最終話 本当に心臓が止まるほど美しい年上幼馴染との付き合い方
「ねぇ
「え?」
「もちろん、絶対じゃないし、できないかもしれないことなんだけど......。でも今の篝の言葉で思いついたことがあるの!」
「え、えっと......」
急に元気になった勢いに圧倒される俺に、
「さっき、篝は『私のことを好きじゃないって認識を変えたりしない限りはだめだ』って感じのことを言ってたでしょ?」
それは、確かに言った。
実際その言葉の通り、それくらいのことをしないと、俺は癒乃ねぇの側には居られないだろう。
「それが?絶望するしかないってだけの話なんじゃないの?」
癒乃ねぇの伝えたいことが理解できず、若干不機嫌気味になって、普段の丁寧語までつけ忘れてしまった俺の返事に、『ふっふっふっ』とさっきまでの悲壮感を微塵も感じさせない態度で続ける。
「だったら、変えちゃえば良いんだよ!」
「............何を?」
「だから、篝の、私に対する認識を変えればいいんだよ!」
..................言っている意味は、わからなくはないけど、理解できるかと言えば、よくわからない。
「んもー、篝ってば、頭いいのに、こういうことは頭固いよね!」
「......どういうことですか?」
「だからね?篝が私のこと魅力的だって思わないように、暗示をかけたり、催眠をかけちゃえば良いんじゃないかなってこと!そうしたら、私と交流してても身体に負担がかかるようなことにはならないんじゃない!?」
はあっ!?
「ちょっ、ちょっと飛躍しすぎじゃないですか!?そもそもそんな簡単に暗示をかけたりできないでしょうし......。だいたい、魅力的だって思わないようになるって、それ、俺が癒乃ねぇに愛想つかすってことだから、結局離れちゃうことになるんじゃ!?いやそんなことができるとは思ってないんですけどね!?」
癒乃ねぇがあんまりに突飛なことを言い出すものだから、つい、早口で捲し立てるように、つっこんでしまった。
ただ、癒乃ねぇがあんまりにも元気よく言うものだから、なんだか毒されそうになっている自分がいるのにも気づいた。
「ふぅん......そっか。篝にとっては、暗示とか催眠術を修得することより、私と離れ離れになる方が簡単なことなんだぁ。私が魅力的じゃなくなったら、捨てられちゃうんだぁ......」
「そっ、それはっ......!」
「それとももしかして、催眠術も暗示も、どっちももう試しちゃった......?」
「いや......そんなの考えたこともなかったですけど......」
だってそんなの、ほとんどオカルトっていうか、あまりにも現実的じゃないし、本当に考えたこともなかった。
「じゃあやってみようよ、ね?もちろん私も練習に付き合うし、もし試してだめだったら私も一緒に他の方法考えるから!だから、お願い、もう一回。私のために、頑張ってくれない、かな......?」
ふむ......。
「ねぇ、お願い。篝なら絶対できるから!だから、ね?諦めるのを諦めて、私のものに、なろ?」
俺は今日はずっと目は開けてない。
開けてないし、見てないけどわかる。
この上目遣いおねだりの破壊力......。
心臓が限界点レベルまで早鐘を打っている。
考えてみれば本当に、よくわからない力だよな。
ある程度まではドキドキと速く打つようになる心臓が、癒乃ねぇの魅力を持ってすれば、ある一定を超えたら止まるっていうんだから。
厳密には、止まるっていうか、あまりにも速くなりすぎて、細動、つまり痙攣を始めてしまうということなわけだけど。
今ここで、こんな重要な局面でそんな危篤状態になるわけにはいかない。
幸いにも、俺は今、癒乃ねぇに提案された解決策が実行できそうか、どうすればいいかを高速で思案することに認知リソースを割いているおかげで、癒乃ねぇの魅力を処理することに割く脳の容量が少なく済んでいて、なんとか限界点で留まれている。
ある意味、生きているのは奇跡に近いかもしれない。
それくらいの破壊力。
なんとか致命傷で済んだ、というやつだ。
そうこうしているうちに、ぎりぎり心臓の機能を維持しつつ、癒乃ねぇの提案に対する俺なりの回答もでた。
もちろん、俺の答えは..................。
*****
あれからはや数ヶ月。
「おはようございまーす」
「「おはようー」」
「じゃあ、癒乃ねぇ起こしてきますね〜」
「「よろしく〜」」
2階にある癒乃ねぇの部屋へと続く階段をのぼる。
そしてすぐ、ドアの前につく。
ふぅ〜。すぅ〜〜はぁ〜〜すぅ〜〜はぁ〜〜。
よしっ。
こんこんこんっ。
お手洗いでのノックがどうだ、とかからかわれないために、ノックは3回。
「入りますよ癒乃ねぇ〜」
「うぅ〜ん。はぁ〜い、どうぞぉ〜」
眠そうな声が返ってくる。
おっ、今日は起きてるらしい。
ガチャッ。
「癒乃ねぇ、おはようございま......ッ!?」
ドアを開けて部屋に入ると、予想以上にドアのすぐそばにいた癒乃ねぇにぶつかってしまう。
「つ〜かま〜えたぁ〜♫」
むちゅ〜〜〜、じゅるじゅるっ〜〜〜〜〜。
それと同時に、身体の前に柔らかい感触と、背中に回された手にギュッと抱きしめられながら、唇を貪られる。
うぅっ......!
