第4話 許さない

 こ、ここが・・・花藤さんの部屋・・・


 俺は今、部屋中から漂う女子の部屋独特の空気にあてられてそわそわしていた。


 うわぁ、すげぇいい香りする・・・


 カーテンやベッドのシーツなどのインテリアが放つ色が水色やピンクだからか知らないが何だか部屋の中全体が輝いてるように見える。俺の目がおかしくなったのかな?


 「お待たせしちゃったね」


 部屋のドアが開いて花藤さんが戻ってきた。俺はいらないと言ったのだがお茶を持ってきてくれた。体調よくないみたいだから無理させたくないんだけどなぁ。


 っていうか、こうして俺が来ていること自体が迷惑なんじゃ・・・


 いや、彼女と花車を助けるために必要なことなんだ!多分!


 「あー、あの、本当に、大丈夫?」

 「大丈夫、と言えば嘘になるけど今日は昨日とかと比べれば大分よくなったから・・・心配しなくていいよ」


 そう言って彼女は優しく笑った。うわぁ、すげぇドキドキする・・・


 本人はそう言っているもののやはり少し心配だ。手短に済ませよう。


 俺はひとつ咳払いをしてから口を開いた。


 「持ってた瓶のこと、聞いてもいい?」

 「・・・・・いいよ。けど、」


 花藤さんはこう、続けた。


 「まずは私の話を、聞いてくれるかな?」


 俺はそれに無言で頷いたのだった。


 ❀❀❀


 分かっちゃったと思うけど私、花車くんのことが好きなんだ。本当に。

 去年、同じクラスだったの。入学したてのころ、席が近かったから彼はよく話しかけてくれた。正直、最初はちょっと苦手だったの。何て言うか、チャラチャラしてる感じがしたんだよね。


 わかるって感じの顔してるね。あ、そう言えば竜胆くんって、花車くんと同中なんだっけ?だからか。


 けど彼には裏の顔があった。まぁ、誰にでもあるものかもしれないけどね。彼、すごく真面目なんだよね。実は。掃除とか、みんなサボってちゃんとやらないのにひとりだけしっかりと隅々まで丁寧に、しっかりとやってたり。テスト週間にはひとり遅くまで教室に残ってガリガリ勉強してたり。そういうときの彼の顔、普段のへらへらした感じと違ってすっごく真剣なんだよね。思わずギャップにくらくらしちゃったってわけ。


 ちょろいよね、私。


 そんなことない?


 あはは、ありがとう。


 決定打になったのはあのときかな。風邪をこじらせて数日間学校を休んだことがあったの。うち、お母さんしかいなくて。朝早くから夜遅くまで働いてるから家には普段私しかいないの。ベッドで寝込んでるときにインターホンが鳴って「誰かな?」と思って見てみたらそこには花車くんがいたの。


 「どうして来てくれたの?」って聞いてみたんだけど、彼、何て言ったと思う?


 「大事なクラスメイトがひとりで風邪にうなされてるってのに放っておくやつなんかこの世にいるの?」


 ああ、なんて優しい人なんだろうって思った。思わず泣きそうになったっけなぁ。


 けど、そんな彼の近くにはいつもある人がいたの。

 そう、光田さん。どうやら花車くんと光田さんは小学校の頃からの知り合いらしいんだよね。彼自信は鬱陶しそうに話してるつもりだったと思うけど、私には彼女のことを話してるときの彼の顔はとても楽しそうに見えた。


 光田さんって、見ただけでわかるけどすごく華やかで輝いて見えるでしょ?

 おまけにコミュ力高くて皆に好かれる人気者ときた。ずるいよねぇ、ほんと。


 あ、ごめん。今私、すごい顔してたよね。


 彼と彼女はとてもお似合いで私なんかが付け入る隙なんて少しもなかった。実際私も光田さんとちょくちょく話してるんだけど、何だかんだでやっぱり憎めない。そのことが私の心をさらに締め付けた。


 拒絶されたらどうしよう。

 私が彼と彼女の仲を壊してしまうことになったらどうしよう。

 光田さんを傷つけちゃったらどうしよう。

 でもやっぱり彼のことは好き。けれども私に彼らの間に割って入る勇気はない。


 ひとりでぐちゃぐちゃ悩んじゃって結局踏み出せないまま2年生になっちゃったんだよね・・・


 でもやっぱり彼への思いは消えてくれなかった。何度諦めようと思っても駄目だった。

 いつからだったかな。こんなことを思うようになったの。


 光田さん、邪魔だな・・・・・


 って。最低だよね、私。何だか彼女のことが憎らしく思えてきたんだよね。


 え、じーっと見てたのってそれが理由か、だって?


 うっそ、バレてた!?はっず・・・・


 まぁ、そういうことなんだよね。あはは。けど、殺そうとかそんなことを考えたことはないよ?ほんとほんと。そんな度胸なんてないし。


 それともうひとつ、こんなことも思うようになったんだよね。


 どうにかして彼を惚れさせられたらなぁ、って。

 要するに発想の逆転だね。私が告白するんじゃなくて、彼が私に告白してくれれば万事解決じゃんって。


 今思えばバカだよね・・・


 そんなときに出会ったのがもう分かると思うけどあの不思議な粉ってわけなの。

 


 ❀❀❀


 「・・・・・・・・」


 彼女の話は終わったのだが俺は何も言えずにいた。「俺、やっぱ花車より魅力ないよな」とか「花車のやつ、やっぱすげぇ」とか「俺にはすごく輝いて見える花藤さんもいろいろ悩んでたんだな」とか、たくさんのことが頭の中を渦巻いていて整理しきれないでいた。


