第22話 無意味なこと・絶望と希望

「......私の見た目が醜くなれば、かがりが私の側から離れる意味は、なくなるよね?顔が変形しちゃうくらい私が自分をボコボコにしたら、責任とって、一生一緒にいてくれる、よね?」





綺麗な自分の顔を殴ろうとする癒乃ゆのねぇの腕を掴んで制止する。

ついでに、癒乃ねぇの言葉に思考が静止する。



「い、いきなりなんで......。どういうことです!?」



俺の素朴な疑問に、癒乃ねぇは「何を疑問に思ってるんだ?」とばかりに落ち着いた表情で返す。



「どうしたって......。私が、篝がずっと見てても心臓が止まらないような、そんな見た目になれば、篝が目を閉じて・・・・・・・いなくたって・・・・・・倒れないようになる・・・・・・・・・じゃない。そうすれば、篝が私の心を傷つけるかもしれないなんて怯える必要はなくなるでしょ?私の側に居られるようになるでしょ?」



っ......。

俺の選択が、ここまで癒乃ねぇを追い詰めてたなんて......。



「篝が悪いんだよ......。こうなっちゃったのは篝のせい。全部全部、篝が私から離れようとするからだよ」



慌てる俺に対して、一貫して淡々とした様子で俺を責める癒乃ねぇ。

さっきまで土下座までして懇願していた姿とはまた違う迫力がある。


癒乃ねぇは普段ならこんな俺を傷つけるような言葉は絶対に言わない。

どうやら我慢の限界と理性を超えて、暴走しているらしい。



「だから、私は自分を殴るの、止めないよ。離して、篝」


非力な癒乃ねぇらしからぬ強い力で、俺が抱きとめている腕を解放させようともがく。



「そんなことやらせるわけないでしょ!?」



「やらせてよ!このままじゃ私、篝の側にいられない......。それどころか1度でも篝に抱いてもらうことも、なんならキス・・してもらうことさえもできないじゃない!それなら......それなら私、こんな見た目いらない!

私は篝のお嫁さんになって、毎日いってきますとおかえりのキスをしてもらって、いっぱいいちゃいちゃして、篝を癒やしてあげたいの!今まで気づいてなかったけど、2人っきりのときに篝が目も開けられない、ゆっくりさせてあげられないなんてのも嫌なの!」





いってきますの......キス......?


はっ!


唐突に、思い出した......。そうだ、「キス」。

俺が先週、癒乃ねぇに心臓を止められた原因になった出来事だ。


冶綸やいとさんやぜんさん、父さん母さんにも原因は聞かなかったんだ。

思い出したらそのショックでまた再発するかもしれないと思って、敢えて聞かなかった。


その原因を思い出した......。


そうだ、あのとき、俺は癒乃ねぇに「いってきますのキスをして」とお願いされて、その可愛さに心臓を止められたんだ。

けど、あのとき俺は目を開けて・・・・・いなかった・・・・・はずだ。


つまり、癒乃ねぇの見た目とは関係なく、癒乃ねぇの言動だけで、俺は心臓を止められてしまうってことだ。



幸いにも、時間が経っていることもあって、これを思い出しても多少ドキドキするくらいで、ヤバいことにはならなさそうだ。



といってもこれは全然幸いな情報なんかじゃない。

むしろ俺にとってはさらに絶望的な話で。





「癒乃ねぇの外面の傷つけたり歪めたりしたって、意味なんてないんです。止めてください」


「意味ないって何よ!私の見た目が悪くなりさえすれば、私達一緒にいられるじゃない!それが意味ないことだって言うの!?」



「違います」



だけど、今更癒乃ねぇ見た目がどんなになっても、俺には関係ないんだよ......。



「じゃあなんなの!?」






「この間、俺が病院送りになった原因、癒乃ねぇは覚えてますか?」


「それがなに......?その話が今、関係あるの?」


「あります。少なくとも癒乃ねぇが自分の顔を傷つける意味がないことの証明にはなります」


「......なによ」











「『いってきますのキス』を迫られたとき、俺は目、開けてなかったんです。癒乃ねぇの見た目の美しさに心臓を止められたわけじゃないんです」


「......え?」





「俺は、癒乃ねぇが好きすぎて、見た目関係なく、その仕草とか中身・・・・・・も含めた魅力・・・・・・に、ときめきすぎて心臓が止まったんです。だから、いくら癒乃ねぇの見た目が変わっても、俺にとっては意味ないんですよ。もう癒乃ねぇに魅力を感じなくなるなんて、無理なんですよ!!!」



「そ......そう、なの......?」



なぜか癒乃ねぇはさっきまでの迫力をおさめて若干嬉しそうに口元を歪めているように見えるけど、俺は全く嬉しくない。


だってそれはつまり......。



「これ、最悪なことですよ。だってこれってつまり俺が癒乃ねぇのことを・・・・・・・・好きじゃない・・・・・・って認識を変えたり・・・・・・・・・でもしない限り、癒乃ねぇとしゃべっただけで心臓止まる可能性あるってことですからね。余計に癒乃ねぇの側にいるわけにはいかなくなったってことです」



「....................................」





俺の言葉に、癒乃ねぇは腕に入れていた力を抜いておとなしくなり、俯いて黙り込む。



きっと、ショックを受けたんだろう。

俺と一緒にいる可能性が、ほとんど潰えたことに。



けど、おかげで癒乃ねぇが自分自身を攻撃する手を止めてくれた。

まずはそれだけで十分だ。




あとは俺が癒乃ねぇの前から姿を消すだけ......。





ガシッ!




と思っていたのに、癒乃ねぇは逆に俺の腕を掴んで、希望を得たとばかりの弾むような声をあげた。











「ねぇ篝。私、なんとかする方法、思いついたかも!」

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