第13話 昇格と次の依頼は

「あなた方のことですから成果については心配していませんでしたが、まさかここまでとは……。」

 ギルドに到着した僕たちは、ゴブリン討伐依頼を清算するべくシルビアさんの窓口へ来ていた。

 ゴブリン討伐の清算をお願いし、右耳と魔石を計20組提出する。中にはもちろんゴブリンマジシャンとゴブリンソルジャーのものも含まれている。そして冒頭の発言である。


「よくこれだけのものを二人だけで……。」


「ゴブリンマジシャンとゴブリンソルジャーが同時に現れた時はちょっと危ないかもって思ったけど、アキラのおかげで危険な目に遭うことは無かったわ。」


「正直なところそういった事態が発生した場合は速やかに逃走を選んで欲しかったですが、良いでしょう。それだけの実力を持っていたという事にします。」


 二人の会話を小耳に挟みつつゴブリン達との戦闘を思い出す。ただのゴブリンについては今回の討伐で知能が非常に低いことが分かった。基本的には直線的な動きしか行わないため、対処には困らない。

 ゴブリンマジシャンについても魔法攻撃というものを使用してくるが、油断をしない限り問題ない。魔法を一発撃っただけで力尽きるような相手であるためこちらも対処が容易だね。

 問題はゴブリンソルジャーだ。一見ただのゴブリンと大した違いは無いように思われるが、知能が飛躍的に上昇していた。

 単に剣と盾を使い振り回してくるというわけではなく、剣と盾を装備して戦闘を行うということが可能だったからだ。

 振り下ろした剣を避けられ、反撃された際に盾を使い防御する。防御して動きが止まった相手にすかさず反撃を加える。かなり戦闘経験が有ると見て良いと思う。

 魔物が進化して上位存在としてのポテンシャルを得るのか、熟練度が高かったのかはわからないけど、同種族でも上位に位置する相手は油断できないという事がわかった。

 対魔物戦においてかなり重要なことを知ることができて良かった。


「――これだけの成果があれば十分資格はあるでしょう。少々お待ちください。」


 リリィと話していたシルビアさんがそう言うと席を立って奥に下がっていった。


「あれ? シルビアさんどうしちゃったの? そのまま清算して終わりだと思ってたのに。」


「聞いてなかったの? 冒険者ランクの昇格があるみたいよ。アキラのランクが上がるんじゃないかしら?」


 へぇ、ランクが上がるのかー。僕だけ?


「リリィは上がらないの?」


「私は先日昇格したばかりだもの。早すぎるわよ。」


「それを言うなら僕も冒険者になったばかりだけど……。」


「そうなの?」


「うん。」


 二人してなんで? と腕を組み首を傾げているとシルビアさんが戻ってきた。


「おめでとうございます。アキラさん、リリィさん。アキラさんはEランク、リリィさんはDランクへ昇格です。」


 なんと二人一緒にランクが上がるようだ。


「ちょっと待って。アキラはともかく私まで? かなり早すぎじゃない?」


「僕はまだ冒険者になったばかりですよ?」


「確かにアキラさんは先日冒険者になったばかり、リリィさんに関してもまだEランクへ昇格したばかりです。しかしアキラさんもリリィさんも共に依頼達成の期待値を大きく超える成果があります。また先日の一件でCランク冒険者に匹敵する戦闘能力が見込まれます。」


 依頼の成果だけじゃなく冒険者同士のいざこざまで加味してるんだね。ダンツ達との件は自己責任としてギルドは関係が無いと言い張ることも可能なのに。


「戦闘に関してはアキラの方がかなり高いわよ。むしろアキラの方がDランクに昇格すべきじゃないかしら?」


「正直なところ、私も同意見と言わざるを得ません。ただランクを飛び級させるということそのものの事例がないため、承認されるまでにここの支部長の承認や議会へ飛び級についての承諾をお伺いしなければいけません。そうなればいつDランクに成れるのかわかりませんし、返答を待っている間にアキラさん自身でDランクへ昇格できてしまうかもしれないですから。」


 ギルドもお役所仕事という事だろうか? 大きい組織にはどうしても付いて回る問題だね。


「でも――。」


「――それにアキラさん自身がDランクへすぐに成れなくても問題が無いと思いますよ。」


 ん? 僕自身がDランクへすぐに成れなくても問題がない?


