第2話 痛い。痛いよ・・・

 「俺・・・・・花藤さんの事、好きだわ」


 花車のその言葉を聞いた瞬間頭が真っ白になった。

 

 は?え、いや、そんな・・・・・まさか


 俺は一体、何を見ているのだろうか。なんだか混乱してきた。落ち着け落ち着け。とりあえず様子を見よう。


 「え・・・ほ、ほんとに!?」

 「ああ。めっちゃ好きだ」

 「じゃ、じゃあ私と・・・付き合って、くれる・・・?」


 花車の「もちろん」という言葉を聞いた瞬間、スマホを取りに来ていたことなど忘れて駆けだしていた。


 「は、はは、ははは・・・・・」


 俺はなんて光景を見てしまったのだろう。最悪だ。


 視界がぼやけているからか途中、何度も階段を踏み外しそうになった。

 

 嘘だ。何かの間違いだ。そう信じたかった。そう信じるしかなかった。でないとどうにかなってしまいそうだったから。


 「ああああああああああああああ!!」


 土砂降りの雨の中、悲嘆に暮れながら自転車を走らせたのだった。


 ❀❀❀


 翌日。

 昨日は帰ってから何もする気が起きなかった。ただぼーっとしたまま夕食を食べ、テレビを見て、ベッドで眠りについた。まぁ、あんまり眠れなかったんだけど。

 朝起きてからようやくまたスマホがないことに気づき、いつもより早めに家を出た。道路には水たまりがいくつもあったが、空は昨日の雨が嘘みたいに晴れていた。俺の心は沈んでいるってのに皮肉なものだと思う。


 15分ほど自転車を走らせ学校に着いたときにはまだあまり生徒の姿はなかった。今の時間にいるのは朝練をしている部活熱心な生徒か、勉強に力を入れている生徒かのどちらかだろう。グラウンドの方からカキーンという音が聞こえる。金属バットにボールが捉えられた音だろうか。

 俺はゆっくりと歩き、校舎に入った。昨日よりは大分落ち着いたが、まだあまり気分が良くない。


 まぁ、そのうち忘れられるさ。


 階段を上るといつもより足音が大きく聞こえた。まだ人が少ないせいだろう。

 教室に着くと、鞄のおいてある机をちらほら見かけたが誰もいなかった。


 「あった」


 俺の机の中にはちゃんとスマホが入っていた。安心安心。セキュリティには気を付けているが今の時代何をされるか分かったものではないからな。


 「それにしても・・・・」


 少し落ち着いてきた今だからこそ考えられる昨日の不可解な現象について。脳裏に浮かんだのは瓶から振りまかれた謎の粉。


 花藤さんは一体、何をしていたのだろうか。


 ❀❀❀


 ああ・・・痛い、痛いなぁ胸が。


 昼休み。今日も俺は心を痛めていた。


 「まぁ、花藤さんが幸せそうなのを見れて満足と言えなくもないけど・・・」


 思わず苦笑した。

 花車は朝、教室に着た途端堂々と宣言しやがったのだ。「俺、水樹と付き合うことにしたから」と。そのとき花藤さんは顔を赤くして照れており、彼らの仲間や他の生徒たちはざわめいていた。光田がなんか泣いてたような気がしたが気のせいだろう。第一どうでもいいことだ。

 そして今は、花藤さんを加えて花車たちのグループは楽しそうにしている。


 ああ、すぐに忘れられないってのが恋愛の嫌なところだよな。本当に。


 教室にいるとまた涙がにじんできそうだったので、さっさと弁当を食べて教室を出た。廊下を通ると生徒たちの楽しそうな声が聞こえてきて、それさえ苦痛に感じてきて足を速めながら渡り廊下に出た。ひゅー、とこの季節にしては気持ちのいい風が俺の心を少しだけ洗ってくれた気がした。


 「はぁ・・・・」


 またため息が漏れた。もう仕方がない。


 「今日も世界は変わらないな・・・・って、ん?」


 少し遠くを眺めていたら、校門あたりに不思議な人影が見えた。正直よく見えないが、黒いローブか何かを羽織っておりフードで顔を隠しているようだ。


 「何だあの人?」


 スマホのカメラのズーム機能でよく見てみようとポケットから取り出してカメラを向けてみた、のだが。


 「あれ・・・誰もいない」


 さっきまで怪しげな人物がいたはずだが忽然と姿を消していた。


 ううむ、俺は幻覚でも見ていたのだろうか。まぁ、確かにあんないかにも怪しそうなやつが堂々と歩いていたらそこらへんの人が気づくはずだしな。やっぱり俺、疲れてるんだわ。


