エピローグ

 「自衛隊が出てくるなんて予想外だったよなぁ」

 「どうするんですか? こんな大ごとになるんだったら・・・」

 「何を今更。そもそもお前が『材料の連中に一泡吹かせたい』って言ったんじゃないか。俺はそれに手を貸しただけだぜ、横溝」

 「でも、先輩だって言ってたじゃないですか。同じ構造開発系として、材料の連中には一矢報いておきたいって」


 例のショットバーのカウンターで、横溝はハイボールのグラスを傾けて一気に煽った。そして空になったそれを「ダンッ」とカウンターに置くと、直ぐにお代わりを注文したのだった。まるで酒で忘れたいことでも有るかのように。


 「くっくっくっく・・・ 俺の掴んだ情報は全てに流してある。それをどう使うかは ──俺にはそれを使えるほどの権限は与えられてないからな── お前たち次第だったんだ。自分らの成した行為の顛末は、責任を持って見届けるんだな」

 「このままじゃ会社が傾きかねない・・・ このままじゃ・・・」


 男は隣の席で沈む横溝の肩をポンポン叩きながら、慰めるように続けた。


 「放っておきゃぁいいさ。野坂さんなら上手くやってくれるんじゃないか? 設計出身のあの人ならこれに乗じて、やりたい放題やってきた材料系の連中を一掃してくれるだろ。会社の膿みたいな連中だからな。

 ってか、彼もきっと、それを狙ってるんだと思うぞ。だからこそ堀田たちをまとめて昇進させ、火消しに当たらせたんだ。奴らを一網打尽で斬り捨てるつもりだと俺は睨んでる。それっくらいの古狸だ、ありゃ。

 ほらほら、何を落ち込んでる? お前の利害とも一致してるじゃないか?」

 「そりゃそうですが、先輩・・・」


 横溝の隣の席には、旨そうにクラフトビールを煽る神谷がいた。


 「まっ、もうじき定年の俺にはどうだっていいことだけどな。それにしても遅いな、アイツ。何やってるんだろう?」

 すると店のドアが開いて、カランカランとカウベルが鳴った。その下では、軽率そうな男が顔を覗かせていた。

 「おっ、いたいた。お久し振りです、神谷先輩」

 「おぉ、久し振り。元気にしてたか?」神谷は半身になって片手を挙げた。

 「えぇ、お陰様で。そいつのせいで・・・」そう言って松永は、奥側にいる横溝を顎で指した。「今じゃ、ちょっとした売れっ子ライターですよ。仕事が増えちゃって大変ですけどね」

 「ふふふふ・・・ そりゃ結構なことじゃないか」

 すかさず松永は、神谷を挟んで横溝の反対側の左の席に座る。

 「どうなんです? 防衛省がらみの件で、何か面白い話は無いんですか? 今の旬はこれですよね?」

 「馬鹿言うな。そんなに易々と、美味しい情報が手に入るわけ無いだろ?」

 「そりゃまぁ、そうでしょうけど。あっ、俺、マルガリータね」

 近付いてきたバーテンに、いつもの調子で注文する松永。情報が欲しいと言いながらも、彼が本当に欲しがっているわけではないことは明白だった。その証拠に、彼はさっさと話題を変えて昔話を始めた。

 「こうやって三人が揃うのなんて、学生んとき以来じゃないですか? 先輩はまだやってるんですか、コレ?」


 そう言って松永は左右の腕を交差させ、右手でハイハット、左手でスネアを叩く動作をした。そう、横溝と松永が学生時代に組んでいたバンドでドラムを叩いていたのは、同大学の二年先輩に当たる神谷だったのだ。


 「ば~か。この歳になってやってるわけないだろ。でも定年退職したら、また始めようかと思ってるんだけどな。どうせ暇だろ? 物置に埃を被ったドラムセットが眠ってるはずだ」

 「おぉっ、いいっすね! オヤジバンド! またやりましょうよ。俺、ベース弾きますから。横溝! お前、ギター弾けよな」

 松永が身体を乗り出して、神谷越しに横溝に言った。しかし横溝がその声に反応することは無く、落ち込んだま動かない。その様子を見た神谷は笑いながら、親指で横溝を指して言う。

 「あっはっは。コイツ、今落ち込んじゃってダメなんだ。『会社が潰れちまう~』つって頭抱えてんだから」

 「なぁんだよ、横溝。折角の再結成の夜だろ。景気良く行こうぜ!」


 ノリの悪い奴は放っておこうぜ、とも言いたげに神谷が話題を変える。


 「あっ、そう言やお前! 俺が卒業前に貸したAllman Brothers BandのLP、まだ返してないだろ! そうだ、Ten Years Afterもだっ!」

 「先輩。今どきLPはないでしょ、昭和じゃないんですから。今じゃCDすら見ませんよ。ネットからストリーミングですって」

 「そっか。そりゃそうだな。がはははは」

 「わはははは」



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20Rの向こう側 大谷寺 光 @H_Oyaji

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