第39話 今日だけこれる場所で

 ラナさんは親に家のなかへ連れて行かれた。連れて行かれたといって、腕力ではなく、確保された脱走犬みたいな感じだった。ラナさんは「すまん、サカナくんは帰ってていいから」と言われた。しばらく、その場に立っていたけど、こっそり窓から家のなかを覗いてみると、かなりわかりやすく、母親に、がみがみ、と怒られていた。「キミはね、どうしていつも破天荒を」とか「人生びっくり箱製造機か」とか、やや奇抜な文言は入っていたものの、総合的には牧歌的なお叱りだったので、安全と判断し、まずはその場を離れた。それから、その間、こっちは敷地内のベンチに座って待っていた。そうしているうちに、すっかり暗くなって、あるタイミングで、ふと、頭上の外灯に明りが入った。

 やがて、ラナさんがやってきた。はじめ、大きなまるい目だけが見えて、闇から息を吐かれるように、ふわりと外灯のひかりの下に現れる。

 無表情のままだった。

「いやはや、怒られたの、なんのって」

 とりあえず、飄々としてみせた。外見はそう装っていたけど、エネルギーはかなり削られていそうだった。

「でも、終わったさ」

 腕を組み、ひとり、うんうんとうなずきながらそう告げてきた。

 少し考えた後「終わったのかい」と聞いた。

「うん、二度とこんなことのないように、と、キツく、アツく言われたもの」

 それを聞いてから、壊れた壁の方を見た。爆発で吹き飛んだ壁からは、もはや、ゾンビだろうが、野良猫の大群だろうが、ここに入りたい放題だった。

 いずれにしても大事だよな、と思いつつ「そのくらいの感じで出るんだ、お許し」そう、感想を述べた。

「よくも悪くも、それがウチの親だよ」ラナさんは腕組みをとき、今度は、その両手を腰に当てた。「だから、愛しちゃうよね、そんな親を」

 はじらいはまったくなく、外灯の下で堂々という。

 そうか、そういう世界観もあるのか。そんな印象をおぼえた。

「学校、来るの」

 このタイミングがふさわしいか不明だったけど、ここに座っている間、ずっと聞こうとしていたことを聞いた。

「うん、行くよ、明日からね。サカナくんと同じ学校」

 けろりとそう答えた。反応のやり方がわからなかったので、ひとまず「ようこそ」と、一礼した。

「よろしく」

「あの、もしかして」

「なんだい」

「上級生だったりしないかな」

「あー、それはー」ラナさんは、その発想はなかったらしい。けど、次には微笑んで「明日のお楽しみだね」といった。

「いるよね、キミ。あした」

「祈りみたいにいうんだ」そういってラナさんは鼻をすすった。「いてほしいんだね」

 夜になって、少し寒くなって来ていた。それに、そろそろ、家に戻る時間だった。それに、このまま、ずっとここにいると、よけいなことをいうキケンがある。だから、えいやあ、と気合を入れて、気持ちをこの壁のなかの町から切り離すことにした。もちろん、かんたんにはできなかった。

 今日は、四月三十日。この町では、たまに日付けが狂う。そういう日は、なぜか、いつもヘンなことが起こる。でも、次の日になると、日付けが元通りになって、ヘンなことも起こらない。

 今日、出会ったラナさんのそばを離れ、この壁のなかの町を出て、家に帰って、そして、明日になっても、この町は、まだあるんだろうか。ラナさんにはまた会えんだろうか。すごく不安だった。ここは、今日だけこれる場所で、明日には消えてなくなってしまうんじゃないか。

 なんせ、記録の殺し屋だったし、町の人たちに謎の熱量を発揮させたあの奇祭があった日だった。よくわからないルールのサバゲーもやったし、そういえば、交通事故の現場にも遭遇した。壁の上でゾンビが攻めてこないか見張っている、ラナさんにも会った。

 いっきに起こったことだし、いっきになくなってしまいそうな気がした。今日があまりにもスペシャル過ぎる。

「あ、そうだ、サカナくん」

 呼ばれて、我に返る。

 それから「あんね、父さんがね」といった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る