第5話 飾り粉を求めて

【第4話】 

 https://kakuyomu.jp/works/16816927861144846254/episodes/16816927861520837958



 見間違いじゃない。妖精の羽からとった飾り粉は、角度によってピンク色にも水色にも見える。実際、オーロラのように幻想的な光を放っていた。

 エピィはごくりと喉を鳴らす。


「あの、その飾り粉を……」


 譲ってほしいとお願いする前に、娘はケースを拾い上げた。


「ごめんなさい、そそっかしくて。私は先に行っていますね。見物人役の休憩時間はまだ残っていますから。ゆっくり城にお戻りください」


 見物人役? お城? このお姉さんは私を誰かと間違えているのかな?

 聞き慣れない言葉にエピィが戸惑っていると、娘は駆け足で去っていく。


「待って。まだ話が終わっていないの!」


 エピィは急いで娘の後を追いかけたが、角を曲がった先で見失ってしまった。


「早くお姉さんを探さなきゃ」


 鏡を手に取ったエピィの耳に、聞き慣れた声が届く。


「カリン! 命の次に大事な針山を忘れているよ!」


 ユズは、いちごの形をした針山を掲げた。針は刺さっていなかったけれど、カリンという人にとっては大切なもののようだ。

 教科書を学校まで届けてくれたママも、こんな風にエピィを探していたっけ。いつも怒ってばかりのママだけど、私のことを大切に思ってくれているのかな。


 エピィはママのことが恋しくなった。ママも自分のことを思い出して、迎えに来てくれればいいのに。


 エピィが感傷に浸っていると、ユズは怪訝そうな顔をした。


「あんた、お昼前に来た……」

「エピィ」


 文句を言われるのかと思い、おずおずと名乗る。ユズは周囲を見回した。


「女の子を見なかったかい? 髪はこれくらい短くて、くりっとした目が愛らしい子。やたら丁寧に話して、謝り癖のある別嬪さんだよ」


 さっきの娘で間違いない。エピィは大きく頷いた。


「撮影かどうとか言ってた」

「そう! その女の子に、針山を届けてほしいんだ。撮影で困ったらいけないからね」


 娘の行き先なんて分からないのに。エピィが困惑していると、ユズは「ここで待ってて」と念を押した。


 鏡を使えばすぐに行き先が分かるのに。

 エピィはむくれながら、ユズが紙を持ってくるまで待った。


「簡単な地図を書いたから、この通りに行っておくれ。駄賃はこれでいいね?」


 ユズはエピィの手の平に、赤いものを載せる。表面は夕日に照らされ、炎を思わせる模様がより一層輝きを増した。

 疲労回復薬のドラゴンの鱗だ。エピィは目を見開いて、ユズが試していないか確認した。


「『あんたのところに戻っても、大切にされる未来が見えない』なんて言っていたのに。一体どうして?」

「店の周りをうろつかれるのは困る。ほかのお客様が心配するじゃないか。それだけ持って、お家に帰りな。一つも持って帰れないと、帰るに帰れないんだろう?」


 店に戻ろうとしたユズに、エピィは言えずにいた質問を投げかける。


「誰が買って行きましたか?」

「何の話だい」


 ユズの視線が鋭くなる。なけなしの勇気を振り絞り、エピィは再び尋ねた。


「星型のタルト型に、絞り出し口金、アイスキューブは誰が買って行ったの?」


 フェミア姉さん、ちゃんと訊けたよ。エピィはホッと息をつく。その様子を、ユズはおかしそうに見つめていた。


「意外と骨があるようだね。アイスキューブってのは分からないが、残りの二つは双子が買って行ったよ。ココは素直に応じてくれただろうが、あの子達は手強いよ。泣き出さないといいけれど」


 針山のことは頼んだよ。ユズは念を押した。

 悩みの種が増えたせいで、手の中の鱗が重く感じた。





 地図を頼りに着いた場所は、映画スタジオだった。看板に書かれている文字は読めても、映画を知らないエピィには何をするところか分からない。演劇とは違うのかと、不思議そうに門を通り過ぎた。


「ごめんください」


 ドアを開けてみると、ビクともしない。鍵がかかっているのではなく、板にドアノブだけ付けているみたいだ。何のための建物なのだろうか。


 歩いても歩いても、人の姿は見えない。

 エピィの足がだるくなってきたとき、明かりのついた建物を見つけた。ドアを引くと、今度は開く手応えがあった。ひょっこり顔を出し、カリンがいないか確認した。


 忙しなく歩き回る人が多すぎる。エピィはドアの隙間に肩を入れて、重たいドアをくぐり抜けた。


「カリンさんはいますか?」

「もしかして、僕に訊いた?」


 エピィとすれ違った青年が振り返る。お盆の上で、碧と珊瑚色の石を連ねた耳飾りが輝いた。


「見物客のスタジオはあっちだよ。案内しようか?」

「私は撮影に関係ないの。カリンさんに針山を届けに来ただけ」

「それなら少し待っていて。結婚衣装を着させたら、手が空くと思う」


 青年が指差した方向に、エピィは息を呑んだ。鎖骨を出したスクエアネックの周りに、象牙色の刺繍糸が曲線を描く。スカート部分は丸みのある形で、ベルのように膨らんでいた。袖口にはレースがふんだんに使われ、蝶が飛び回っているように見えた。さながら、妖精女王のために仕立て上げたドレスだ。


