第12話 ゴブリンという魔物は

 ここは冒険者ギルド。

 掲示板の前にやってきた僕とリリィは一つの依頼書を見ていた。


 ゴブリン討伐。

 僕は隣にいるリリィを見た。


「なによ。ゴブリン退治なんてアキラが居ればなんてことはないでしょ。」


「いやできるかどうかよりも本当にいいの? あんなことがあった後だし……。」


 あんなこと。あの大男――もといダンツによって騙され岩場まで連れてこられた事件。誘い文句はゴブリン討伐だったというから嫌厭けんえんする内容かと思ったのに何ともないという顔をしている。


「あんなことって言っても未遂じゃない。いちいち些細な事を気にしていたら何も出来なくなっちゃうじゃない。」


 些細、ね。思い返せばジョセフさん達と岩場までついてきていたから、本当に何とも思っていないんだね。


 改めて依頼書を見てみる。

 内容は近くの森に生息しているゴブリンを討伐する常設依頼だ。

 清算の受付は五体からで、討伐証明は魔石と右耳みたいだね。

 特記事項は特になし。


 ファンタジーの王道ともとれる代表的モンスター、ゴブリン。

 例に漏れずこの世界のゴブリンは魔物として存在している。


『魔物たちは魔力と瘴気の清浄化を担当してるの。』


 女神様の言っていた言葉を思い出す。

 魔力と瘴気の清浄化。誕生と同時に存在理由の七割を終える存在。

 ただしゴブリン達は繁殖力が旺盛で、女性を攫ってはその身体に種を植え付ける。非常に厄介極まりない存在だ。

 また体が大きく力も強いオークだって存在しているけど、こちらも似たようなものである。


『ねえランド。彼らはどうして直接的に人へ危害を加えてくるんだろ?』


『はあ? んなこと考えたこともねえな。ああでも女神さんの話を基に考えりゃ、人々のためのいい練習台ってところじゃねえか? ゴブリンはEランク、オークはDランクからCランクの冒険者が対処できる相手だしな。あとオークは肉が美味いぞ!』


 なるほどね。身近の脅威且つ良い練習相手か。あとオークは食料になる、と。強力な動物や悪人、魔物などが跳梁跋扈するこの世界にとってみれば、ゴブリンやオークで戦い方を学んで脅威に立ち向かえるようになってくれという神様の計らいなのかな? だとしたらもうちょっと生きやすい世の中にしてくれてもいいのにと思うのは、僕がそういった脅威が少ない世界から来たからだろうか。僕自身はそこまで平和だとは思わなかったけど。


「ほらアキラ。何そこで突っ立ってるのよ。さっさと行くわよ。」


 おっと、物思いに耽っていたらリリィに急かされてしまった。


「うん、ごめん。行こうか。」


 さあ、ゴブリンの討伐に出発だ!



 ・

 ・

 ・



 カルツォーから北へ1時間ほど進んだ場所にある森、ここに件のゴブリンが生息しているようだ。

 辺りを索敵しつつ一つランドに質問しなければいけない事を思い出した。


『ねえランド。そういえばゴブリンってどんな魔物なの?』


『お前ゴブリンも知らないのかよ。いや、アキラはこっちの人間じゃなかったな。』


『向こうにもゴブリンの存在は物語上では存在していたんだけどね。生態が似ていたとしてもやっぱり生の声には敵わないかなって。』


『そりゃそうだ。』


 ランドに聞いたところ、概ね僕の抱えていた情報との乖離はそれほどなかった。

 子供のような背丈で、肌は深緑色。布切れを服にして、手に棍棒などの簡単な武器を持つ。基本的には三体から五体で行動できるほどの知能を保有している。たまに一体で行動するはぐれ者もいるとか。討伐推奨人数は三人から。

 うん、足りないじゃん! 人数足りてないよ! リリィさん、何をもって僕なら大丈夫だって思ってたの!?


「リ、リリィさんや。ゴブリンの討伐推奨人数って知ってる?」


「なによ今更。三人からでしょ?」


「僕たち二人だよ? しかも後衛と一応前衛? みたいなやつ。」


「何も心配いらないじゃない。少なく見積もってもアキラだけで五人分くらいじゃない。ブロンズランク相手にして無傷なんだから大したことじゃないでしょ?」


 それはそれは信頼がお厚いことで。

 確かにダンツ達はCランク。不正を働いていたかはどうあれ、Cランクの実力はちゃんと持っていただろう。

 場合によってはもっと群れていても切り抜けられるかもしれない。


 そうこうしているうちに遠くから微かに気配がした。

 僕は軽く手を挙げて立ち止まりつつリリィに合図を送る。

 するとリリィがやや周りに気を配りつつ訪ねてきた。


「どこ?」


「十時――、えっと、左斜め前の方向だね。」


「わかったわ。」


 リリィがメイスを構えて立ち向かう姿勢となった。

 僕はリリィを庇うような位置で気配のした方に目を向ける。

 やがて一分もしないうちに相手が姿を現した。ゴブリンだ。

 全部で五体。棍棒が三体で、一体は杖のようなものを持っている。そして残る一体はボロボロの剣と盾を装備していた。


「まずいわ。ゴブリンマジシャンとゴブリンソルジャーよ。」


 リリィがメイスを力強く握るのがわかった。

 あまり油断できる相手じゃないということだね。


『ランド、ゴブリンマジシャンとゴブリンソルジャーの特徴は?』


『ゴブリンマジシャンは簡単な攻撃魔法が使える。ゴブリンソルジャーは他の奴よりちょっと強い。以上!』


『……ありがとう。』


 あまり聞きたかったことが聞けなかったような気がするけどまあいいや。


「リリィはゴブリンマジシャンをお願い。他は僕が何とかする。」


「任せたわ。」


「キヤー!」


「グッグッ!」


 僕がリリィに指示を送った直後に棍棒を持ったゴブリンが二体迫ってきた。

 どちらもただ闇雲に突っ込んで来ているような形だ。まるで連携という概念を知らないかのようだ。せっかくバランスがいいパーティーなのにな。

 その背後からゴブリンマジシャンの詠唱のようなものが聞こえた。


「"ア゛グ ウエ ボーウ"!」


 よく聞き取れなかったが直後、不完全ではあるが真っ赤な火の玉がこちらに飛んできた。

 速度はそれほどでもないがゴブリンより速くこちらに飛んでくる。森の中で火はやめなよ!


