最終話 色は青く見えた

 ラナさんは車庫まで連れてきて、真っ白なシャッターをあけた。そして、ひとり、真っ暗な車庫のなかへ入っていった。こっちは外で待つ。外灯はあるとはえい、だいぶ、暗くなっていた。

 見ると、壁のなかの町で、電気がついている家は、ラナさんの家、ひとつだけだった。他は明りがついていない。

 ぼんやりとそれを眺めてまっていると、ラナさんが車庫の闇の奥から戻って来る。

「これ」

 ラナさんが自転車を持って来た。どこにでもありそうな、まえにカゴがついた大人用の自転車だった。

「ウチでつかってない自転車、キミがつかっていいって」

「でも、いいのかい」

「まあ、キミの自転車を吹き飛ばしたのはウチの手榴弾だからね、こういうおとしまえになるよね」

「そういえば、そんなこともあったな」

 自転車を見ながらそういった。十分とはいえない明りの下で受け取った自転車は、まだまだじゅうぶん使えそうだった。雨に日でも、走れそうだった。

「ラナさん」

 呼びかけると「なに、サカナくん」と答えた。

「あした、来るんだよね」

 ふたたび、そう問いかける。すると、その問いかけにかぶり気味に「あああ、そうだそうだ」と、ラナさんが明るくいった。そして、まるい両目を、こっちの両目に合わせて来た。

 新種の生物でも発見したかのような様子に、いったい、なにごとかと見返す。いっぽうで、最後まで、ラナさんはこんな感じかと思って、少し安心した。

「ほら、昼に行った喫茶店、おぼえてる」

「もちろん、おぼえてる」

「時計、おぼえてる」

「時計」

 なんのことだろう。ぴん、とはこなかった。時計、時計。なんだったけか。

 すると、ラナさんがたのしそうな表情で「店のなかにあった時計」そういった。

 それでも、わからず「店のなかにあった時計」そのままを復唱した。

「ハト時計よ」

「ハト時計」

「ハトが出てこなかった時計」

「あ」

 そこまで言われてようやく思い出した。そういえば、時間を知らせるため扉が開いたのに、ハトが出てこない時計が、あの店にはかざられていた。たしか、ハトはいないのに、ハトの鳴き声だけがしていた。

「それがどうしたの」

「あのね、いま、ウチの倉庫でハト時計のハトだけ見つけた」

 ポケットから取り出したそれを、手に乗せてみせてくる。そこには、ちいさなハトの人形があった。外灯の下のせいか、ハトの色は青く見えた。

「なぜかね、ウチの倉庫にハト時計のハトの部分だけあった」

「いや、まさに、なぜなの。なぜ、ハト時計のハト部分だけ」

「それがなぜかはやっぱりわからない。不明さ、でも、ハトはここにあった」

「そうだね」

 うなずいて、あらためてハトを見る。よく見ると、どこか異国の血が入っている感じのハトだった。

「これ、あそこの店の時計のなかに入れようよ、あたらしい住人として。そうすれば透明な、鳥が鳴いているようにみえなくなる。鳥はいるだよ、ってなるよ」

「勝手に住まわせるのかい」

「うん、不意打ちしようぜ」

 屈託なく、たくらむラナさんは、いま、世界の誰よりもたのしそうだった。きっと、こころの屈折率が特別なんだろう。 

 たくらみに乗る。そう決めて「なら、作戦がいるね」と言って返す。

「そう、作戦がいる」ラナさんも同意した。「あしたさ、作戦会議をしようよ」

「うん、しよう。あした」

 顏をみてうなずく。ラナさんは、まだたのしそうな顏をしていて、それがなによりだった。だから、帰るなら、いましかないと思えたし、けど、いま、いちなん帰りたくなかった。もうすこし、ここで話していたい。でも、ずいぶん夜も来ているし、家にも帰らないといけない。

 扶養家族だ。しかたあるまい。

 気持ちをそこにおいて、意を決していった。「かえるね」

「うん、気を付けてね。暗いよ。自転車、ライトつけて走るんだよ」

「手厚い心配でありがたいよ」

 それから、ちょっと無言の間があった。なにを言っていいのか、わからなくなって「じゃあ、かえるね」と、けっきょく、さっきと同じようなことしか言えなかった。

「うん」

「あした、作戦会議を」

「うん、あした、作戦会議だ」

「ハトを仕込むんだ」

「そう、ハトを仕込む」ラナさんはうなずいてみせた後で「なんとまあ、ヘンな約束だね」そういって、また笑った。「銀河イチおかしな約束がここに誕生した感じがある、まったく、でかしたもんだよ、わたしたち」

 そう言われ、はは、と声に出して笑ってしまった。笑いもおさまってから、なんとなく一礼して、自転車を押して歩き出した。

 少しずつ、ラナさんから離れ始める。振り返ると、なぜか右手の親指をたててみせた。かなり、ダサい。でも、それを平気でやってのけている。だから、こっちも親指をたててみせた。同じダサさで世界を中和する。

 今度は、ラナさんが、はは、っと笑った。「ちょーダサい」と、言って来た。

 きっと、お互い、ずいぶん奇抜な心境になっている。いまなら、魔法でも使えそうな気がした。スマホを取り出して、日付けを確認すると、四月三十二日表示されていて、少し安心した。きっと、これはこの町じゃないと、起こらないことだったし。できるなら、町と握手したくなってきた。

「ラナさーん」

 遠ざかりながら声をかけた。たぶん、声はまだまだきこえてるし、向こうから姿もみえる。

「なんだーい、サカナくん」

「この町さー、夏には夏祭りがあるんだ、いや。今日やった、あんなおかしなのじゃなく、正式な祭りが!」

「おお、そうなのかーい!」

 彼女は花が咲くような笑顔を見せた。

「まっとうな縁日、店とか出てるやつ! お祭りっていっても小さいけど、でも! あるから、ちゃんとした祭り!」

「おおー、そー、なんだねー!」

「あ、あっ、あと! ウチのがっこー! ふつーだよぉおおお!」

「そぉぉぉなのぉぉ!?」

 だんだん遠ざかる。ラナさんの姿は小さくなって、声もどんどん大きくなった。

「ようこそ、この町へ!」

 壁のなかの小さな町でそう叫んだ。壁はゾンビから命を守ためにあるらしいけど、その壁も壊れてしまった。

 でも、今日はゾンビはこなかった。それだけでも、といあえず、上々としよう。

 そう決めて、まだ彼女が見える距離だったし、呼びたくなってまた、全力で彼女の名前を呼んだ。



                                   了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

4月32日 サカモト @gen-kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説