 「えーっと、私、結構恥ずかしい話しちゃったわけだから、できれば何か反応が欲しいなぁ・・・・」

 「あ、ごめん!」


 花藤さんの顔には苦笑いが浮かんでいた。確かに今の話を人に聞かせるには結構勇気がいることだったかもしれない。そうに違いない。


 「うん・・・話は分かった。いろいろ聞かせてくれてありがとう」


 俺がそう言うと花藤さんは照れくさそうにしながら「どういたしまして」と返した。ちょっと待ってくれ、めっちゃ可愛いんだが・・・・


 「それで、これが一番知りたいことなんだけど・・・あの瓶に入ってた粉の正体って何?」


 俺が聞くと、彼女は真剣な顔になってこう言った。


 「惚れ薬」

 「・・・・・・・へ?」


 ほ、惚れ薬だって?いやいや、あの超有名な児童文学作品に出てくる魔法の薬じゃあるまいし。

 いや、けれどもし本当にそうならば納得がいく。あの時、花車は突然花藤さんに告白してた。あいつはあんな見た目と性格をしておいて恋とかの話はあまり聞かなかったというし。そんなやつが突然女子に告白しだすなんてその惚れ薬のせいだとしか思えない。


 問題は・・・


 「あれを、どこで誰から手にいれたの?」


 これが一番聞かなければいけないことだった。

 

 花藤さんは「信じてくれないかもしれないけど」と前置きしたあとでこう続けた。


 「魔術師」

 「・・・・・・・・・」


 は?


 と言おうとしたがなぜだかその言葉が口から漏れることはなかった。


 「まぁ、そんな反応になっちゃうよね。正確に言うとそう名乗ってた怪しい人だけど」

 「・・・その人、どんな見た目してたの?」

 「ええっと・・・顔はよく見えなかったかな。黒いローブみたいなのを羽織ってた、くらいしか憶えてないや」


 ん?黒いローブ・・・


 「そっか。けど、そんな怪しげな格好してたら誰かに通報されそうなものだね」

 「ほんと、私もそう思った。後になってからだけど」


 もし。もし本当に魔術師とやらがいたのだとしたら、魔術で身を隠すことが可能だったかもしれないが。


 それは確かめてみなければ分からない。


 「近くに人とかいた?」

 「うーん、いなかったと思うな。たしかあの人、路上で『あなたの悩み、解決します』みたいな感じで露店みたいなの開いてたんだけどあそこらへんは人通りが少ないところだから」

 

 ふむ。これは自分で素性を調べてみる必要がありそうだ。まぁ、分かっていたことだが。


 「あ、そうそうおばあさんだったと思うよ。声がそんな感じだった」

 

 魔女、か。


 「うん、分かった。ありがとう。じゃあ次、」

 「うん」

 「・・・その薬はどんな感じで渡されたの?」

 「私が近くを通ったときかな。いきなり現れて私に『お前さんは恋の悩みがあるね。ふむふむ、この薬があれば解決できるよ』って言ってきたの。最初はいきなり何、と思ったけどまともな思考ができる状態じゃなかったからかな。おばあさんの薬を使った人の話とかを聞いたら何だか欲しくなってきちゃって結局もらっちゃったの」


 そして彼女は「恋って人を盲目にするよね」と呟いた。これに関して俺はとやかく言えないので何も言わなかった。


 ただ、最後にひとつ聞いておかなければならないことがある。


 「なるほど。ありがとう」

 「うん」

 「次が最後。そのおばあさん、薬を渡すとき、なんか言ってなかった?例えば『まだあまり使用例がないから何が起こるか分からないよ』とか」

 「そうね・・・・・・」


 花藤さんはしばらく考え込んだ。ふと窓の外を見ると、もう夕暮れが近かった。


 「ごめん、あんまり憶えてないの。けど、うっすら竜胆くんがさっき言ってたようなことを話してた・・・ような気がする」

 「そっか。まだ証拠がないから確実なことは言えないけど、その・・・花藤さんが体調崩してるのは多分、その薬のせいだと思う」

 「・・・そうね、きっとそう。これは私への罰。あんなものに頼ってしまった私への」

 「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、実は・・・花車も学校を休んでるんだ。花藤さんが休んだ日からずっと」

 「え・・・・・?」


 花藤さんは目を大きく見開いた。


 「多分、あいつにも薬の影響が出たんだと思う」

 「そ、そんな・・・私が、あんな薬を、使ったから・・・花車くんを!!」


 俺の言葉に彼女は声をつまらせて今にも泣きそうな表情になった。


 俺はぎりぎりと歯を食い縛りながら口を開いた。


 「違うよ」

 「なに、が・・・?」

 「悪いのは、花藤さんじゃない。その魔術師を名乗るおばあさんだよ。だからあんまり自分を責めないで」

 「・・・・・・うん」

 「俺が、きっと何とかしてみるから。安心して。じゃあ、また」


 俺は彼女に微笑みかけながらそれだけを言い残して玄関に向かった。


 「待って」と背中の方で声がしたので振り返らずに立ち止まった。


 「花車くんは・・・どうして私を助けようとしてくれるの・・・?」


 どうして、か。まぁ、本音など言えるわけがない。だから俺は誰かのセリフを借りることにした。


 「大事なクラスメイトが苦しんでるのに見捨てるやつなんてこの世にいるの?」


 俺の言葉に彼女は何も言わなかったので今度こそ玄関から外に出た。

 早速明日から行動に出る。情報を集めるために不本意だがの手を借りなければならない。


 絶対、魔術師とやらを許してやるものか。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気になるあの子がやっていた不思議なこと 蒼井青葉 @aoikaze1210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