 と一人で勝手に頷いていたら。


 「どうした、竜胆?」

 「うわっ・・・・・・って」


 背後から誰かに名前を呼ばれて慌てて振り返ると、そこにいたのは2年1組担任の東山伊吹ひがしやまいぶき先生だった。先生は長い黒髪を手でさっと払い、口の端を上げながらこっちを見ていた。

 ちなみに先生は国語教師。客観的に見て美人だがちょっと近寄りがたい雰囲気もまとっていて一部の生徒たちからは恐れられている。まぁ、実際は結構いい先生なんだけど。


 「先生ですか・・・・ちなみに、いつから・・・?」

 「お前が遠くを見ながらため息を吐いてるところから」

 「つまり最初からってことですね・・・」


 俺の言葉にくっくっくっと肩を揺らして笑った。


 「まぁな。さっきスマホを掲げながらなんかやっていたがどうかしたのか?」

 「あっ、えーっと・・・」

 

 校門の方に黒いローブを着た変な人がいたって言っても信じてもらえないだろうしなぁ。きっと「疲れてるんだろ」って言われるに違いない。


 「なんでもありません」

 「本当か?」

 

 先生は首を傾げながら少し心配そうな表情で聞いてきた。

 俺はそれにできる限りの笑顔で返した。


 「はい、大丈夫です」

 「・・・そうか」


 俺の言葉を聞いて先生もフッと笑みを浮かべた。


 「じゃあ、それはいいとして。お前、最近やたらとため息吐いてる気がするが何かあるのか?」

 「えっ・・・・・・・」

 「国語の授業中もしょっちゅうため息吐きながら外ばっか見てるだろ」

 「は、ははは・・・」

 

 俺、なかなかヤバいな・・・・


 「どうした?まさか、恋の悩みか?」

 「違いますって!!」

 

 しまった。思わず全力で否定してしまった。案の定先生はまたおかしそうに笑っている。


 「まぁ、いいさ。とりあえずは悩んで悩んで悩み抜け。どうしようもなくなって行き詰ったら私じゃなくてもいい。誰かに相談してみろ」


 それだけ言い残して先生は去っていった。


 俺はその背中に向かって心の中でありがとうございます、と告げたのだった。


 ❀❀❀


 放課後。いつもなら俺はさっさと帰るところだが、帰る前にある人物に話しかけていた。周りに誰もいない一人のときを狙った。


 「あ、あーちょっといいか?」

 「ん?あー、竜胆か。うん、いいよ。どうかしたの?」


 話しかけたのは誰であろう花車大輝だった。(認めたくはないが)こいつの彼女である花藤さんはお花を摘みに行っているのか、教室にはいない。


 「あのさ、昨日の事、なんだけど」

 「昨日・・・うん」

 「俺、偶然見ちゃってたんだけど・・・花藤さんと二人で、教室にいたじゃん?それで花藤さん、なんかやらなかった?」

 「あはは、見られてたのか。まぁ、別にいいけど。・・・なんか、って?」

 「例えば、なんだけど・・・なんか粉みたいなものを振りまいた、とか」

 「あっははは、何それ。水樹がそんなことするわけないじゃん」


 くそ、笑われた。


 「は、はは。だよな」

 「俺が水樹に告ったっていうそれだけの話だよ」

 「・・・・・・・・」

 「竜胆・・・?」

 「花車ってさ・・・花藤さんのこと、好きだったの・・・?」


 俺は勇気を振り絞って核心に触れる質問をした。これは確認しておかなければならないことだ。


 「何言ってんだよ。そうに決まってるじゃん」


 彼は何を当たり前なことをとでも言いたげな感じでそう言った。


 「だ、だよな。わりぃ、じゃあな」


 俺は一方的に別れを告げて教室を去ったのだった。


 花車にあんなことを聞いたのはやつが花藤さんのことが好きという話を今まで一度も聞いたことがなかったからだ。何かやましい気持ちで彼女と付き合っているんじゃないか、という疑念があった。


 だが現実はそうではなかった。やはりあいつは良い奴なのだ。


 ただ自分でまた自分の傷を増やす愚かな行為をしただけだった。ああ、痛い痛いよ。


 ❀❀❀


 それから数日間、花藤さんと花車は楽しそうに毎日を過ごしていた。俺は見たくないのに彼女のことを見てしまって勝手に一人で苦しんでいた。


 花車と花藤さん。ふたりに変化が起きたのは一週間後のことだった。


 

 

 

 

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