第3話 異変
その日は朝から雨が降っていた。季節が季節だから仕方がないのだがやはり天気が悪いと気分も沈む気がする。
少し遅くに学校に着くと、教室にはほとんどのクラスメイトが席についていた。俺も自分の席に着き、ある人がいるであろう方向を向いた。
「あれ・・・・?」
いつもはいるはずの人が姿を消していた。そう、誰であろう花藤さんである。俺以外にも異変には気づいていたらしく、彼女の席の近くの人たちがざわついていた。
今まで花藤さんが休んだことなんてあったっけ?俺の記憶が正しければ一度もないはず。
花藤さんの顔を見られないなんて・・・俺生きてられるかな、えーんえんえんしくしく。やっぱり顔を見られないのは辛いよぉ。
けれど、どんなに健康に気を付けている人でも病気になってしまうことはあるだろう。特に気にはとめず前を向くと、今度はまた別のことに気がついた。
「花車のやつも、いない・・・・?」
教室には花藤さんの彼氏である花車の姿もなかった。もうすぐHRが始まる時間だ。いくら部活の朝練をやっていたとしても遅すぎる。
確か花車も一度も学校を休んだことはないはず。ううむ、しかし偶々ということはある。奇跡はなんの予告もなしに訪れるものだしな。
花車の友人たちも彼の不在に驚いていたが、あまり気にしてはいないようだった。
「偶然、かなぁ・・・・」
思わずぼやいた。なんか嫌な予感がした。根拠などない。ただの直感だ。
そして案の定、その予感は的中するのだった。
❀❀❀
なんと、三日たってもふたりは学校に来なかった。クラスの人たちも流石にふたりのことを心配し始めた。
「付き合い初めてそうそうなんかあったのかな?」
「えー、あの花車くんと水樹ちゃんだよ?もめるようなことになるかなぁ」
「ふたりで学校サボって旅行とか?」
「それはないだろ。花車のやつけっこう真面目だし」
などなど話題は彼らのことで持ち切りだった。
ガラガラと教室の扉が開き人が入ってきた。
「はーいお前ら、静かに。HR 始めるぞ」
「はーい伊吹先生、聞きたいことがあります」
「何だ、光田。言ってみろ」
「花車くんと花藤さんは今日も休みですか?」
「あ、ああ。そのことか・・・・」
光田の言葉を聞いた瞬間、先生は顔をしかめた。先生の表情から察したのか、クラスメイトたちも真剣な顔つきになった。
先生は俺たちを見回しながらゆっくりと口を開いた。
「ふたりは、数日前からずっと体調が良くないらしい。どうしてか分からないが、眠ろうとすると『お前なんか大嫌いだ』とどこかから聞こえてくるせいで眠れていないらしい。電話を掛けたんだが声にも張りがなくて私も心配になった」
そんなことが、起きていたなんて。一体、どうしてしまったのか。何が原因なのか。
俺だけじゃなくこの場にいる全員が驚いていた。
「今日もまだ学校にはこれそうにないようだ。これ以上治らんようなら一度病院に行ってみろとは言ってある。お前らもふたりのことを気遣ってやってくれ」
先生は穏やかな表情で俺たちに向かってそう言った。
「よし、この話は終わりだ」
先生は連絡事項をいくつか話していたが一つも頭に入らなかった。二人の身に起きたことについて、思うところがあったからだ。
脳裏に浮かんだのは先週のこと。やっぱり、花藤さんが持っていたあの粉が怪しい。あれは単なる粉ではなく薬か何かだったんじゃないか?あの場で起きていたことは俺の見間違いなんかじゃなく、現実に起きていたことだった。そう考えるのが妥当ではなかろうか。
けれど、なぁ。俺しか目撃者はいないし、花車は知らないみたいだったし。
となると。
「花藤さんに、直接聞くしかない・・・」
事情を一番知っているのは花藤さんだろう。俺があの場面を見ていたことを素直に話せば何があったか話してくれる・・・はず。
彼女は今このときも苦しんでいる。その事実が俺の心をも蝕んでいる気がした。
俺が、動くしかない・・・!