<大丈夫、大丈夫だ。癒乃ねぇはブサイク。癒乃ねぇは可愛くない。癒乃ねぇは美しくない。癒乃ねぇの匂いは
ぷはぁ!
「ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、癒乃ねぇが
「............しょうがないとはいえ、やっぱり気分はよくないわね......」
「ごめんなさい......でも、こうして口に出して言っとかないと、頭の中で妄想が進んじゃってダメなんで......もう少しの間は勘弁してください」
そう、残念なことに、俺はまだ自己暗示を修得しきれているわけではない。
それでも、以前に比べたらすごい進歩だと思う。
毎朝抱擁とキスをしても、癒乃ねぇのことを心の中で
なんと、以前癒乃ねぇに告白をしていたチャラ男先輩が、催眠術や自己暗示術をマスターしているというので、師匠になってもらっている。
あの見た目で催眠術って何に使うつもりだよって思ったけど、どうやらカウンセラーを目指しているらしく、紳士的な使い方をしているんだとか。
教え方もなかなか上手く、論理的。
予想もしていなかったけど、理想的な師匠だった。
おかげさまでこれくらい癒乃ねぇと濃厚なコミュニケーションをとっても生きていられるようになった。
チャラ男先輩さまさまだ。
「それにしても、もうちょっと、加減なんとかならないのかしら......」
「うぅ......、がんばって修行します......」
「ふふっ......がんばって♫でも、無理はしないでね?篝がすでに十分がんばってくれてるのはわかってるからね!」
「あはは、ありがとうございます」
言葉の通り、癒乃ねぇは昔以上に俺だけを見てくれるようになった。
俺のちょっとした心の機微も嘘も看破するようになったし。
見た目上ではほとんど変わらないのに、目を開けてるかどうかもわかるらしい。
「んーん、当然のことよ。だって私は篝の将来のお嫁さんなんだもの。だから、そんな頑張り屋さんな篝には、ごほーびをあげないとね!はいっ、どーぞっ♡」
癒乃ねぇはそう言って、寝間着のグレーのスウェットの胸元を指で押し下げて、谷間を見せてきた。
「あっ、いやまだそこまではだめ......っ」
あっ、好きだっ。
あっあっあっあっ、だめだっ、美しいっ、魅力的すぎるっ、えろすぎるっ。
あーだめだ、死ぬっ。
ばたんっ。
「きゃーーーー篝ー!?ごめんなさい、やりすぎちゃった!?パパーママー!!!!」
不完全な自己暗示スキルのせいで、未だにこんなふうに限界を超えて心臓が止まってしまうことはあるんだけど......。
ふぅ〜ふぅ〜ふぅ〜。ぐっぐっぐっぐっぐっぐっぐっぐっぐっぐっぐっぐっ。ふぅ〜ふぅ〜。
ゲホッッッ!!!!!
「はぁっはぁっはぁっ............。あ〜、死ぬかと思いました」
「あっ............よ、よかったぁ〜......。ごめんね、篝」
「い、いえ、大丈夫です、今回もなんともなかったんですから。僕の精進が足りないだけですから、気にしないでくださいね」
「うん......ありがと」
ドタバタドタバタ。
2人が慌てて部屋に入ってくる。
「「大丈夫か!?」」
「「うん、なんとか」」
今回は
そう、あれから癒乃ねぇも心肺蘇生法の訓練をがんばって、俺を蘇らせてくれるようになった。
まぁそれも最初の頃は、癒乃ねぇの
これが今の俺達の日常。
これが、俺にとっての、
昔からやってた訓練に加えて、自己暗示で自分を騙せるよう努力して、なんとかこの日常を確保する毎日。
その甲斐あって、俺たちは今も、ちょっとずつ傷つき傷つけられながらも、なんとか一緒に歩く彼氏彼女をしてるってわけだ。
ね?目覚ましい進歩でしょ?
本当に心臓が止まるほど美しい年上幼馴染との付き合い方 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます