第2話 魔王女様、支配者となるために(執事が)奮闘す

 妾は魔王である。

 創世神に匹敵すると謳われたこの肉体に備わりし英知、そして万物を創り生命を与えることすら可能とするエナジー。それを以てして、かつての住まいとしていた世界を長らく統治し、眷属たちの暮らしを支えてきた。

 妾に成せぬことなどなかった。魔王は全知万能たる存在なのじゃ。


 ──存在であったはず、なのじゃ。


 この国……いや、この世界では、どういうわけか妾は無力な女子おなごでしかなかった。

 というのも、どうもこの世界には、エナジーの概念が存在していないらしい。妾が魔王としての力を行使できぬのも、それが原因であるようじゃ。



 エナジーとは何か? ……そうじゃな、この世界の住人らにも理解しやすい言葉で説明するならば『魔力』というものが最も近い概念であるかもしれぬ。

 妾が生まれ育ったかつての世界には『エナジー』と呼ばれるエネルギーが存在しておる。生き物ならば程度に差はあれど誰もが当たり前のように備えており、ごく一部の物質にも含まれていることがあるエネルギーじゃな。

 知性ある生き物は己の身に宿るエナジーを利用して、様々なものを創り出し、利用する。より多くのエナジーを費やせば、それだけ巨大かつ複雑なものを創り出すことも可能となる。

 妾たちの世界は、創世神が己がエナジーを用いて創り出した作品である……とも言い伝えられておるな。本当のところはどうなのかは分からぬが。

 妾も、流石に創世神のように世界を丸ごとひとつ無から創り出すことはできぬが、疑似的に空間を拡張したり大陸を増やしたり、その程度のことならば難なくこなせるくらいのエナジーを有しておったのじゃ。



 ……それが、この国に来てからというもの、小さな火種ひとつすら満足に熾せぬ始末。

 妾がこれまでに脆弱で不完全な出来損ないの生き物と見下してきた人間共と変わらぬ──いや、身丈が小さな分、より劣っているかもしれぬ、その程度の存在へと成り下がってしまっていた。

 セフィラが言うには、エナジーが利用できぬだけで、生来の肉体が持つ能力は何ら変わらぬというが……

 妾は魔王なのだから殺されても死なないのではないかと? そのような馬鹿なことを申すでない。

 妾自身はごく普通の血肉で作られた体を持つひとつの生き物にすぎぬ。莫大なエナジーを費やして肉体を防御していたからこそ業火にも耐えられたし刃物を通さぬ硬さを誇っていただけなのじゃ。エナジーがなければ脆きガラスの破片ですら普通に傷が付くわ。

 今後は、行動する際にはつまらぬ怪我などせぬよう細心の注意を払わねばならぬ。妾の身に何かがあろうものなら、眷属たちを悲しませてしまうからな……



 ──と、こんな感じで無力で脆弱になってしまった己を嘆いておる妾であるが、そんな妾が何故この国を手中に収めることができたのか、疑問に思う者もおることであろう。

 妾がこの国の新たなる支配者として名を世に知らしめることができたのは、セフィラの尽力の賜物じゃな。

 ……ほれ、今もそこでこの国が擁する軍隊とやらと一戦交えておるぞ。

 交えておる、とはいっても、激突した瞬間に勝敗は決してしまったようじゃがの。


「──何度来ようが無駄ですよ。私は屍人しびと……既に死んだ身ですから。たとえ全身が挽き肉にされようと、元に戻りますのでね」


 ああ、貴方たちにはゾンビやアンデッドと説明した方が理解できますかね、と言いながら敵兵らを見据えている純白の執事──あの青年がセフィラじゃ。

 妾が最高の素材を惜しみなく使い、莫大なエナジーを費やして創り出した自慢の死体人形ネクロドール。数あるうちの一体で最高傑作とも呼べる作品じゃな。どうじゃ、宝石のように澄んだ蒼い瞳に絹糸の如し白き髪、陶器のような肌……死体だとはにわかには思えぬほどに美しいじゃろう?

 もっとも、あれは妾が創ろうと狙って生み出した存在ではない。少しばかり想定外のことが起きた結果ああなったというか……容姿は妾の設計通りに作ったのじゃが、中身の方が少々、な。

「国を守る自衛隊の矜持を持つ貴方たちとて、流石に殺せぬ存在を相手に争い続けていられるほど先が見えない愚か者ではないでしょう。いくら人の血肉を糧にできる私とて、無益な殺生はできるだけ行いたくないのです。……そもそも貴方たちは泥臭そうですし、美味しくないでしょうからね」

「人食いとか……化け物め……!」

「屈するな! こいつを外に逃がしたら、女性や子供たちが襲われるかもしれないんだぞ!」

 セフィラの話じゃと、自衛隊とやらがこの国最強の軍人らの集団らしい。じゃがセフィラにかかれば、所詮人間の域を出ぬ存在なぞ吹けば飛ぶ木っ端同然じゃな。

 あの手に持つ奇妙な形をした『銃』とか言う杖のような武器はなかなか有用そうな道具じゃが。しかし、使い手があれではのう……

「……昨今のゾンビパンデミック系作品の影響なのでしょうかね、男よりも女子供の方が美味い、みたいなイメージが世間では定着してるようですけれど。生憎、血肉の味は性別で差なんてありませんよ。……どうせ食すのでしたら、女性よりかは若い男性を選びたいですね」

