12時発、1時着〜学者・峯岸浩太郎の修羅場〜

達見ゆう

どうしてくれよう、この状態

 待ち合わせは1時、そう聞いていた。あちらも『12時発のバスで出るから1時に間に合う』と言っていたからそろそろ来る頃だ。


 用件はなんだろう、借金の申込みなら自分もお金は無いし。宗教だったら「自分はそれより、ガンダムのどれがいいかに強い関心がある」と振っていろんなガンダムを語ると大抵は逃げる。アメリカでは幸いまだそういう目には遇っていないが、やるとしたらスターウォーズのどれがいいかと語りだせばいいのかもしれない。

 それとも自分は学者としての知識は医学系だから健康相談かなあ。

 も、もしかしたら恋愛相談か?!


 し、しかし、エミリーさんとも微妙な関係だし、こないだも「典子叔母さんとばかり話をしていて置いてけぼりだった」と後で不満を言われてしまった。

 これは脈アリと思った方がいいのだろうか?


 しかし、エミリーさんは一回り年下だ。ジェネレーションギャップがある程度は仕方ない。それに前回は懐かしい人との再会でもあったから盛り上がってしまったのも仕方ない。でも、置いてけぼりにしたのは反省しなくてはならない。


 もし、恋愛相談ならば相手は誰なんだろう。もしや、自分、遅く来たモテ期なのか?


 そうやってヤキモキしているうちに典子さんが店に入ってきた。


「峯岸さん、わざわざありがとう。ちょっと相談したいことがあってね」


「いえいえ、中学生の同級生のよしみです。借金と宗教以外なら何でも受けます」


「ええ、娘のことなんだけどね」


 は? 娘? い、いや、自分がこの年まで独身なのがマイノリティなのであって、普通なら結婚して子供がいてもおかしくない。


 そっか、結婚してたか、まあ、余計な勘違いする前に知ってよかったのかもしれない。


「でも父親がいないせいか、いろいろ難しくて」


 え? 父親がいない? 離別か死別か、それとも最初からシングルマザーなのか。って詮索している場合じゃない! ちゃんと相談を聞かないと。


「私と違って頭が良いのは嬉しいのだけど、医学系の大学へ行きたいと言うの。いえ、レベルは問題ないのよ。大抵の大学には行けるわ。でも、調べれば調べるほど分野が細かいでしょ? 一般的な医者に、看護師、峯岸君みたいな研究職、薬剤師、本人も混乱しちゃって。だから参考として今度うちに来て娘にあなたの仕事をお話してくれないかしら?」


 子供の進路相談。そっか、普通はもうそういう年頃なんだなあ。それなのに僕ときたら、ううっ。

 いや、自虐的になっている場合ではない。


「いいですよ。研究職も様々だけど、僕の仕事の話なら話せる範囲で話しますよ。しかし、驚いたな、そんな優秀な娘さんがいるなんて」


「ええ、父親も優秀な人でしたからね。でも、娘がジュニアスクールの時に難病で亡くなってしまって。それからなの。『医者でも学者でも製薬会社でもいい、病気を治す人になる』と言って猛勉強を始めてね」


 ううっ、なんて健気な子なのだ。なんか泣けてきた。この年になると涙腺がゆるくなるとは本当だな。


「ノリコ叔母さん、何でコータローさんを泣かせてるのですか!」


 あれ? この声は?


「あら、エミリー。偶然ね」


「ごまかさないでください、叔母さん」


 和やかな典子さんに比べ、エミリーさんは浮気現場を見つけたかのような形相だ。これはまずい。


「ち、違うんだ。典子さんの娘さんの健気さに感動して……」


 僕の言い分は聞こえてないようだ。


「そもそも、なんで二人で会っているのですか」


 うわ、矛先がこちらにも向いてきた。


「娘のエリカの進路相談よ。参考として峰岸さんのお話も聞きたくて」


「そう、医療関係行きたいって」


「そうやって誤魔化さないでよ!」


 ……これって端から見ると三角関係のケンカだよな。僕を挟んでバチバチと火花が見える気がする。

 どうしよう、エミリーさんはヒートアップしている。僕と典子さんはオロオロしてしまうばかりだ。とりあえず、迷惑になるから店外に出ようと思った時だった。


 再びドアベルが鳴り、典子さんと似た少女が入ってきた。


「あら、エリカ」


「ママが居るから入って来ちゃった。その人が前に言ってた学者の峯岸さん?」


「そうよ、日本の中学……ミドルスクールの同級生。今はウイルスの研究してるの」


「すごーい、学者さんなんて初めて見た! サインもらっていいですか」


「え……さ、サイン?!」


 快活に喋る少女に圧倒されていると典子さんが改めて紹介した。


「峯岸さん、この子がさっき話した娘のエリカです。すみませんね、学者なのにサインなんて」


「あ、いや、サイン本を献本したことあるから一応書けますから」


「うわー、本も出してるのだ。読みたい!」


「エリカは日本語は読めないでしょ」


「えー、英語版無いのー」


 エリカちゃんの勢いにエミリーさんも信じてくれて

 怒る気を削がれたようだ。何となしに着席して四人でお茶をすることになった。


「ママの同級生ならママと同い年だね。死んだパパが生きてたら同い年だったのにな」


「ママから聞いたよ、若くして亡くなるなんて気の毒だったね」


「だから、医者になると決めたけど、医者に限らずいろんな人を治す製薬会社や研究者も含めて調べているの。ここでお話聞きたいけど、さすがに無理かな」


 困った。ウイルスや研究のことなら饒舌になれるが、そうすると典子さんとエミリーさんは置いてけぼりになる。特にエミリーさんは二度目だ。


 僕は簡単にでも話すかどうな悩むのであった。









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