❀❀❀
昼休みは光田たちから先週のふたりの様子を聞き出したり、花藤さんの家の住所を聞いたりと忙しかった。彼らに話しかけるのはとても勇気がいることだったが普通に接してくれた。
ただ、「どうして竜胆がそんなこと聞くんだ?」と怪しまれた。こればっかりは仕方のない話だ。俺と花藤さんの間には接点などないに等しい。
俺は「悪い。事情は言えないんだけど、花藤さんや花車を助けるのにきっと役にたつから!お願いします!」と全力で頼み込んだら何も言わず協力してくれた。いい人ばかりでありがたい限りだ。
放課後。俺は学校から直接花藤さんちへ向かっていた。
光田たちから聞き出した情報はいくつかある。まず、先週のふたりの様子には特別おかしな点はなく、強いて言うならば、花車が花藤さんに何度も「好きだよ水樹」と言っていたことぐらいだという。まぁ付き合いたてのカップルならそこまでおかしなことではないと思う。
ふたつめは少し気になった。花車は彼らに対して好きな人がいることを伝えていなかったそうなのだ。だから光田たちは花車の宣言を聞いたとき相当驚いたのだという。普段の彼らの様子を見ると、かなり仲が良さそうなので隠し事とかあまりしなさそうだなと俺は思っていた。ただこれもそこまでおかしなことではないのかもしれない。どんな人であっても人に言いたくないことのひとつやふたつ持っているものなんじゃないだろうか。
三つ目。以前から花藤さんが光田たちの方をずっと見ていたことは気づいていたらしく、花車は何度か「何か用、水樹?」と聞いていたようだ。しかし彼女は「別に用なんてないよ。花車くんたちを見ていたんじゃなくて壁を見ていたの」「なんでもないけど?ただぼーっと外を見ていただけ」と言っていたらしい。まぁ、これに関してはあまり言うことはない。
そうそう、ちなみに光田たちはみんな部活があるらしく花藤さんの家に行ったことはまだ一度もないらしい。つまり場所だけ教えたということだ。
俺はブレーキをかけて自転車を停めた。花藤さんちの前に到着したのだ。学校から500メートルほど離れた住宅街の一画に建っている一軒家だった。まぁまぁ大きいな、と感じた。
ああ・・・やっぱり緊張する。どくどくどく、と心臓の鼓動が耳まで聞こえてきた。
けど、立ちすくんでいる場合じゃない。俺が助けるんだ、花藤さんと花車を。
手を震わせながらビンボーン、とインターホンを鳴らした。すると少ししてから声が帰ってきた。
「・・・・・はい」
もちろん声の主は花藤さんだった。先生の言っていた通り、声には張りがなくて元気がないのが伝わってくる。ちくりと胸が痛んだ。
「あ、えーっと、突然ごめん。竜胆だけど」
「・・・竜胆くん?ごめんね・・・知ってると思うけど、あんまり体調、良くないの。お見舞いに来てくれたんだと思うんだけど、帰ってくれるかな」
そう来ると思っていた。俺は用意していた言葉を口にする。
「瓶」
「えっ・・・・?」
「先週の月曜日、実は俺、見ちゃってたんだ、ごめん」
「・・・・・・・」
「俺の見間違いだというなら怒ってくれていい。花藤さん、あのとき花車と自分にかかるように粉みたいなのを振り撒いてたよね・・・?」
少しの間、沈黙が流れた。時間にして数秒だが長く感じた。それから再び彼女は口を開いた。
「ちょっと待ってて」
それだけ言ってブチッと切れた。すぐに玄関の鍵が開く音がして花藤さんが出てきた。
「中で、話そう。ちょっと散らかってるけど」
遠目からだが、彼女の目元には熊ができている気がした。顔には疲れがにじんでいるように見えてズキズキと胸が痛んだ。
「お邪魔します」
そうして俺は花藤さんちに足を踏み入れたのだった。
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