 カリンは背中のクルミボタンを留める。


「おっ。今がチャンスだ。行ってこい」


 青年はエピィの背を叩く。エピィは押された勢いのままカリンに近付いた。


「ユズばあさんから忘れ物を預かって来たの。これ、あなたの大事なものなんでしょう?」

「すみません。私なんかのために、時間を費やしてしまって」


 怒った訳ではないのに、カリンは深々と頭を下げた。年上の人に謝られることは慣れていないため、体中がむずむずする。


 カリンは鞄を開けて裁縫箱を取り出した。開いたままの鞄から、粉の入ったケースは見えなかった。


 あの飾り粉はどこに行っちゃったの?

 エピィはそう尋ねようとして、唇を噛んだ。落ち込んだままのカリンに、話しかけるのは気が引けた。

 エピィの視線は、向こうから運ばれてきたじゅうたんを捉える。


「あのじゅうたん、一日中見ていられるぐらい細かい模様だわ」

「そうなんです!」


 カリンの表情は明るくなる。


「原作通り、金糸銀糸を織り交ぜて刺繍されているんです。大広間を黄金で飾り立てたり、鏡をふんだんに使ったりするような城ではないのですが。草花をあしらった調度品に囲まれていて、居心地がよさそうだと思います」


 冬なのに、カリンの周りだけ暑くなっている。エピィは目を丸くした。


「カリンさんは元になった話が好きなんだね」

「えぇ。生まれ変わったらシレアの国民になりたいです。お城で働いて、料理長のご飯を頬張りたい……!」


 カリンは両手を合わせ、うっとりとしていた。


「そんなに美味しいの? 料理長のご飯」

「はい。食事描写もお気に入りですが、自分の手で未来を切り開くストーリーも好きになりました。出版は『万有の分銅』が先ですが、物語の時間軸は『時の迷い路』『天空の標』の順なのですよね。私としては『時の迷い路』からシレアの魅力に浸かっていただきたいです」


 私はまだ、挿絵のある本を読みたいな。小さな文字を追うのは少し早いと思う。

 眉をひそめたエピィに、カリンは楽しそうに本を開く。番号を暗記しているのか、一発で見せたいページを探し当てた。


「『お行儀を尽くして上っ面だけ出来上がった私を好む殿方なら、こちらから願い下げだわ。私の自然を好んでくださる方がよろしいの』なんてセリフ、凜々しく言ってみたいと思いませんか? 十八歳に見えないほど大人びていて、子どものころから憧れているお姫様です」


 カリンが読み上げた瞬間、にこっと笑う王女の顔を見た気がした。たった数行に満たないセリフ。なのに胸のときめきが止まらなかった。新しい呪文を覚えるときのように、わくわくした。


「カリンは憧れのお姫様のドレスを作ったのね!」

「いいえ。あれはアウロラのお母様です。今作は両親の物語なので」


 シレア国、奥が深いわ。面白そう。

 エピィがため息を漏らしたときだった。


「この粉を振りかけたのはカリンか?」


 ウエディングベールを持ち上げた男性が怒鳴りつける。カリンは監督と青ざめたきり、口をつぐんだ。


「もっとキラキラさせたいとは言ったが、わしのイメージはこうじゃない。さっさと直せ!」


 乱暴に手放したベールから、七色の粉がまたたいた。お目当ての品だと分かった瞬間、どこからか突風が巻き上がる。


 ――道具にまつわる負の感情が強くなると、魔法の道具はその人間の負の感情を糧にする。


 フェミア姉さんの言葉が脳裏をよぎった。

 渦を巻く風は鳥の姿に変わり、エピィ達を冷ややかに見下ろした。




【第6話】


https://kakuyomu.jp/works/16816927861144846254/episodes/16817139555581298553



 蜜柑桜さまといえばシレア国シリーズ!

 未読の方は、第一弾「時の迷い路」からお楽しみくださいませ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889868322


 出版は「万有の分銅」が先とカリンに言わせたのは、カクヨムコン受賞作になってほしいという願いを込めたため。中間選考通過の勢いのまま、書籍化へ突き進んでもらいたいです。

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