「それってどういうことですか?」


「パーティーランクは所属メンバー内において、極端なランク差や実力差が生じていない状態であれば、所属メンバーの最高ランクが適用できるからです。ですからリリィさんがDランクへ昇格すれば、そのままアキラさんもCランクまでの依頼が可能という事です。実力差などに関しては私が問題ないことを保証致します。さらに言えば、アキラさんの実力の方が上であるということをリリィさん自身が仰っていますし、特に支障は無いと思われますが?」


 確かにパーティーランクで考えればどちらがDランクであっても問題は無い。今すぐではなく後からランクが上がっても問題無いのだ。


「特に問題無ないならこのまま手続きしちゃっていいんじゃない?」


 僕は特に飛び級に拘りも無いのでリリィにそう言って促した。


「……そうね。昇格の件、承諾するわ。」


「ではすぐに手続してしまいますので、お待ちください。」



 ・

 ・

 ・



「改めまして、アキラさんはEランク、リリィさんはDランクへ昇格しました。」


 ギルドカードを受け取ってみるとFランクからEランクへ変わっていた。これでルーキーを卒業だね。あっという間だったけど。


 この後更にゴブリン討伐の清算を終わらせると、シルビアさんがこんな話を持ち掛けてきた。


「現在ギルド内で滞っている依頼がありまして、冒険者の方々に受けていただくように持ちかけているものがあるのですが……。」


 依頼書を見てみると、とある食堂の店主宅に関する依頼だった。

 依頼書の内容は時々豹変してしまう息子を助けてほしいというものみたいだ。

 シルビアさんによると一カ月ほど前から張り出されていた依頼らしく、これまでにもいくつかのパーティーが依頼を受けたが、いずれも失敗してしまうということだ。

 なんでも子供が突然豹変すると普段からはあり得ない力を発揮して抵抗してくるようだ。これ自体は腕っぷしの立つ冒険者であれば対処が可能で、取り押さえている間に子供は気を失い、目を覚ますと正常に戻っている。

 正常に戻った子供にその時の記憶もないという。

 この繰り返しで結局原因はわからずじまい。そして依頼失敗の流れらしい。


「何かに憑りつかれるとかではないんですか? お化けとか――。」


「お化け!?」


「ちょっといきなり大きな声出さないでよ。びっくりするじゃないか!」


 隣でいきなり大きな声を出すリリィに驚いてしまった。


「ご、ごめん。」


「……そういった類のものは総じて迷信であることが証明されつつあります。レイスなどの魔物は存在しますが、所詮魔物です。そのレイス系の魔物に詳しい聖職者でも結局原因がわからなかったみたいです。教会にも匙を投げられてしまいました。」


 シルビアさんから返答があった。お化けが迷信、ねえ……。


『ランドってお化け見たことある?』


『あ? んなもん見たことあるわけないだろ。子供騙しにも程があるぞ。』


『……そっか。』


『なんだ? なんか言いたいことでもあるのか?』


『いいえ何でも御座いません。』


『……急に丁寧な言葉使われると背中がむずむずするぞ。』


 お化けが迷信だというならランドの存在って? などと思いつつ考える。

 霊的な存在はレイスのような魔物に限定されているような口ぶりだ。

 生前の世界のようなスピリチュアルのようなものが存在しない世界。

 もはや誰の手にも付けられない状態。

 本当に?

 ランドがルビーの中にいるのは?

 女神様の為す御業?