 余談じゃが、大人よりも子供の方が肉体が未成熟な分柔らかくて食べやすいが、幼すぎると逆に肉が小便臭くなって美味くなくなるらしい。妾には食人の嗜好はないからよく分からんが、色々と奥が深い世界なんじゃな、食人の文化というのは。

 当然、人間に食人の文化など理解できるはずもなかろうな。軍人らはセフィラの発言に顔を引き攣らせておるわ。

「……お、男の方が……って……」

 ……いや、違う意味で慄いてるようじゃな。

「誤解しないで頂きたい」

 セフィラが端整な顔をむっと歪めている。

「私は決して同性愛の趣味なんてありませんし、ましてやそういう薄い本になんて手を出したこともありませんし、いや確かにその道の神とか界隈で崇められてたらしい友人に半ば無理矢理有名少年漫画のBL本押し付けられて読まされて感想まで言わされましたけど読むなら普通の男女の健全なカップルの話が好きだしそもそも働いて家事にまで自分の時間取られてる主婦に趣味に充てられる時間なんか捻出できると思うか働く主婦なめるなよ家事全然手伝わないで休日にオンゲーばっかりしてる亭主共め!」

「…………な、何かすみません……?」

「……失礼致しました」

 ゴホン、と咳払いをひとつ。早口で何やら呪文のように意味不明な言葉を捲し立てたかと思うと急に静かになったセフィラは、彼の剣幕に呆気に取られている軍人らに、静かに告げる。

「信じられないでしょうが、私はかつてこの国で暮らしていました。まさかこうして再びこの国の土を踏む時が来るとは想像していませんでしたが……だからこそ貴方たちの立場も主張も一応理解はできますし、そちらが本気で真摯な対話を望むのであれば、こちらもそれに応じる用意はあります。かといってそれが今のこの国の在り方を容認することにはなりませんがね。……今引き返すならば、この場ではこれ以上は追いません。まだ向かい来るなら遠慮なく駆逐します。どうなさいますか?」




 軍人らが撤退し、再び静けさを取り戻したこの建物の一角にある部屋のひとつ。

 そこに妾を連れて戻ったセフィラは、妾を椅子に座らせながら悩まし気にかぶりを振っていた。

「……あぁ、せめて女の体で生まれ直したかった……何故男に創ってしまったのですか、我が主」

「妾に文句を言われてものう」

 妾は肩を竦めた。

「妾が創っておった死体人形ネクロドールに勝手に入り込んだのは御主じゃろう。別に良いではないか、折角の器量良しだというのに」

「意識が飛んで目覚めたら股間に言い表せない違和感があった時の私の気持ちを少しは理解して下さいよ!」

男子おのこなんじゃからイチモツのひとつくらい生えとって当たり前じゃろうが」

「ダイレクトに言わないで下さい! 聞いてるこっちが恥ずかしいじゃないですか!」

 白い顔が真っ赤になっておる。血の通いがあるわけでもないというのに、不思議なもんじゃの。

 こうして見ていると、素のセフィラはまるきり普通の女子おなごじゃな。生前の記憶を所有したまま生まれ直すというのは、便利なこともあるが難儀なこともあるもんなんじゃな。難しいものじゃ。



 ……先のセフィラの言葉から薄々察しておるとは思うが、彼の魂──死体の魂、と呼ぶのも言い得て妙なものじゃが──は、元々はこの国で生まれ育った人間のものであった。

 この国の女子おなごとして生まれ、育ち、一人の男子おのこと結婚し家庭を築いた普通の主婦だったそうじゃ。

 生きていくための金を得るために昼間は働き、夜は家で遅くまで家事仕事に明け暮れ……そういう暮らしを長いこと続けていたらしい。

 それが、ある日唐突に人生を終えた。何でも、根を詰めて働きすぎたことがたたって命ごと体を壊してしまったそうな。この国では、そういう死に方のことを過労死と呼ぶそうじゃが……死に至るまで働き続けなければ生きられぬ世界とか、どれだけ問題だらけなんじゃろうな。妾たちの世界じゃそのような暮らしをしておる存在なぞ奴隷くらいのものじゃぞ。

 と、そういういきさつで、この世界で生を終えたセフィラの魂は次元の壁を越えて妾たちの住まう世界へとやって来た。

 そして、訪れた先に偶然死体人形ネクロドールという丁度良い魂の入れ物があったものだから、それに宿る形で入り込んでしまいおった……結果として、自立した意思と高い知能を持つ死体人形ネクロドールとして蘇りを果たした、というわけじゃな。肉体自体は生きてはおらぬから『蘇った』と言うのも変な話なんじゃろうが、これもある意味ひとつの『転生』の形なのじゃろうな。

 セフィラが持つ生前の知識──この日本という名の国に関する知識やこの世界の知識は、これからこの国の統治者となる妾にとって大きな力となる。何より、エナジーが消えたとしても生来(?)持つ彼の肉体能力の高さは、失われし妾の魔王としての力を補う要の武器となる。

 妾がこの世界で統治者として成功し、長らく生きていくためには、セフィラの存在は必要不可欠なのじゃ。そのためにも、彼には今後も妾の片腕として仕えてもらわねばならぬ……たまには労を労い、大事にしてやらねばの。

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魔王女様、異世界(日本)征服す 高柳神羅 @blood5

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