引導
「ところで…随分大声を出しながら置き去りで逃げ出してくれたもんだねぇ?」
ショウタは嫌味を込めてシオリに言った。
「…いやいや…ショウタさんならきっと大丈夫だから、助けでも呼びに行こうかと…」
「助けねぇ…緑色のモンスターとか?」
「許してよー…マジで死亡フラグだと思ったんだってぇー…もう逃げるしかないって囁いたんだってぇー…私のゴーストが…」
「随分弱々しい少佐だこって…」
言いながらショウタは、店の内装に目をやった。ほとんどガラクタ同然で、とても食べ物がありそうには見えなかった。
「…これは…ハズレか?…」
ショウタは、諦め半分でつぶやいた。
「まぁまぁ、諦めるのは早いです、旦那…」
シオリが倒れている破片のそばをゴリゴリとかき分けた。
「みっけ!」
シオリが缶詰を高々と掲げた。
「…それ猫の餌だぞ」
シオリは、持っていた缶詰をよく見た。缶には、大きな猫の顔がプリントされていた。
「……いいから早く手伝え、よっ」
シオリは持っていた缶詰を思い切りこちらに放り投げた。ショウタはひらりと身をかわした。
「はいはい」
ショウタは一番大きな瓦礫に近づき、よいしょっとひっくり返した。
「ぱわふるぅ…」
シオリがショウタを茶化した。ショウタは、特に言い返さずにその場でしゃがみ込んで、砂埃を払った。見ると、どうやら日用品の棚だったらしい。
「…あー、これは要りたいかも…」
シオリが歯ブラシの入った小袋を拾い上げた。
「缶詰は…無さそうだな…」
ショウタは立ち上がり、より奥の方の棚へ進んでいった。そして、奥にあるもう一つの棚をひっくり返した。ショウタはマスクのグラスを擦りながら足元を覗き込んだ。やはり砂埃がかぶっていたが、今度ははっきりと、「さば」の文字が見えた。
「今度は当たりだ!」
ショウタはシオリに向かって言った。シオリも振り返って、ショウタのそばによった。
「どれどれ…おっ、サバ缶あるじゃん!」
シオリが、見えていた缶詰を拾い上げて、ラベルを手で拭った。ショウタもしゃがみ込んで、手前にある缶詰を一つ拾った。
「…焼き鳥げっと」
「…おっ、レトルト系も結構残ってるっぽい…」
シオリが、何かの紙箱を持ち上げて言った。
「…でも、中身が無事かどうか…」
「なら、数を持っていくまでよ…」
シオリはそう言うと、鞄を下ろして中に落ちていた缶詰やらレトルトの紙箱やらを入れ始めた。ショウタも、鞄を下ろして中に食料を詰め始めた。
「味噌煮派?水煮派?」
シオリが、二つの缶詰を見比べながらショウタに聞いた。
「…味噌煮派」
「なら迷いは無いな」
そう言うとシオリは、左手に持っていた缶詰を遠くへ放り投げた。
「…何も放り投げなくても…」
「…まぁでも、そんなに何日分もあったって…」
シオリが言いかけて言葉を止めた。すると、レジの方から、まだ機械音声がボソボソと聞こえてきた。シオリも気づいたようで、レジの方をちらっとみた。
「…電気は少しきてるんだな」
「まぁ、風力やら太陽光やらも増えてたからね…」
シオリはそう言うと、カバンのファスナーを閉めた。すでにカバンは、かなり大きく膨らんでいた。
「…ショウタは終わった?」
「…うん、まぁ、このくらいかな…」
ショウタもファスナーを閉め、鞄を背負い込んだ。
「それじゃあ行こうか」
「あぁ…ちょっと待ってて…」
シオリは、背負おうと持ち上げた鞄を下ろした。そして、あたりをキョロキョロと見渡し始めた。
「…まだ何か?」
シオリは答えない。ふと、シオリは何かを見つけて端の方へと歩いていき、そこに落ちいている何かを拾い上げた。どうやら、棒状の鉄の廃材のようだ。杖か何かにでもするつもりなのかと、ショウタはシオリを見ながら考えていた。するとシオリは、その鉄棒をもったままレジの方に向かった。そして中に入ると、鉄の棒を大きく振り上げ、足元に振り下ろした。ガコンという大きな音が響いた。ショウタは驚いて立ち上がった。シオリは、何度も何度も足元の何かに鉄棒を振り下ろした。その度に、まるで怪物の足音のように不気味な、大きな音が響いた。
「…お、おい、何やってんだよ?」
ショウタはシオリに向かって聞いたが、シオリは答えなかった。ショウタは、シオリに近づいた。シオリはまだ、何度も何度も足元に鉄棒を振り下ろしていた。ショウタがカウンターのそばまでくると、シオリは動きを止めた。
「…ふー」
シオリは、大きくため息をついた。ショウタは、カウンターの中を覗き込んだ。見るとそこには、頭部を粉々に破壊されたさっきのアンドロイドがいた。
「お…おい、一体…」
ショウタはシオリを見た。シオリは、やっとショウタの方に気づいたようで、驚いたようなそぶりを見せた。
「んぁあ!?…ごめんごめん…ちょっとね…」
「ちょっと?何が?」
「……なんて言ったらいいかな…」
シオリは持っていた鉄棒を落とし、右手を口元に持っていきながら考えた。
「…このまま誰もいない世界で、ただ一人きり永遠に存在しているのが…なんていうか……可哀想な気がして…」
シオリは、口籠もりながら答えた。その口調には、妙な清々しさというか、諦めのようなものがあった。
「…早く行こう」
ショウタは、一言そう言うと、入り口に向かって歩き出した。シオリも、荷物を拾いに戻り出した。ショウタは、カウンターの残骸に目をやった。かろうじて残っていた頭部は跡形もなく破壊され、もうピクリとも動かず、なんの音も出さない。ただ、旧都に足を踏み入れた時と同じ静寂が、そこには広がっていた。
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