オカルト自販機ツクモン

一矢射的

いつも君たちを見ています

 茨城県を南北に縦断おうだんする常磐高速自動車道の一角、三郷みさとインターチェンジからおよそ八十キロの地点。そこにあるのが多野パーキングエリア(PA)です。


 初めてここを訪れたドライバーは、きっと面食らうに違いありません。

 「何にもねぇ」と。


 ここは田舎を通った常磐道の中でも群を抜いて施設の少ないPAであり、広々とした駐車場には僅か二むねしか建物が存在しません。一つは公共トイレ、そしてもう一つは自販機コーナーを有した平屋建ての休憩所です。


 コンビニの店舗を想わせる小ぶりな休憩所の中には、八台の自動販売機とデコラ張りの簡易テーブルが四つ置かれているだけなのです。まさに簡素そのもの。

 それでも他のPAまではまだだいぶ距離があるため、利用者の数はそれなりなのでした。


 これはそんなパーキングエリアで起きた小さな奇跡のお話なのです。






 物語の始まりはいつも夏。

 今日も家族連れを乗せた車が一台駐車場へ入ってきました。彼らは大洗の海水浴場を目指す途中、トイレ休憩の為ここへ立ち寄ったのでした。


 子ども達がトイレを済ませ休息も十分、いざ出発しようとお父さんが意気込んだその時です。休憩所の丸椅子に座ったお母さんが億劫おっくうそうに口を開いたではありませんか。



「ここって食堂とかないのかしら? 出発が早かったから何も口にしてないの。このままだと海までお腹がもちそうもないわ」

「そう言われてもなぁ……見ての通りあるのは自動販売機とトイレだけだ」

「待ってよ、パパ。あれカップ麺の自動販売機じゃない? 凄い! 珍しくない?」

「本当だ。いいな~。美咲も食べてみたーい」



 せっかくのお出かけだというのにわざわざ出先でカップ麺なんか食べなくても。

 パパは内心そう思いました。

 けれど子ども達とママはもう自販機に心を奪われて動こうとしません。



「ほら、早くアンタも選びなさいよ。これは東洋水産の自販機みたいね。そばにうどん、ラーメンと色々あるから。まだまだ海までたっぷりドライブするのよ。お腹をすかせたままじゃ事故を起こすわ」

「はいはい……まぁ、海の家で食べても大差たいさないか」



 和気あいあいと自販機の前に並び立つ家族。

 けれど彼等は、誰ひとり気付いていなかったのです。その自販機が、本当は自我を持ち「おもてなしの精神」を身につけた接客の達人であることを。


 ―― いらっしゃいませ。今日も暑いですね。これから家族で海水浴ですか? 実に素晴らしいなぁ。素敵な思い出を沢山つくって下さいね。僕も及ばずながら力を貸しますよ。そうは言ってもこの場を動けない僕に出来るのは商品を提供することぐらいですけど。


 自販機の挨拶あいさつは誰にも聞こえません。

 言ってしまえば、初めから発声機能など備わっていないのです。


 ゴトン、ゴトン。

 透明な取り出し口を開けて手にしたカップ麺は、スーパーで買う物とは少し違う雰囲気ふんいきがしました。子ども達は目をキラキラ輝かせながらカップのフタを開け、今度は給湯装置に商品をセットして赤いボタンを長押ししました。


 お湯がたっぷり注がれ、かぐわしい匂いが辺りに漂います。

 あとはカップ麺をテーブルまで運び、三分間待つだけです。

 その間も家族は「海についたら何をしよう、昨日は興奮して寝つけなかった」などと寸暇すんかを惜しんで歓談かんだんにはげむのでした。いつもはいそがしくて家族サービスがおざなりになりがちのお父さんも、今日ばかりは仕事を忘れて童心を取り戻すのでした。


 そんな光景を自販機は遠くから優しく見守っていました。

 食べ終わるまでの短いえんですが、そのあいだだけは自販機も家族の団欒だんらんに加われたような気がして微笑ましかったのです。



「よし。じゃあ腹ごしらえも終わったし、行こうか」

「海だー、アタシ虹色の貝を探すね」

「車の中で浮き輪ふくらませてもいい?」

「馬鹿ね、向こうに着いてからよ。忘れ物はないわね?」

「はーい」



 ―― やれやれ行ってしまったか。でも、あの家族の幸せに僕も貢献こうけんできたのだな。ひと夏の思い出として、僕も彼等の記憶に残り続けるのだろうな。



 そう思うと自販機は誇らしい気持ちで胸がいっぱいになるのでした。

 おっと、申し遅れました。

 彼の名前はツクモン。

 ちょっとした事情から心を手に入れた自動販売機なのです。


 事情と言っても彼の生い立ちにそこまで深い歴史はありません。

 さるオカルトアニメの脚本家が、多野PAを舞台とする話を書いたせいです。従業員がおらずムードたっぷり、怪奇現象のネタにしやすかったのでしょう。


 「妖怪自販機ツクモンあらわる」それが該当がいとう回のタイトルでした。


 ベテラン声優がコミカルにツクモンの声をあてたせいで、ファンからはすっかり神回扱い。更には悪ノリしたくだんの脚本家が、ツクモンのモデルとなった自販機の在処ありかをSNSでバラシてしまったのだから大ごとです。


