第16話

 稀代の策士、毛利元就と話をしてから数日が経つ。しかし主だった動きはなく、彼らは命じられた通りに観者の業務へと戻っていた。リクは与えられた鏡と、東行の贈り物を肌身離さず持ちながら今日もお客の案内を続けている。

 「ようこそ、当館へ――僕はリクと申します。失礼ですが、ご事情はおわかりですか?」

 やって来たのは年端のいかない少年だった。彼は興味深げに館を見たが、声をかけると礼儀正しく会釈した。身なりからしても恐らく、育ちの良い少年だろう。しかし人には事情があるというもの、リクはそれが気になりはしたが観者の仕事からは外れてしまうため訊ねることはせず案内を始めることにした。

 「僕は病弱でしたから、寿命が来たのでしょう。でも閻魔大王はいらっしゃらないようですね。」

 彼を満天の星の部屋へ案内したとき、彼は小さく笑ってそう言った。大人びた彼は他のお客と違って憂いなどの感情を表すことはしない。

 「ええ、裁きの場ではありませんからね。星の館、と呼ぶ方もいらっしゃいますが、此処は貴方のための画廊です。」

 言いながらリクはファイルで定められた星々を引き寄せ、いくつもの絵画を浮かばせた。これには大人びた少年にも感じるものがあったらしく、興味深げにそれぞれ動く絵を眺めている。

 「質問があるのですが、宜しいですか?」

 「ええ、どうぞ。」

 「もし可能であれば、僕の夢を観たいのです。その――、現実に起こったことではなく。」

 それはハッキリ言ってしまえば可能である、彼の意識にあるものを絵画として映し出せばいいだけだ。しかし観者はお客の現世での遺恨をなくすのが仕事であり、それは業務からは逸れるのではないか、と思った。

 「良いじゃないか、見せてやれよ。リク。流石にトシさんも怒らねえよ。な?坊主。」

 いつの間にか入ってきていたソウが声をかけてきた。少年の側に寄り、二っと笑ってその頭を撫でてやっている。現世で美少年と呼ばれていた彼は、志半ばで病により命を落としている。だからこそ感じるものがあるのかもしれない。

 「わかりました、特別に許可します。ただし、新たな絵画を展示する前に少しだけ意識を覗かせて頂きますが宜しいですか?手を差し出してください。」

 「はい。ありがとうございます。」

 ここで彼が悪意あることを想像して、それが絵画になることは避けねばならないため彼はそう提案するしかなかった。少年は嬉しそうに微笑んで、手を差し出す。リクはその手に星のひとつを握らせて手を繋いだ。少年の意識が自分に雪崩れ込んでくるのを感じて、その意識の中に落ちていく。

 「ああ、__坊ちゃん。この時期にお外に出られてはなりませんよ。」

 此処は夏の景色だろうか。広い庭にある木々は生い茂り、強い日差しが降り注ぐ。少年は木漏れ日の中を影を追って跳ねている。

 「__さん!息子をあんなところに出して、もし虫にでも刺されたらどうするんです。」

 「申し訳ございません、奥様。」

 「あ!お母さん!」

 少年が駆け寄るが母親らしき人は足早に去ってしまう。そして時間は夜となった、絵本を開いた少年は「幸福な王子」を読んでいる。金箔の貼られた銅像であった王子は、燕に頼んで貧しき者へ自らの金箔や宝石などを与えていくのだ。そうして最後には燕も王子も絶命してしまうという物語だ。しかし玄関の方から音が聞こえる、少年の父親が帰宅したのだ。

 「お父さん!おかえりなさい!」

 「__!寝ていなさいとあれだけ言ったのにお前は。病気が悪化してしまうぞ。」

 それだけ言い残して父親も去っていく。少年は仕方なくベッドへと戻り、もう一度初めから「幸福な王子」を読み始める。少年に燕は居なかったのだ、と分かったところでリクは繋がりを切った。これ以上、彼を苦しめるのは得策ではない。

 「幸福な王子、お好きだったんですね。」

 「はい。そのとき自分に出来ることをした王子が、僕は好きなんです。それにお友達の燕も居ます。」

 「ではこれをどうぞ、きっと気に入りますよ。」

 リクが少年の為に表わした絵画は木漏れ日の描かれたものだった。そこには少年が一人、小鳥と戯れている。彼がそれに触れたとき、景色はいつものように変わった。一緒に居るソウも何処となく表情が柔らかい。

 少年は野原を駆け回って、小鳥を追いかける。時々彼の肩に鳥がとまって歌を歌うのだ。少し遠くには腰かけて彼を見つめる両親の姿。そうして景色は星空へと戻ってくる。

 「お気に召しましたか?」

 「はい!とっても。ありがとうございました。」

 「それは何よりです。下にはお祭りがありますから、そこで少し遊んでいくのが良いでしょう。射的屋をやっている、才谷という人に話しかけて僕の名前を言ってください。そうすればきっと、楽しめますよ。」

 「僕、お祭りは初めてなんです!ありがとう、お兄さん。」

 「んじゃ坊主にはもうひとつご褒美な、祭りが終わったら旅に出なきゃならないんだ。そのときにこれを食べるといい。」

 ソウは金平糖の包みを渡したあと、少年の頭をわしゃわしゃと撫でた。大きく手を振って館を出ていく少年に手を振り返して、ここ暫く全く休めていなかったことを否応なく思い出した。悲しくはありつつも少なからず彼が癒しを与えてくれたからである。彼こそ、幸福な王子だったのかもしれない。

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観者の画廊 秋名 理鶯 @Riou-Akina

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