年の瀬に きつねとたぬき 並び替え
羽地6号
【あかいきつね】と【みどりのたぬき】
ここは
「あー………やっと着いたあ」
夕暮れ時に近い長野の地。
雪に覆われた道路を歩き終えて私は、数年ぶりに見た実家を前に白い息を吐いて力無く呟いた。
年末、関東から新幹線で実家の長野まで帰郷した次第であるのだが……激しく、かつ水気の多い雪が降る中、駅から荷物を抱えて歩いたきたのですっかり体は冷え切って疲労困憊だ。そこに空腹も追加されて、今私の身は、完全にやつれているだろう。
長野に近づくほど、窓から見える景色に白い雪が増えていった事から、道がどれだけ濡れて歩き辛いという事の覚悟はしていた。
が、ここまでとは思っていなかった。
家と道路を分ける 【
玄関で上着に付いた雨に近い雪を払い落とし「ただいま」と、声をかけると、奥で作業していた母の『おかえり』の声が返ってきた。
軽く顔を合わせて母は、すぐまた奥まで戻っていく。
予め聞いていたのだが、今年は近所の神社で振る舞い酒や古札のお焚き上げをやる事になったらしい。ただでさえ例年年末は忙しいのに、その手伝いでバタバタしているそうだ。忙しない母は、私に食卓の準備をするように頼んだので、空いた腹を満たすためにも、実家に帰って早々荷物を部屋に放り投げて、お手伝いをすることになった。
「そういえば今年は、帰省するの 【
卓の上を片付けながら、母に姉と……私にとっては甥っ子に当たる彼女の息子二人も帰省する事を確かめた。
『そう。もうしばらく……9時前くらいには車で来るみたい。それで悪いけど、あの子たちの分も、食ベるもの準備しといてくれる? あ、年越し蕎麦の用意もしといてー』
「了解ー」と、私は応えて姉たちの分の食器や箸を用意して並べる。
『そういえば今年は、年明けてからお餅つきやるみたいだけど、行く?』
「あー私はやめとく。前にやらせてもらった時の 【
奥から母がこっちに来て、年明けの餅つきに行くかどうかを私に尋ねたが、それは遠慮した。数年前、餅つきに挑戦させてもらった時に私は、杵を振ろうとして…バランスを崩し、危うく回りの人にぶつけそうになったのだ。
「けど、姉貴の子供たちは、行きたがるかもね」
『そうそう、子供たちで思い出した。食べる前にそこにある土器、何処かにしまっといて。子供が触らないように』
年が明けてから、件の神社で飾るために並べられていた、古代の土器の杯を指して母が言った。
何故かと聞くと、以前に資料で 【
―――――――そんなこんなの作業の後で、一通り食卓の用意を終わらせた。空腹も限界に近いし先に食事を頂こうとするが、その前に確認せねばならない事がある。
「ねえ、これ、何のお酒? 飲んでもいいやつ?」
そういいながら私は、玄関にあった紫色の布にくるまれた酒瓶を持って母に見せに行く。
先ほどから気になっていたのだが、布でくるまれた高そうなオーラを放つ一升瓶が、床に置かれていたのだ。
『駄目! それは振舞い酒のために送られた御神酒だから。ほら、布に書いてあるでしょ』
言われて私は、 【
確かに近所の神社の名前と、『贈答』の文字が丁寧に刺繍されていた。
特別感が出ていて大層に美味しそうだったので、飲みたかったが……仕方ない。お酒を頂くのは年が明けてからにしよう。
(そうだ、あれがあった。うん、あれがあった…よな)
食べ物を前に、いざ食べようと手にした箸を置いて私は、冷蔵庫に向かった。卓上の、一人分づつ皿に盛られた刺身を見て、いい物があった事を思い出したのだ。
私は、冷蔵庫からとり出した"ぬた"を刺身にかけた。
葉ニンニクを擦って作られた 【
一般には、ぬたとは酢味噌の和え物の事であるが今私が刺身にかけたものは、高知でそう呼ばれている葉ニンニクを材料にして作られる調味料だ。先日出張で高知に入った際に、お土産として送っていたのだ。
味も良いが、ニンニクの成分が帰省に疲れた体の疲労回復にもちょうどいい。
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一通り、食べて空腹も落ち着いた。姉たちが帰って来る前であるが、年越し蕎麦を頂くとしよう。
その年越し蕎麦であるが今、食卓に置いてあるのは……インスタントのカップ麺である。
先にお湯は入れてあるので、そろそろ3分経つ頃だ。私は、付属の天ぷらがふやけている方が好きなので、先に割って入れてある。
ここは信州で、長野市で、善光寺さんのお膝元で……日本有数の蕎麦処である。
だというのに、何故カップ麺になるのか、いささか色気に欠けるのではないかと思うが、これから来る甥っ子たちのうち弟の方が、ごく軽度ではあるが蕎麦アレルギー持ちなのだ。
一人一人に茹でるための鍋を用意する暇もない。けれどやはり年末だから年越しの蕎麦は食べておきたい。
うどん屋とそば屋からそれぞれ出前をとっても良いが……蕎麦処の長野だからこそ、年末は何処の店も、もの凄くてんやわんやしている。そんな所に注文するのも、配慮に欠けるだろう。
―――――――といった次第で、今年は各々の分をカップ麺で用意しておくという形式にした結果である。
食卓にあったのは、冷蔵庫に入っていたものを取り出し並べたものばかりだ。
そんな中で温かい蕎麦の存在は、ひと際有難い。
湯気を立たせるように蕎麦を持ちあげて口に運び、天ぷらの欠片と一緒に啜り上げると―――――冷たい道を雨混じりの雪が降る中歩いてきた身がじんわり温かくなって来て、即席で食べられるカップ麺の恩恵を感じ入る。
今年は少しゆっくりできそうだから、お店の蕎麦を食べるのは年が明けてしばらくしてからでいいだろう。
今は、これがいい。そう思いながら私は、カップ麺を一気呵成に食べ進めた。
「あ………いけない、間違えてた」
蕎麦を食べ終わり、腹が満たされた所で、食卓の配膳のミスに気が付いた。
良く見ると、甥っ子たち用の小さな箸の……より小さな弟用、その近くに置いてあったのはカップ蕎麦の方だ。
甥っ子のうち、兄の分の蕎麦と、アレルギーの弟のために用意したうどんを、置き違えていた。
うっかりしていたと反省し、私は――――――――
――――――――【あかいきつね】と【みどりのたぬき】を、並べ替えた
年の瀬に きつねとたぬき 並び替え 羽地6号 @haneti-kaku
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