二日月 🌙

上月くるを

二日月 🌙



 ――すべての因はそれがしにござる。


 この一言を得るための一生であった……。


      *


 牢人あがりの亭主が曳く屋台の隅に、銚釐ちろりを傾けるひとりの武士の姿がある。

 灯りを惜しむ貧乏長屋のうへに、刃物のような二日月が鋭い光を研いでゐる。

 軒端を忍んで猫が歩き、武家屋敷の彼方から犬の遠吠えが聞こえてゐる……。


      *


 その翌朝、長屋のはずれ、厠に近い一室に、切腹した男の遺骸が転がってゐた。

 無用に苦しまずに済んだきれいな介錯は、どうやら二日月の仕事であるらしい。

 俯せた顔に安らかな笑みが広がってゐることを、いまのところ、たれも知らぬ。

 

 

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