第11話 服飾店に住まう魔物はリターンズ

「ねぇ、何してるの?」


「え? 何って、何?」


「いやその子、ここの子よね? そんなことしてていいの?」


 ここは昼の若草の香り亭。閑散とした食堂には客は僕とリリィだけ。

 あの後、例の四人組を門まで送り届けた僕とリリィは、その足で冒険者ギルドへ向かった。

 ちょうどギルドの受付に座っていたシルビアさんに今回の件を話すと、なぜか僕が大変心配された。いや、そこはリリィを労ってあげてよ。

 その後リリィからパーティのお誘いがあった。ちょっとシルビアさん、なんでそんな怖い顔してるの?

 僕は特に断る理由がなかったので、パーティを了承することにした。リリィの魔法はすごく頼りになりそうだしね。僕も魔法使えるのかな?

 その後、元のクールビューティに戻ったシルビアさんにパーティの申請を出した。パーティ名は未定。なかなかいい名前が思いつかなかったから先延ばしにしてしまった。早くいい名前を考えないと。

 そしてチキンエクスプレスの報酬。査定の結果、一羽二千五百セルで引き取られる鶏が三十羽だったので、七万五千セル。更にすべて首を切り落とした上、すぐに血抜きを行ったため程度がかなり良く、一羽五百セルが上乗せされた。合計で九万セル。

 き、金貨九枚か。一日で大分稼いだ……。

 この報酬は直接貰わず記録に残しておいた。こうすることで、世界中の冒険者ギルドからお金を引き出せるようになっているとか。もちろん現在の所持金も預けることができるようだ。利子がつかない銀行のような機能みたいだね。


「まぁこれも接客だよ。それともファンサービスかな?」


 僕の膝の上にはアイサちゃんが座っている。そのアイサちゃんの頭を僕はなでなで、耳をくにくに。はぁ、かわいいくて気持ちいいねぇ。


「あ、アキラさん、そろそろ……。」


 時々くすぐったそうに身をよじるアイサちゃんに僕は容赦なく――。


「あんたいい加減にしなさいよ。その子仕事中でしょうが!」


 おっと、ハーブティーを片手にお怒りモードのリリィさん。ふむ、名残惜しいけどそろそろ解放しようか。


「だいたいあんた他人の子にこんなことしていいの? 男でしょ。宿の人に追い出されるわよ?」


「ん? 良く僕が男ってわかったね。大体の人には女性とばかり認識されるのに。」


 珍しいこともあるもんだ。僕を男と見抜ける人はなかなかいないのに。

 そういえばリリィとパーティを組んだ際、宿を統一しようということでこの宿にしたけど、相部屋じゃなくて別部屋を希望してたのはこういうことか。仕事とプライベートを割り切るタイプか、単に恥ずかしがり屋なのかと思ってた。

 そりゃ男だと知っていれば相部屋なんてできないよね。仮に相部屋を指定してきていたらその時はちゃんと説明していたと思う。たぶん。きっと。おそらく。メイビー。


「べ、別に大丈夫ですよ。初めは男であると知った時は驚きましたけど、まあアキラさんだからいいかな、と。」


 おお、さすがアイサちゃん! それでこそこの宿のアイドルだよ!


「やめときなさい。こんな変態に媚びる必要ないわよ? まだ穢れるには若すぎるわ。」


「む、失礼な! こんな清く正しく美しい紳士に何を言うのかね?」


「清く正しく美しくあるなら、なんで女装なんてしてるのよ!」


「ぐっ、これは女性物しか持ってないから……。」


 悔しい、反論できない部分を突かれてしまった。今の服装は白のロングワンピースを着ている。深窓の令嬢風です。


「なんで女性物しかないのよ。意味わかんないわよ。しかも妙に似合ってるし……。」


 こ、これには深い訳があるとです。偉い人にはそれがわからんのです!


「これは服屋さんが押しつけ、じゃないや。たくさん持たせてくれたから着てるんだよ。」


「いや意味わかんないんだけど。」


「まあそうだよね……。」


 服屋さんが女性物の服を、しかも大量にくれるなんて普通には考えられない事態だよね。


「まあいいわ。服を大量ねえ……。ねえアキラ、その店紹介しなさいよ。私の服も大分前に買ったものばかりだからそろそろ新しい服も欲しいわね。」


「え!? あのお店を紹介するの!?」


 えー、あのとんでもお姉さんがいるお店?


