スノードーム

尾八原ジュージ

スノードーム

 幼い頃、冬というのはもっときらきらした素敵なものだった。でもそれはみいちゃんという女の子が、スノードームの中のおうちみたいな可愛らしい家に住んでいたからだ。

 ぼくたちの家は隣同士で、仲のいい幼馴染みだったから、みいちゃんとは毎日のように一緒に遊んだものだ。彼女の家の裏には広い庭があり、雪が降った日には屋根や庭に積もった雪がそこに捨てられて、こんもりと山を作っていた。ぼく達はその山を掘って小さなトンネルを作ったり、ジャンプ台をこさえて橇で滑走したりしたものだ。

 軒先からつららが垂れるくらい寒い日に、わざわざ屋外でアイスクリームを作ったりもした。牛乳や生クリーム、砂糖なんかを水筒に入れて、雪の中で転がすのだ。自分たちで作ったアイスクリームは格別だった。散々遊んだ後のみいちゃんは頬が真っ赤に染まり、ぼくにはまるで天使のように愛らしく見えた。


 年をとるにつれ、みいちゃんと過ごした冬は、牧歌的な美しい思い出へとどんどん変わっていった。

 十歳のとき、みいちゃんたち一家はスノードームの家を捨ててどこかに行ってしまった。夜逃げしたのだと専らの噂だった。家は人手にわたり、住む人がいないまま取り壊されて空き地になった。そのときの落胆といったら、みいちゃんがいなくなったときと同じくらい深かった。長い年月が経ったけれど、そこは今も空き地のままだ。

 日々を過ごしていくうちに、ぼくはひとりで年をとり、冬はただ寒くて陰鬱なものへと姿を変えていった。橇も雪のトンネルも、お手製のアイスクリームも、初恋のひとも欠いた、ただ寒くて暗いだけの季節になってしまった。

 ぼくがスノードームを作り始めたのは、現実の冬に耐えられなくなったからだ。もうずいぶん作った。二十個から後は数えるのもやめてしまった。

 両親が亡くなって家族はもういない。偏屈さが祟って結婚する相手にも巡り合わなかった。家の中がスノードームだらけになっても、文句を言う人はいない。

 そのうち、中に入れるオーナメントも手作りするようになった。赤い屋根と茶色い壁の小さな家、お下げの小さな女の子……同じものばかり作っているから、それだけは上達した。


 ぼくはスノードームを作ること自体に慰めを求めていて、完成品にはさほど執着はなかった。かといって無造作に捨てるのもしのびなく、家の中には同じようなスノードームが溜まっていった。

 いよいよ置く場所がなくなってきたので、ぼくは出来のいいものを選び、SNSを介して売り始めた。思いがけず売れた。こんなものを買う人が結構いるんだなと驚いた。

 その中にひとり、注文と合わせてこんなメッセージを送ってきた人がいた。なんでもスノードームの中の家が、昔住んでいた家に似ていてびっくりしたのだという。女の子の姿も、当時の自分の髪型や服装によく似ているそうだ。

 ぼくはそのひとの宛先を確認した。名字は違っていたけれど、名前はみいちゃんと同じだった。途端に心臓が高鳴り始めた。ごくありふれた名前だから偶然かもしれない。でも、もしかしたら。

 よっぽどぼくの本名を明かして、覚えがないか聞こうと思った。でも、彼女がぼくの幼馴染みのみいちゃんだったとして、どうなるというのだろう。きっと、どうにもなりはしない。そう思うとメッセージを送ろうとした指が止まってしまった。

 それに、白状しよう。ぼくは怖かったのだ。ぼくの中で美しい夢として、あまりに理想的な形に膨れ上がったあの頃の冬を、大人になったみいちゃんに接することで壊してしまう気がした。彼女だけじゃない。ぼくだって、とっくに頭頂部の薄くなった中年男になっているのだ。もしも彼女の冬の思い出が、ぼくと同じように美しいものなら、そのままそっとしておきたいとも思った。

 結局ぼくは、そのメッセージをくれた人に、はっきりと何かを尋ねはしなかった。ともかく注文を受けたことは確かなので、スノードームはちゃんと送った。ただし在庫からではなく、新しいものを作った。そのひとがみいちゃんかどうか、はっきりと確認する勇気はない。だが、何かしら問いかけてみたかった。もしも彼女が本当にみいちゃんで、たまたまぼくのスノードームに出会ってくれたというのなら、それはひとつの運命だと思った。

 ぼくは細い木を削って小さな円柱を作り、銀色に塗って女の子の人形に持たせた。みいちゃんならきっと、水筒でアイスクリームを作ったことを思い出してくれると思ったのだ。

 スノードームは発送先に無事届いたようだが、規約どおり料金が支払われただけで、特別なリアクションはなかった。彼女がみいちゃん本人にせよ、別人にせよ、ぼくはそれでよかった。

 例の送付先も削除してしまった。ただ彼女のフルネームはつい記憶に焼き付いてしまって、今もまだ忘れることができない。そのひとがみいちゃんかどうかも定かではないというのに。

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スノードーム 尾八原ジュージ @zi-yon

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