 多野PAがファンの集う聖地と化すまで そう時間はかかりませんでした。


 集まったファンたちはモデルの自販機に「ツクモン」と声をかけ、何を勘違いしたのか足元にお賽銭さいせんまで置いていきました。

 皆から妖怪として扱われ……うやまわれた自販機は、とうとう本物の怪異に成り果てたというわけなのです。


 しかし、こうして誕生したツクモンはおだやかでつつましい性格をしていました。

 人間を襲うどころか普段はただの自販機をよそおい、前述の通り休憩所の利用者を陰から見守り続けたのです。


 いつしかアニメの放映が終わり皆に忘れ去られても、ツクモンはただヒッソリと同じ所に立っていました。


 ツクモンは自分の居場所と与えられた役割にすっかり満足していたのです。


 そして月日は流れ、彼が目覚めてからいつしか五年もの歳月が過ぎていました。

 自販機はもうすっかりポンコツ。あちこちにガタがきて、いつ故障してもおかしくない有様でした。



 それでも四季は容赦ようしゃなく移り変わり、その年も大晦日おおみそかはやってきます。

 せわしない年末、またも多野PAに一台の車が入ってきました。


 けれど今回の家族は随分と陰気な様子でした。


 夫婦と子どもの三人連れです。

 男の子がトイレに行っている間、お父さんとお母さんはツクモンのそばでボソボソとナイショ話しを始めたではありませんか。



「あの子はまだ気付いてないのかな?」

「言えるわけがないじゃない。家業の豆腐屋を畳んで一家離散なんて」

「仕方ないだろう。どんなに美味しかろうと所詮しょせんは豆腐。消費者の注目を集めるような時代じゃないんだから。これ以上の借金で首が回らなくなる前に転職するしかないんだ」

「だからってあんな怪しい会社……大丈夫なの?」

「もう他に道はない。止そう、せっかく最後の思い出作りに。有り金をはたいて正月旅行をするんだから、もっと楽しもうぜ。ほら、あの子が戻ってくるぞ」


「パパ~、お腹空いたよ~」

「そうか晩飯がまだだったな。うん、ちょうどカップ麺の自販機がある。何か食べよう。大晦日なんだから年越し蕎麦そばかな?」



 家族は「緑のたぬき」をご所望しょもうのようです。

 けれどツクモンは少し考えてからまったく別の商品を提供するのでした。


 ガタン。



「なんだこれは『赤いきつね』じゃないか。誤作動か? どこまでツイてないんだ」

「酷いなぁ、どのボタンを押してもそれしか出てこないよ」

「腹の足しになれば何でも良いじゃない」



 お父さんは年越し蕎麦そばが食べられず随分と落胆しているようでした。

 でも、その「赤いきつね」は自販機専用でとても貴重なもの。

 容器も通常のどんぶり型と違ってヌードル風の縦長スマートタイプです。

 小さいだけあって僅か三分で出来上がるのです。

 普通なら五分は待たせる所でした。

 

 決死の覚悟でツクモンが見守る中、家族は赤いきつねを食べ始めました。

 もしクレームの電話でも入ればツクモンは撤去てっきょされてしまうかもしれないのです。当然それなりのワケがあって誤作動を起こしたのです。




「うん、赤いきつねも美味しいじゃない。空っぽの胃袋におダシの汁がしみるわ」

「本当、うどんのツルツルした喉越のどごしがたまらない。いくらでも食べられるよ」



 お母さんと子どもが舌鼓したづつみを打つ中、お父さんは油揚げを一口食べるとはしを止めてしまいました。お母さんはいぶかしげに首を傾げました。



「どうしたの? そんなに蕎麦が食べたかった?」

「いや、そうじゃない。ただ神様は皮肉な真似をするなって」

「どういう意味?」

「油揚げだよ。知ってるだろ、これは豆腐を薄切りにして油で揚げたものなんだよ。もう見切りをつけた豆腐の奴がこんなにも美味しくなって……畜生うまい」

「マルちゃんはもう四十年も変わらぬ味で頑張っているんだっけ? 凄いわよね」

「豆腐は生揚げにもなれば、サラダの材料にだってなる。工夫次第で幾らでも美味しく出来る食材なんだ。誰よりもそのことは知っていたはずなのに! 俺ときたら!」

「あなた……」



 お父さんは勢いよく立ち上がると叫びました。



「残念旅行なんて中止だ。だれが豆腐屋を止めるものか。もっと美味しい新商品を開発して豆腐の素晴らしさを世に広めなくては!」

「素敵よ、あなた!」



 お父さんはまるで別人のように精悍せいかんな顔つきでツクモンの所へやってきました。



「よくぞ誤作動を起こしてくれた。お陰で目が覚めたよ。俺は、俺たちは負けない。必ずや来年の大晦日もここへ来て赤いきつねを食べるからな! 約束だ!」


 ―― ええ、約束ですよ。お豆腐屋さん。どっちが長く続けられるか競争です。


 ツクモンの返事は届かないけれど、豆腐屋一家は満ち足りた表情でPAを後にするのでした。


 そして一年が瞬く間に過ぎ ――。


 豆腐屋一家は約束通り多野PAへと戻ってきました。

 何でも新商品がSNSで人気沸騰ふっとう、予約が殺到さっとうしたというのです。

 それがツクモンの加護であるかは、本人にもよく判らなかったのですけれど。

 お豆腐屋さんはすっかりそう思い込んで、感謝のしるしをツクモンの足下へ置いていくのでした。


 次にそのPAを訪れた客は不思議な光景を目にする事となるのです。

 自販機の足下に置かれた「豆腐せんべい」の十枚入りセット。


 その意味を知っているのは一台たたずむ自動販売機だけでした。


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