 それにしても豹変、か……。


「正直厳しいと言わざるを得ませんが、いかがでしょうか?」


 誰がどう見ても無理と言うであろう依頼だ。

 おそらくベテランの人が対処したこともあるだろう。その上で数々の人が失敗してきた依頼。

 依頼が出されて一カ月。子供の家族は困り果てているだろうね。

 ある日突然子供が豹変してしまったとなれば、一体両親はどんな気持ちでいるのか。

 普通なら手を出さないような依頼。

 だけど僕はイレギュラーを知っている。

 なんなら身近に存在している。

 それにちょっと心当たりがある。


「この依頼を受けます。」


「ちょ、ちょっといいの? この依頼ほぼ達成できる見込み無いじゃない。そ、それにお化けかもしれないんでしょ?」


「お化けかどうかは原因不明だから何とも言えないよ。迷信だって言うし。ただこの子の家族がとても悲しんでいるんだと思ったら、受けなきゃなって思って。」


 家族の何気ない日常が突然破壊されてしまった状態のまま一カ月が経ってしまっているのだ。何とかしてあげたいと思う。

 それにしてもリリィはやけにお化けに反応するじゃないか。


「もしかしてお化け怖いの?」


「そ、そんなわけないじゃない! た、ただのお化け如きなんてことないわ!」


「……あ、後ろにお化け。」


「ギャーッ!?」


 僕が後ろを指さして言った次の瞬間、勢いよく僕の後ろに回り込み縮こまってしまった。おおう。想像以上だ。


「ご、ごめん。見間違いだったよ。」


「こ、この馬鹿! ちゃんと目を見開いて回り見なさいよ!」


 リリィに立ち上がり際に怒られてしまった。まだ足が震えているけど見なかったことにしてあげよう。


「……本当に依頼を受けるという事でよろしいでしょうか?」


「はい、受けます。リリィもいいよね?」


「し、しょうがないわね。わかったわ、受けましょう。」


「わかりました。ではこちらの依頼を受理します。……それではこちらが依頼書の写しになります。その写しを依頼主に見せることで依頼を受けた証明になりますので、無くさないようお願い致します。」


「ありがとうございます。」


 依頼書の写しを受け取ると、僕たちはギルドを後にした。

 さて、謎の現象に困っている家族を助けよう!



 ・

 ・

 ・



  -シルビア-


 アキラさん達がギルドを後にすると、支部長に声をかけられました。


「いいのかシルビア。彼女たちは任せてほしいという話だったからいろいろと黙認するつもりでいたが、少々強引にも取れるぞ。まだどちらも昇格には早いと思うが。」


「すみません、支部長。ですが彼らならば問題ありません。Dランクはもとより、比較的程度の軽いCランクの依頼にも十分対応できるポテンシャルを持っています。アキラさんに関してはもしかしたらそれ以上の可能性も。」


「……それはお前の姉からの情報か?」


「ええ、姉さんからいろいろと面白いお話も聞けました。一体どこでどんな鍛錬を積めばあそこまで自身の身体を最適化できるのか、と興味深いようですね。」


 アキラさんと初めて会った翌日、姉さんからもアキラさんに会ったと聞きました。その際に話してもらった内容から加味すると、アキラさんはかなりの実力者であることが伺えました。

 その後に起きたCランク冒険者との事件の解決は、ある意味では当然の結果だったのではとも思えます。


「あまり人様の秘密を詮索するものではないと常々言っていたはずだが。」


「姉さんの長所であり短所でもありますから。私からも言い聞かせておきます。」


「お前も、だぞ。」


 おや、私には何の落ち度もありませんが、一体何を仰っているのでしょうか。


「私は問題ありません。」


「どうだかな。」


 あまり信用していないと伺える表情の支部長に少々眼を鋭くして見つめると、咳ばらいをしつつ次の話題を話し始めた。


「お前の勧めていた依頼、達成不可依頼として処理を行うものではなかったのか?」


 達成不可依頼。

 依頼解決の失敗が連続して五組以上、あるいはギルド内の会議で依頼の達成が不可能であると判断された場合に処理されるものです。

 達成不可依頼とされた依頼の依頼主には、報酬の返金と同時に違約金の支払いを行います。

 中にはこの制度を悪用する人も存在しており、依頼者が意図して難解なものを指定して依頼してくる場合もあります。その場合はそもそも依頼を受け付けることはしないですし、悪質であると判断された場合は逆に罰金を科される場合もあります。

 そのため達成不可依頼として処理される依頼はそうそう発生するものではありません。

 今回の依頼はまさに五組が挑んで失敗した依頼です。その上で教会もお手上げであるとなれば、なおの事達成は不可能であると考えられます。


「確かに達成不可依頼として処理するものでした。しかしながらあの二人は目覚ましいほどの成果を見せています。かなりの実力を秘めているでしょう。その二人であればあるいは、と思いまして。」

「お前たちのように、か?」


「私達が果たして達成できるかはわかりかねますが、いずれは私たちをも越える存在になる可能性はあります。」


「それは楽しみだな。」


 そう言いながら笑顔を見せつつ去っていく支部長。その背中を見つめつつ、件の新人二人を思い出していました。

 リリィさん、アキラさんを泣かせるようなことがあったら容赦しませんよ。

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