第30話


 何で、どうして、鷲見ちゃんが?


 いやそんなことより、今の状況を見られると物凄くまずい。いや、裸で眠っている水城さんを見せられない以外はまずい理由はないが、なんとなく物凄くまずい気がする。


 部屋の外で話をする選択肢もあったけれど、もし中に入りたいと言われて断るのは難しいので、そろり、そろり、と玄関先を離れる。そして俺は、ベッドで寝ている水城さんを揺すった。


「んー……」


「起きて」


「無理、眠い」


「申し訳ないけど、起きて」


「んぅ。じゃあ、ちゅー」


 目を閉じたまま腕を広げる水城さんに、焦りが増す。


「いやまじ、今はそんな場合じゃ」


「じゃあ起きねー」


 水城さんは、ぷい、と壁をむいて横向きに寝た。


「わかった、するから」


「うん!」


 バッとこっちを向いた水城さんにキスをする。


「ほら、起きてよ」


「んー、足りなーい。深くしてくれなきゃやぁー」


 三度目のピンポンが鳴る。


「んん? 新聞? 断ってこいよぉ、んで、またしようよぉ。あ、シながら出たいの……か? う、うん、わ、悪くないっていうか……」


「違う、鷲見ちゃんが今きてる」


「……………………はあ!?」


 ベッドから飛び起きて、床に散らばった衣類を身に付け始める水城さん。


 俺はそんな姿を見ながら、玄関まで行く。


「ちょ、私隠れんわ!!」


 いや別に隠れなくとも、やましいことがあるみたいじゃないか。と言おうとしたが今は玄関前。鷲見ちゃんに聞かれる恐れがあって、声が出せない。


 水城さんが、ひしゃげたカエルみたいにうつぶせになって、手だけで布団を被るのを見ると、俺は覚悟を決めて扉を開いた。


「おはようございます」


「おはよう! 湊ちゃん!」


 キラッキラの笑顔の鷲見ちゃん。服装はメイド服。銀髪碧眼の超美少女のメイド姿に、男として色々思うことがあるはずなんだけれど、嫌な予感がしてそれどころじゃない。


「今日はどうしたの?」


「うん! 前借りたパーカーを返してデートに誘おうと思ったんだけど……気が変わった!」


「気が変わったって?」


「まっ、部屋入れてよ。部屋」


 許可を出す前に、鷲見ちゃんはひょいと脇を抜けて入っていった。


 もしかして、水城さんがいること、気づかれてる?


「わークッション買ったんだ! あれぇ? このクッションのセンス、女の子みたいだなぁ? しかもセンス低めの!」


 鷲見ちゃんがそう言うと、布団がぴくっと動いた。


 いやこれ、完全に気づかれてるな。


「あーその、鷲見ちゃん?」


「な〜に〜?」


 笑顔が真っ黒で怖い。いやまぁ、そりゃそうだよな。『そういうことだから』って、俺は人間関係を築くつもりはない、と言ったにも拘らず、すぐ女を連れ込んでいるのだ。何だこいつ、と怒られても仕方がない。


「あの、その、ごめん」


「ん〜? 何に謝ってるかわかんないなぁ?」


 それより、と鷲見ちゃんは続けた。


「節操のない湊ちゃんは、誰のものか、しっかりと教えてあげる必要があるね」


 ぴくっ、とまた布団が動く。


 もう出てきなよ、水城さん。バレてるって。


 なんて、心配していたら、鷲見ちゃんに手首を取られた。軽く捻られると勝手に体が傾いて、気がつけばうつ伏せにねっ転がされていた。


 そして聞き覚えのある、きちち、という音、両手首を固められる感触。


「鷲見ちゃん!?」


「ご主人様、小さな女の子に、自由を奪われた気分はいかがでしょうか?」


「鷲見ちゃん!?」


「威勢がよろしいですね、ご主人様。こちらの威勢はいかがでしょうか?」


 ころんと転がされ、仰向けになる。そして、股関節のあたりを、小さな足でそっと撫であげられる。


 妙な感覚にぞわりとして、声が上ずる。


「てめえ! 何してんだ!」


 布団がばんと跳ねて、中から水城さんが出てきた。やっぱり鷲見ちゃんは気づいていたようで、眉一つ動かさなかった。


「何? 何って、水城京香の方こそ、湊ちゃんの家で何してたの?」


「は、え、何、ってそりゃ、何って、あ、その、それは」


 鷲見ちゃんに、じとっとした目を向けられる。何があったのかもバレてしまった。


「ふ〜ん。そっかぁ、綺麗な顔して淫乱なんだね、水城京香」


「い、淫乱とか言うな!」


「何その口調。普段と全然違う」


「私はこっちの方が素なんだよ!」


 鷲見ちゃんは、ぴくっ、と眉を動かした。


「またそんなカワイイ属性を隠し持って……もうあかん。カッチンきたけん」


「な、なんだよ?」


「もうここでハッキリとさせよう。湊ちゃん?」


 鷲見ちゃんに、仰向けになったお腹に乗られてしまう。


「どっちの方が可愛い?」


「え、えと、客観的にはわからないけど、自分的には水、むぐぅ!?」


 突如、舌を突っ込まれる。にゅるにゅるとした感触が滑り込んできて、奥に引っ込んでいた舌を無理やりに引き出される。逃げれば苛めると言うように、甘く歯をあてらて、舌先をちろちろと舐められる。抵抗の意思を消し、より強い快感を誘惑するようなキスに、頭がぼーっとしていく。そして無意識に舌を突き出した時、すっと離れた。


「ねえ湊ちゃん? どっちが可愛い?」


 鷲見ちゃんの小悪魔な笑みに、目を奪われた。

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シても恋人になれない場合はどうすればいいですか? ひつじ @kitatu

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