乗り、ハンカチはルビー果実の木の幹に引っかかった。ユーゴが木に向かって走り出す。木の下にたどり着いたユーゴは勢いをそのまま、ジグザグに木を登っていった。あっという間にハンカチを取り、来た道を戻ってくる。絢花とてんびんうさぎはただ茫然と立ち尽くしていた。
「どうぞ」
にっこりとハンカチを差し出す。絢花は真っ赤になりながら受け取った。
「あ、ありがとうございます」
あまりにも鮮やかで、見事で、かっこよかった。ユーゴは戸惑う絢花の手を取り、歩きだす。
「さあこちらへ」
「あ……」
ふわふわと歩く絢花。淡い青色のバラが咲き乱れる庭園へといざなわれていく。
「きれい……」
「ようこそ。ブルーローズガーデンへ。すぐにお茶をご用意いたします」
そう言うと一瞬のうちにユーゴはどこかへと消えていった。
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