第15話

 「ほう、帰蝶がのう――アレも稀有な女であったが、金柑と手を組むとは……まあよい。捨て置け、と言いたいところではあるが……、余は今この館を護る身にて――うぬらに任を与える。帰蝶と光秀を討て。しかし、その間も観者の業務は免ぜぬ。あれらは負の欠片を力の根源とし、動いている。故にうぬらが皆を、――温情を与えるべき者を見極め導くのだ。……是非も無し、爺を呼び策を弄せ。」

 天下統一目前までいったこの男はやはり一筋縄ではいかない、数手先までよく読んでいるようだ。しかし爺とは誰なのか――トシはあの男か、とげんなりしている様子だが、恐らく生まれ変わりを拒んだ人間のうちの一人なのだろう。

 「良いか?星の温情により見た目は若いが、中身は小言の多い爺さんだ。」

 館長室を出た彼らは、げんなりしているトシに呼び出すよう命を受けた男について訊ねていた。観者の役割は本来ならばリクやトシが引き続きやるところだが、今回は資格持ちの二人とソウが担うことになり先程別れたばかりだ。

 「そしてまどろっこしく手紙が酷く長い。だが悪逆非道だなどとも言われていて、腹の読めない男だ。故に言動には気を付けろ。」

 「トシさん、その方は結局誰なんです?」

 リクが尋ねたとき、いくつかある離れの扉がひとつ開いた。館長の言っていたようなお爺さんには見えないが、トシの言う通り見た目が若いだけなのだろうか。彼はとても落ち着いていて、今まで通りで話していたことも全てお見通しとでも言いたげな視線を向けている。

 「――それは我のことであろう。疾く入れ、あまり刻はあらぬぞ。フン、此処は日輪の恩恵が一切なく不便なことこの上もない。明けぬ夜など誰が好もうか、星は日輪の輝きがあってこそ。つまりその温情も日輪によるものなのだ。それをわからぬ阿保共はせいぜい朽ち果てるがよい。」

 ぶつぶつとぼやきながら離れの中へ入った彼らは各々案内された場所へ腰を下ろした。部屋には大きな丸い鏡が祭られており、リクには彼が誰か想像がついてしまった。

 「――もしや、毛利少輔次郎様ではありませんか?」

 「左様。――貴様は見たことのない顔だが、童。」

 「僕はリクと申します、毛利様。」

 「ふむ、覚えておいてやろう。そこの鬼には見覚えがあるぞ、トシよ。」

 鬼と呼ばれた副館長代理改め、副館長のトシは先程よりもげんなりとしている。どうやらこの二人は本当にウマが合わないらしい。

 「して、この老獪を呼び出したのは何用か――先刻の紅い光のことならば、この離れからも見ることが出来た。」

 毛利少輔次郎――毛利元就は嘗て中国地方を丸ごと治めた大大名である、その上彼が謀略に長けているということはリクも流石に知っている。館長の人選はそういうことも加味したものなのだろう、此処で静かに余生を過ごすばかりの者までそのうちに入っているとは流石であった。しかし館長を含む他の面々もまた、リクよりも旧い時代の人物とはいえ彼には敵わない。余計なことを言って力を貸してもらえなくなるようなことは避ける必要がある。トシは見ての通り、彼の機嫌を損ねかねないのでリクが話をすることになった。

 「そのことです。その紅い光について対応せよと館長から仰せつかり、高名な毛利様にお力をお貸し頂けないかと伺ったわけです。――しかしまずは、此方をお納めください。」

 何処の時代劇なのだ、とリクは思うが彼の認識する歴史上の人物が側にいる以上、強ち間違いでもない。紫色の風呂敷に包まれた桐の箱はそういったものでよく目にするものだ。毛利は片眉を上げて、風呂敷を開け桐箱の中身を覗いた。そうすると、納得したように頷いて餡入りの大福餅をひとつ手に取り食べた。リクはその下が気になって仕方がないが、我慢するしかない。

 「ふむ、美味ぞ――第六天魔王も気が利くものよ……して童よ、餅の下に金子などは入っておらぬわ。我は斯様なものでは動かぬ。しかし、何もせぬのでは我とて耄碌してしまうというもの。貴様らの策、とやらに付き合うてやろうではないか。」

 リクは彼の好物が餅であることをすっかり忘れていたが、協力の約束を取り付けることが出来たので良しとする。

 「なるほど、つまり女は帰蝶と名乗り、負の欠片を糧に動いていた。そして蝶を操りし者が明智十兵衛。あの男もまた胡散臭い男であったが、やはり裏で動いていたか――。なに、情報の類は既に我が元にある。これを持て。」

 リクが渡されたのは飾られていた丸い鏡である。覗き込んでみても、彼自身の顔を映すだけで何ら変哲もないし、仕掛けがある様子もない。

 「童とて天岩戸の神話程度は存じていよう。」

 「その――いえ、お教え頂ければ幸いです。」

 リクは歴史を好んだが神話代の話については触れておらず知識がなかったので素直に知らないと言うと、話好きの毛利は講義を始めるようだ。隣にいるトシが逃げたがっているのは重々承知だが、こればかりは仕方がない。

「良かろう。――神代において、高天原という神々の世界があった。天照大神は日輪の神、その他にも様々な神が住んでいたのだ。しかし天照の弟、須佐之男命は悪戯ばかりする神であった。故に天照はそれに怒り、天岩戸に隠れてしまった。日輪が隠れれば当然世は暗くなる、延々と夜が続くこの世のようにな。日々の糧は育たなくなり、病が蔓延したりとそれは酷い有様であったという。そこで困り果てた八百万の神は天岩戸の前で様々な策を弄したのだ。しかし扉は開かずであった。そこで、神々は舞い踊り、天岩戸の前で騒ぎ立てた。そうすると天照は日輪の輝かぬ世に、何故こうも騒がしいのかと気になり始めた。そして扉を少し開け様子を窺ったところへすかさず、とある神が理由を申し述べる。「貴女様よりも美しく立派な神がおいでになりましたのでお連れ致します。」といったところでな。そう言って、その神は鏡で天照の顔を映したのだ。しかしそれはよく見えず、他の神々に手を引かれ天照は天岩戸を出ることと相成った。天照大神が戻ったことにより、世の中は平和となり、再び繁栄していく。とこういったところだ。」

 トシの言っていた通り、彼の話は非常に長かった。そして何が言いたいのかまでは、頷きながら聞いていたリクも理解に及ばない。

 「それで、爺さんは何が言いたいんだ?」

とうとう待ちきれなくなったトシが口火を切った。

 「我がここまで説明しても分からぬとは鬼も阿保よな。我は童にその鏡を渡した、それが答えではないか。」

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