「なによ、なにも驚く要素なんて無いじゃない。あなたの着てる服、かなり丁寧に作られていると思うわ。だから私もその店で服を探してみようかと思って。」


「あんまりあのお店はお勧めしないというかなんというか。行ったらそれこそ事件になりそうな――。」


「なんで事件なんて起きるのよ。ただ服を買いに行くだけじゃないの。」


「ま、まあそこまで行きたいというなら紹介してもいいよ。僕は行かないけど。」


「はあ? あんたも来なさいよ。どうせ今日は暇なんでしょ?」


 ぐっ、昨日の事件もあることだから今日は休もうという話になった結果、日の高い時間にもかかわらずここでのんびりとしているわけだけど、まさかここで裏目に出るとは。懐も温まっていたことで完全にオフモードだった。

 あのお店。もう一回行くのか……。



 ・

 ・

 ・



 ここは地獄の一丁目、もといイザベラさんのお店にやってきました。来て、しまいました。


「ちょっと、なんでそんなに沈んだ顔してるのよ。」


「今からでも遅くないよ。帰ろ?」


「ここまで来て帰るってなんなのよ。行くわよ。」


 そう言うとリリィはお店の中へ入っていった。僕も重い足取りで続く。

 お店に入るとイザベラさんが服の手入れをしていた。


「いらっしゃいませー。あら、初めて見る顔ね。うちは良質な品を取り揃えているからゆっくり見ていってね。」


「えぇ、少し見させてもらうわ。」


 あれ? 事件が起きない。女の娘と見るや否や襲い掛かるのかと思いきや、特にそんなことは起きなかった。僕が安堵の溜め息を吐いていると――。


「ん? この芳しい香りは……。アキラちゃんの匂いがするわ!」


 え、なに? 僕の匂い!? 僕ってそんなに臭かった? いやそんなことより僕の匂いってなに!?

 幸いちょうどリリィの死角に居たことでイザベラさんに捕捉されていなかったが、もはや時間の問題だった。このお店に入った時点で半ば諦めていたけど。


「いた! アキラちゃん! いつの間に来ていたの!? もう、挨拶してくれればよかったのに!」


 目にも止まらぬ速さで僕へと肉薄したイザベラさんに捕縛――、抱きしめられてしまった!


「うわー! 放してください!」


「ん~! 相変わらずすべすべもちもち肌! いつまでもこうしていられるわぁ~。」


 一瞬のうちに捕まり、イザベラさんにされるがままにされる僕。放してー!


「え、え? なに? 何が起きたの!?」


 あまりに突然の展開にリリィが驚きを隠せない表情で僕とイザベラさんの光景を見ている。


「た、助けてリリィ!」


「え、えー。どういう状況なのこれ……?」


「いいからなんとかして!」


 訳も分からないという状態でリリィはイザベラさんの説得に取り掛かる。


「あのぉ~、アキラが嫌がってるのでその辺にした方がいいと思うわよ?」


「ちょっと話しかけないでちょうだい。今いいところなのよ!」


 鼻息荒くそう叫ぶイザベラさん。全く聞く耳を持とうとしない!


 こうしている間にもいろいろとこねくり回されてしまっている僕。涙目になる僕を見て溜め息を吐きつつもリリィが説得を続ける。


「ま、まあ好きにするのは勝手だけど、その辺にしておかないとアキラに嫌われるわよ?」


 このリリィの発言で、大暴れしていたイザベラさんが止まった。


「え、アキラちゃんに、嫌われ、る?」


「そう、そうよ! その辺でやめとかないともう二度とアキラがこの店に来ないわよ!」


 この言葉が引き金になったのか、あっという間にイザベラさんが僕を解放した。


「そ、そんなことはダメよ! アキラちゃんに嫌われる? そんなことになったら私、どうやって生きていけばいいのよー!」


 いや、今までの生活に戻ればいいと思いますよ!

 イザベラさんから解放された僕は、そう思いつつリリィの後ろに隠れた。


「ああ! アキラちゃん!」


 諦観に駆られた声を出すイザベラさん。だけど目は僕をロックオンしたままだ。


「ちょっと、何なのこの人?」


「彼女はイザベラさんだよ。ここの店主さん。」


「へー……。すごく、変態ね。アイサちゃんを見るアキラの目とそっくりだわ。」


 僕がこの人と同じ!? 失礼なことを言うじゃないか!


「なんでそうなるのさ。あんな獣を追うような目、僕はしないよ!」


 このあと最初飛びついてきた勢いとは裏腹に、少し悲しそうな表情をしながら謝罪をしたイザベラさんへリリィを紹介しつつ、本来の目的であるリリィの買い物に付き合った。

 途中リリィとパーティメンバーであると話した時、一緒にパーティを組むとイザベラさんが言い出した時はリリィと二人でなんとか宥めた。疲れる……。

 リリィの買い物を終え、店を出る際にお詫びと称しつつ僕に服を進呈された。女性物を。なんでさ!

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