墓標
ショウタは、声を出せないままに、ひたすら前を向いて歩いていた。コンビニを後にしてからすでに二十分近く、ショウタはこうして黙ったまま歩き続けていた。耳に入るのは、ひたすらガスマスクが風を切る音と、不快なガイガーの音だけだった。ショウタはついに、静寂に耐えられなくなった。
「…あのさ…」
ショウタは後ろにいるシオリに振り返った。シオリは、何も言わず少し首を右に傾けた。ショウタは一瞬迷ってから、二つの質問のうち、無難な方だけを口に出した。
「…もう、コンビニは寄らなくて良いかな?」
「……うん、もう鞄パンッパンだし…」
シオリは、背負っている大きな鞄を右手で叩いた。
「……わかった」
ショウタは、また前に向き直ると、黙り込んでしまった。ショウタは、コンビニのアンドロイドのことを思い出し、そして、それを一心不乱で叩き壊すシオリの姿も、生々しく思い出してしまった。ガスマスクのせいでシオリの表情は見えなかったが、ショウタにはその顔は無表情に、あるいは優しさを湛えた微笑みの表情だったような印象を受けていた。彼女にとって、あの行為は「救い」であったのは間違い無いだろう。しかし、彼の目にその光景はあまりにも残酷に映った。そして、それが人間ではなく、人間を模した何かに与えられた「救い」であるという事実が、その残酷さをより鮮明にするように、ショウタには思われた。
「……つかないねぇ…」
後ろから、シオリのぼやき声が聞こえたことで、ショウタは我に帰った。咄嗟に手元の端末で地図を確認しながら、あたりを見回した。だが、風もつよく、スモッグの影響でほとんど周りは見えなかった。
「…この辺りだと思うんだけどね…」
「……迷ったとかやめてよ…」
シオリが冗談っぽく言った。
「戻るのは可能だから大丈夫」
ショウタは、少しの時間考えた。
「…ねぇ、聞いても良いかな?」
後ろを振り向きながらショウタは聞いた。
「というか、教えて欲しいんだ…東京タワーの話」
「…んー」
シオリは少し悩んだような声を出した。
「…別に特別な場所って訳じゃなくてさ…お父さんと、お母さんに連れてってもらって…」
一つ一つを思い出すように、ゆっくりとシオリは続けた。
「写真で見るよりもめちゃくちゃ赤くて、首が痛くなるほど見上げて…ガラス張りみたいになってる床がめちゃくちゃ怖くて…」
ショウタは、だんだん震えていくシオリの声を、ただ黙って聞くしかなかった。
「そのうち疲れちゃって…お父さんにおんぶしてもらって…なんだかとても楽しくて………それでまた行こうねって……」
そこまで喋ったところで、シオリは歩みを止めた。そして、ショウタの後ろ側の方を覗き込むような動きをした。
「……あ……」
シオリが一言そう呟くと、ショウタを押しのけてその向こうへ走り出した。ショウタも、慌ててその後を追った。
「…ちょ…ちょっとシオリ、どうし……」
言いかけたところで、ショウタもその視線の先にある大きな物体に気がついた。スモッグでよく見えなかったが、そこにあったのは少し大きな鉄屑の山だった。ショウタは、まさかと思い一歩近づいた。そして、それが薄く赤色に色づいていることに気がついた。すぐに手元の地図を確認する。手元の地図の真ん中には、目的地を指し示す赤い印が点滅していた。
「……」
ショウタとシオリは、何もいえな言えないままに、その赤い鉄屑の山を眺めていた。
「……」
ショウタは、視線をシオリの方に移した。シオリの横顔からは、なんの表情も読み取ることもできなかった。
「…んふふ…ふふ………ははははぁっ…」
突然、シオリが奇妙な声で笑い出した。
「…お…おい…シオリ?」
ショウタが声をかけた途端、シオリは背負っていた鞄をおろし、鉄屑の小山に右手を引っ掛け、そのまま登り始めた。
「…シオリ!…何してるんだ!?」
ショウタが、シオリを止めようと声を張り上げたが、シオリは変わらず気味の悪い笑い声を出したままに、瓦礫の山をよじ登っていった。ある程度安定した足場まで登ったところで、シオリは声を張り上げた。
「ねぇ!見てよ!」
シオリは、残った赤色の鉄屑の上に立ち、両手を大きく広げた。
「かつて!…多くの人々が憧れや誇り、尊敬の目で見上げていたこのタワーは、今や砂埃をかぶった鉄屑の山になった!」
シオリは、瓦礫の上からショウタを見下ろしながら叫んだ。
「かつて大きな損失から立ち上がり、その喜びを世界中に知らせたこの場所は今、世界中に滅びを伝える場所になった!」
ショウタは、呼吸をするのも忘れて、腕を大きく開いたシオリを見上げていた。
「隆盛を誇った人類の時代は、ついに終末を迎えようとしている!ここが、その中心地なんだ」
シオリは、両腕を下ろした。
「ねぇショウタ…ここは墓標なんだよ…」
シオリは、足元を踵でコンコンと軽く叩いて言った。
「私は今…何千何万の時代の、何億何兆もの人々の想いの、その墓標の上に立ってるんだ」
シオリは、顔を少し上の方にあげた。
「楽園を追い出された二人から始まった人類の歴史は…ついに私たち二人に収束するんだ…」
ショウタは、ただひたすらにシオリの声に聴き入っていた。すると突然、スモッグの隙間から太陽の光がシオリに降り注いだ。ショウタが見つめていた彼女のガスマスクの顔。その目が確かに、寂しげに、悲しげに光った。
ダスティーシティー エイトシー @Eight-C
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