「"ナヤ サン シールド"!」


 後ろからリリィの声が聞こえたかと思えば、前から迫ってくる火の玉を何かが包み込んで消滅させた。ナイス!


 僕は目の前から脅威が消えたことを確認すると迫りくるゴブリンに肉薄する。

 僕の急接近に驚いた顔をゴブリンはしたけど、僕は気にするでもなくそのまま首筋にナイフを滑らせた。その勢いで、もう一体にも近づき同様に首筋を切りつけた。二体のゴブリンが倒れる頃にリリィがゴブリンマジシャンに攻撃を仕掛けた。


「"マグ ガル ランス"!」


 ゴブリンマジシャンに槍状に尖った石礫が放たれた。

 しかしゴブリンマジシャンは応戦することができなかった。どうやら最初の魔法で大分気力を使い切ってしまったようだ。燃費悪いのかな?

 どうすることも出来ずにゴブリンマジシャンはその額に石の槍を受けて倒れた。


 残るは二体。もう一体残ったゴブリンとゴブリンソルジャー。


「ギャギャギャ!」


 最初に仕掛けてきたのはゴブリンソルジャーだった。


 僕に目掛けて剣を振り下ろしてくるゴブリンソルジャー。

 僕は半身になって避けつつ態勢の崩れている相手にナイフを立てようとする。

 しかしゴブリンソルジャーは態勢が崩れている状態であるにもかかわらず、片手に持った盾で僕のナイフを受け止めた。

 その間に残っていたゴブリンはリリィへと駆け出した。


「しまった!くっ!」


 僕はゴブリンへ駆け出そうとしたがゴブリンソルジャーに阻止されてしまった。まずいぞ!

 僕は再び切り付けてくるゴブリンソルジャーの剣を避け力いっぱい蹴りつけた。


「えいっ!」


 ゴブリンソルジャーは盾で防ごうとするが勢いに負け後方に吹き飛ばされていった。


「グギャー!?」


 僕はすぐに振り返りゴブリンを追うが、間もなくリリィに迫ろうとしていた。

 ここからではもう間に合わない!

 しかし僕の焦燥はあっけなく終わるのだった。


「"ヌミ パル"!」


 リリィが声を発した瞬間、明らかにゴブリンの動きがぎこちなくなった。更にはなにやら体に電流が走ったかのような痙攣も見られる。


「でえーいっ!」


 そしてリリィは動きの鈍くなったゴブリンの頭へメイスを力一杯叩きつけた。

 脳天にメイスを受けたゴブリンは頭から聞き心地の良いとは言えない鈍い音を発しつつ地面に伏した。


「すごい……。」


 思わず僕はそう声を漏らしてしまった。あまりリリィを怒らせない方がいいかも。


「ギャッ、ギャーッ!」


 正面に向き直るとお怒りモードのゴブリンソルジャーが立っていた。仲間がやられたからか、自分が吹き飛ばされたことに怒っているのかはわからないけど、とてもご立腹だ。


「さあ、残るは君だけだよ!」


 少々余裕を見せる表情で僕はゴブリンソルジャーにそう言った。

 地団駄を踏んだゴブリンソルジャーはその後こちらに駆け出してきた。

 さて、さっさと蹴りをつけてしまおう。


 再び駆け出してきた勢いで剣を振り下ろしてくるゴブリンソルジャーの攻撃を躱し、今度は振り切る前の腕を掴み背負い投げをした。


「せえい!」


「ギャギャギャッ!?」


 勢いよく投げられ地面にたたきつけられたゴブリンソルジャーの上に移動し、両腕を足で固定する。

 そしてがら空きになった首元に僕はナイフを突き入れた。


「グギェッ!? ゥ……。」


 ナイフを突き立てられたゴブリンソルジャーは間もなく息絶えた。


「終わった?」


 戦闘の終了と同時にリリィが近づいてきた。


「うん。ごめんね。一体取りこぼしちゃった。」


「構わないわよ一体くらい。この通り全然問題なかったでしょ?」


「まあそう言うのなら……。」


 確かにあの一撃を見れば問題ないのかもしれないね……。

 僕がなんとも言えない表情をしているとリリィが迫ってきた。


「ちょっと。何か問題でもあったかしら?」


「な、なんでもないよ! 全然。問題なし!」


「……そう? ところでどうする? 最低討伐数はこれで足りると思うけど。というか足り過ぎかしら。ゴブリンマジシャンとゴブリンソルジャーが同時にいたし。」


 最低討伐数は五体。戦果を見ても十分にお釣りが来そうではあるけど。


「まだ時間もあるし、さっさと遺体を処理して次に向かおうか。」


「ん、わかったわ。」


 ゴブリン達の遺体から右耳と魔石を確保して残りは焼却処理。そして穴を掘って埋める。

 リリィのおかげで遺体処理があっという間に終わってしまった。魔法ありがたや。


 その後、十五体ほど追加でゴブリンを討伐したところで切り上げ、ギルドに戻ることにした。

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