隣国のお姫様になる私は、婚約破棄の代償を手紙で叩きつける。愚かな王にも分かるように必要なとこだけ書きましたよ:輪

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 私は隣国の人間になる。


 もうじき、隣国の王子様が迎えに来てくれるだろう。


 この国の傲慢な、偽物の王子なんかではない。


 本物の、王子様が。






 私はさすらいの踊り子だ。


 町から町へ、村から村へ渡り歩きながら、踊りを披露してお金を稼いでいた。


 安定した収入は得られないけれど、色々な場所にいける自由な生活を気に入っていたのだ。


 しかしある日、この「赤の国」にやって来た時に、とある王子に目をつけられてしまったのが、運の尽きだった。


 なぜなら、その王子は、傲慢王子だったから。


 私を無理やりお城へつれていって、そしてこちらの言葉も聞かずに、そこに閉じ込めた。


 そのままこちらの意見を封殺していれば、こちらの行動をはばんでいれば、絶対に自分の思い描いている通りになると言わんばかりの態度で。


 今は拒んでいても、じきに豊かな生活に満足するに違いない。


 彼はそう思っていたのだろう。


 それからの私は、たまにその傲慢王子がやってきた時に、その相手をさせられるだけの生活をおくることになった。


 着る物にも食べる物にも、寝る場所にも困らない。


 身の回りには高級品や質のよい物ばかり。


 けれど。


 とても窮屈で、ひどく苦しい生活だった。


 私は自分の生き方をまげたくない。


 自由な生活に戻りたかった。


 傲慢王子が私を妻にしたい、なんて言い出した時は死すらも考えたほどだ。


 だから、「死ぬならいっそ」と、そう思って私は何度も脱走しようとした。


 閉じ込められていた部屋から出て、元の生活に戻ろうと試みた。


 しかし、何度試みても失敗してしまう。


 見張りの兵士達に捕まって、部屋に戻されてしまった。


 そのうちに、脱走防止のために、鉄の首輪や足輪などをつけられるようになった。


 私は、自由への逃走へ挑戦する事もできなくなった。もはや死んだも同然だった。


 このままその生活が続くなら、いっそ、舌を噛んで自害しようか。


 そんな事も考えた。


 しかし、状況は一変する。


 あるひ、隣国からきた優しい王子様が、忍び足でその部屋にやってきたのだ。


 護衛の人と一緒にいたが、なぜか何かを調査しているようだった。


「なにかつけいる隙は」とか「他にこの国の弱点を」とか話している。


 そしてその優しい王子様は、私を見て可哀そうにと呟いた。


 彼はその時がきたら、私をここから解放して、自分の国に保護するとも言ってくれた。


 できすぎた話だった。


 夢でも見ているかと思ってしまった。


 だって、私を閉じ込める偽物の王様じゃない、本物の王子様が目の前にいるのだから。


 私は、その優しい王子様がかけてくれた言葉を心の支えにして生き延びる事にした。







 そして、その時はやってきた。


 優しい王子様はこの国を攻めたらしい。


 赤の国に、戦をふっかけたのだ。


 そして自国の、青の国の兵士を赤の国の中央までたどりつかせた。


 傲慢王子達は逃亡、そのまま優しい王子が赤の国を乗っ取る事になった。


 私は約束通り、あの部屋から解放されて自由になった。


 そんな優しい王子様は、「困っているなら自分の国へおいで」と言ってきた。


 自由を愛する私だけど、恩人にたいする恩を忘れるほどの人間ではない。


 優しい王子様の為にできる事があれば、と青の国へ向かう事に決めた。


 それで、私はその時になって初めて知ったのだ。


 知らない間に、私はあの傲慢王子と婚約していた、と言う事に。


 自由をうばっただけでなく、将来の相手にまで勝手になるとは。それほど愚かだったとは思わなかった。


 だから私は怒りの想いを抱きながら、そのお城を後にした。


 しかし、その時どこからか視線を感じて気になった私は周囲をキョロキョロしていた。


 それは勘の様なものだったのかもしれない。


 後になって振り返ってみても、どうしてそうしたのか説明がつけられないのだから。


 とにかく、そんな事で辺りを見回していた私は、顔をゆがめた偽物の王子と視線が合ってしまった。


 おそらく傲慢王子は、お城が占拠されるまえに避難していたのだろう。


 どこかの建物の窓から、こちらを見て憤怒の形相になっていた。


 傲慢王子は、そこで何かを言っているように見えたが、私には何を言っているのかよく分からなかった。







 その踊り子に対する第一印象は、「綺麗」だった。まるで宝石の様に見えた。


 だから傲慢王子は、そう見えた旅の踊り子に一目ぼれしていた。


 目を奪われ、それ以外の者が見えなくなったほど。


 傲慢王子は他の人間が止めるのも聞かずに踊り子をさらって、自らのお城に隠した。


 その綺麗な踊り子が赤の国を離れて旅に出てしまわないように。

 というのもあるが、その綺麗な存在を誰にも見せないようにという狙いもあった。


 傲慢王子は、踊り子に好かれていると思っていた。


 踊り子は、たまにつれない態度をとる事があるし返事をしない事もあるが、それは照れているだけなのだと解釈していた。


