ブシドー・ガンズオブ・パトリオット~今そこにある武士~

ジェイコブ・R・S・キング

第1話 忍び、負けてまう

「文恵ー、文恵! まーた、ソロバンで遊んで!」

 母さんが、またも怒り心頭である。


 けど、そんなの風とソロバンの前では関係ないのだ。

 足に取り付けたソロバンで、一気に野山を切り裂き、駆け巡り、そして蝶を追う。

 遠く遠くに見える、六本木タイムズ四角いビルの上で、竜の形の造形物から火炎が吐き出されている。


 水たまりの上を、ソロバンで駆け抜ける。

 水しぶきが気持ちいい。


 洞爺湖には、文恵の姿が映し出されている。

 それは、少年にも見えるような短い髪の少女であった。


「文恵ー、そんなことしてないで算数をなさい! ソロバンは算数のためなのよ!」


「カンケーないもん!」

 文恵は勢いよく返答。

「そんなの関係ない! そんなの関係ない! キャッハハハハ」

 古代の時代にあったというコメディアンの物まねをしながら、ソロバンで駆けていくのだ。

 全く、母さんはうるさい。

 私は、シノビ。

 忍術で、この世界の敵を切り倒すために修行をしているのだ。


「おうっ、文恵」

 わわっ、重三!?

 どきん、と文恵の心臓が一気に飛び跳ねて、ソロバンから転げ落ちてしまった。


「うわー!」

 眼を閉じて、衝撃を待つ。

 すとん、と温かい胸の中に文恵はいた。


「こんなソロバンの使い方じゃ、今に怪我するぞ?」

 イケている面構えの重三は、この忍びの里でも一番の腕である。

「ばかっ、重三オニイ、放してよねー。コドモじゃないんだから」

 文恵は拗ねたようにそっぽを向く。

「あっ、ひょっとして重三オニイ、私に興奮してる? 私のこと、抱っこしたかったんでしょ? 私も最近、体がくびれてきてるって母さんから言われるし」

「馬鹿なことをいうな」

 慌てて重三は、文恵を地面に降ろす。

 まったく、お堅いんだから。

 まるで仏像のようだ。

 けれど、重三は誰にでも優しくて、里で一番信頼されている。

 まだ十七歳で、私と一つしか変わらないのに、もう重要な任務を請け負っていたりするのだ。


「俺たちは、これでも豊臣家に仕える身なんだ。将軍大統領である、豊臣信秀様をお守りするためにな」


「そのために、刀に忍術にソロバンに、と」

「ソロバンは忍具じゃないぞ?」

「私にとっては最高の忍具なの!」

 文恵は笑う。

 何故か最近、重三といると体が火照ってくるのだ。


「豊臣家って、そんなに重要なの?」

 文恵は聞く。

「だって、私らは十年間なーんの仕事ももらえてないんだよ? 最近じゃ、『忍道より武士道』っていう噂もよく聞くしさ」

「将軍大統領はきっと、俺たちのことを考えてくれているさ」

 重三はそう言う。


「忍道をやっていれば、必ずお努めはくるさ」

「ふうん、そうなのかなあ」

 文恵はそう言う。

 遠く遠くに見える、六本木タイムズ四角いビルに、所せましとばかりに並べられ、道路上を走っていくトヨタの車。

都市オオエドには、私たち忍者は近づけないと定められているけれど、あんな魔法みたいな世界にいつか行ってみたい。


「いつか、あそこに行けるかなあ」

 文恵はそう言う。

「お前なら、どこにでも行けるさ」

「ううん、私は重三オニイと行きたいの!」

 思い切ってそう言ってから、なんだか恥ずかしいことを言ったことに気づく。

「俺と・・・? よせよ」

 重三は照れてうつむいている。


「お、お前だったら別の男がいるだろう? 里では一番の器量なんだから」

「ええ? 私って器量がいいの?」

 文恵はそんなこと初めて聞いた。


「・・・お前ほどの器量よしは、”都市オオエド”にもいないさ」

「・・・? ねえ、重三オニイって、都市オオエドに行ったことがあるみたいに話すね」

 忍びは絶対に都市オオエドには行けないはずだ。


「・・・まさかな。そんなはずが・・・」

 次の瞬間、重三は何か異変に気付いたように、草むらを見ていた。

「・・・? オニイ?」

 重三は、

「まさか・・・予定と違う」

 とつぶやき、文恵の腕を掴んでいた。

「オニイ!?」

「隠れろ!」

 その重三の太い腕が、破裂音と共に千切れ飛んでいた。

「ぐ、うううう!」

 文恵はあまりの事に声も出せなかった。

 里で一番の剣士の重三。

 その腕が千切れ飛んで宙を舞っているのだ。


「逃げろ・・・! 文恵!」

「オニイを置いていけるか!」

 ソロバンを履き、重三を背負って坂を下りていく。


「重三オニイ、傷は浅いぞ!」

「はは・・・『忍道・仲間が重傷の時』の教科書の通りに、言うなよ・・・腕が無くなってるんだぜ?」


 坂を降りて、ともかく母さんたちと合流だ。


「みんなー! 敵襲だ・・・!」

 しかし、文恵が見たものは。

 それは、”地獄のファイア”だった。

 生まれ育った里は、火煙に包まれ、文恵の家もまた焼かれていた。

 恐るべき巨大な、機工武士獣ブシドー・ビーストは、その機械仕掛けの体躯をしならせながら、時折、口元から”灼熱のファイヤー”を吐き出し、里の忍びを焼く。

 刀や手裏剣では、傷一つつかないのが機工武士獣ブシドー・ビーストである。


 その赤い眼が、文恵を射抜く。

 恐怖が縛ってくる。

 大蛇に睨まれたカワズだ。

「ぐ・・・逃げろ」

 背後からの重三の声で我に返る。

 そうだ、自分には呆けているヒマはないのだ。


「しっかり捕まって! 重三オニイ!」

 ソロバンでのダッシュだ。

 このソロバンに追いつける者なんか・・・


『―ジュウゾウ、発見―内通者のジュウゾウを発見―重傷のために保護します―』

 機工武士獣ブシドー・ビーストがそう言った。


(え・・・? 内通者の重三?)


 そう思った瞬間、機工武士獣ブシドー・ビーストは文恵を、鉄の縄で捉えて縛り上げていた。

「ぐああああっ」

 激痛。

 このままでは、腕が体から切り離される。


「おい、約束と違うぞ! 文恵には手を出さないはずだぞ!?」

 重三は、そう怒鳴っていた。


「重三・・・オニイ・・・?」

 そんなバカな。

 何かの聞き間違いだ。

 里で一番信頼されているオニイが・・・


「そんな忍者との約束なぞ、我ら武士が守ると思うたか?」

 

 機工武士獣ブシドー・ビーストの頭が開き、中からは金色の髪の女が出てくる。

 かなりの美麗で、足も長い。


「我らの狙いは、重三の剣の腕のみ! これより、世界から忍者は消滅する! 武士道と忍道の勝負、ケリはついたのだ。これからは、武士道のみが豊臣家を守る・・・! 文恵と言ったな、まずは邪魔なお前から燃やしてやろう」


 うつろになる文恵の眼の前に、機工武士獣ブシドー・ビーストが口を開き、中からは灼熱のファイヤーのための熔岩が流れていた。


(ウソだ・・・重三オニイ・・・・)


 視界は暗くなった。

 



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