 部屋から逃げ出そうとしたときは、こちらの気をひきたいのだと思っていた。


 だから傲慢王子は、生涯を添い遂げる相手として選んで、婚約関係を結んだのだ。

 それはきちんと踊り子にも説明をした。


 相手は夢見心地だったのか、ずっとだまったままだったが、聞いていたはずだ。


 なのに、隣国の青の国に戦争をふっかけられて、一時的に逃げていた時に、傲慢王子はその光景を目撃してしまった。


 あの踊り子は、隣国の王子に肩を抱かれながら、うっとりとした顔を見せていた。


 傲慢王子は怒り狂った。なんという人間なのだろうと思った。


 今まで愛していた感情が、瞬く間に消え去っていってしまうほどに。


 あんな女は願い下げだ。


 ふさわしくない。


 そう思いながら、傲慢王子は言った。


「婚約破棄だ」


 俺は見ていたぞ。


 その浮気を。


 後から泣きついてきても、破棄した婚約はもう元に戻してやらないからな。


 そう、つぶやきながら。


 睨みつけていた。







 けれどその傲慢王子は知らない。

 後に後悔することになるのを。


 愛しているふりをしていればよかったと。

 もしくは、愛をつらぬけばよかったと。


 婚約破棄などしなければ、まだ良かったのだとも。


 その傲慢王子がしでかしてしまった事の代償は、後に払われることになる。


 傲慢王子が愛を貫いていたならば。

 踊り子の幸せを願っていたならば。

 思い込みの愛でも浮気を疑わずに、踊り子を救出するためにその城へ戻っていたならば。


 結末はちがっていただろう。






 隣国の青の国へ向かった私は、しばらく治療院に入院させられた。


 自由のない生活を送ってきた影響で、体の各所が悲鳴をあげていたからだ。


 その治療が終わった後は、私は青の国のお城に行き、自分に出来る事を探すことにした。


 そこでは、王族や要人達の目を楽しませる楽団や舞踏団があったので、それに入る事にした。


 自由は制限されるけれど、それなりに学ぶことが多くて仕事は楽しかった。


 今までは庶向けの踊りや、その伝統しか知らなかったけれど、上流階級の人間が嗜むものはすごく勉強になった。


 私の毎日は、それなりに輝いていただろう。


 しかし、ある時、


 恩人の優しい王子様に困った相談をされてしまった。


 赤の国の逃げた王子をなんとか捕まえたいが、自分から出てくるのを待つしかない状況だという。


 傲慢の王子は、どうやら進むのが難しい、入り組んだ洞窟の中に隠れているようだ。


 そこは、地元に人間ならよく知っている場所らしいが、土地勘のない人間が入ったら迷ったまま出てこれなくなる所らしい。


 優しい王子様がその事で、「どうしたものか」と悩んでいたので、私は手紙を書く事を提案したのだった。


 私が傲慢王子に向けて「会いたい」「話したい事がある」と手紙をかけば、相手が読むのではないかと。


 そしたら、「自ら出てくるかもしれない」と続けた。


 その案を採用した優しい王子様は、洞窟に出入りする生き物達の背中に、同じ手紙をいくつも括り付けた。


 偶然に頼ることになるが、部下たちの安全を確保するためには必要な策だった。


 けれど、その方法は結果につながったようだった。


 やがて数日後に、傲慢王子から手紙の返信がきた。


 洞窟から出入りする生き物に、色の違う紙がくくりつけられていたので、一目でわかったらしい。


 内容は「うらぎりもの」とか「ゆるさない」とか「うわきもの」とか「婚約破棄だ」「言う事など聞かない」とか酷いものだった。


 傲慢王子は、変わらなかった。


 ずっと思い込みが激しいままのようだった。


 彼が少しでも、私に対する愛情を貫いてくれていたのなら、ここで出す答えは違っていただろう。


 思い込みでも、傲慢でも、愛した女の事を信じ続けていてくれたのなら、幸せを願っていてくれたのなら、わずかな慈悲を与えたかもしれない。


 しかし、そうではなかった。


 だから私は、傲慢王子は「あの洞窟の中に確実にいるようですね」と優しい王子様に告げた。


「可能なら、人質にしたかったが、それができないならしょうがないな」


 優しい王子様は、洞窟の出入り口をすべてふさぐ事にきめたようだ。


 人が出入りできないように。


 あっけなかった。


 これで、戦争は終わりだ。






 けど私は、その前に最後の手紙を書いた。


「愚かな王にも分かるように、必要な所だけ書きましたよ。


 私は最初から貴方を愛していませんでした。


 貴方もきっと私の事を本当に愛していたわけではないですよね。


 その愛に似た感情は、全て自分の為だったんですよね。


 だからこれはその結果です。


 さようなら」







 その数年後、私は優しい王子様に告白されて、お姫様になった。


 首輪や足輪で鎖でつながれるような不自由な生活はどこにもない。


 優しい王子様は、私の意思を尊重してくれたからだ。


 それからの生活は、ある程度は自由の制限された生活だったけれど、不思議と嫌にはならなかった。


 きっとそこに、本物の愛があったからだろう。




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