第14話
彼女は美しい着物を纏っていた。上衣は風に靡いて描かれた胡蝶が舞っているようにさえ見える。彼女が何を言いたいのか、それを知るのは着物を贈った者のみである。いつぞやの社会科見学、そのときからトシが危惧していた件は着々と彼女の腹の中で成長していた。正に蛹が孵って美しい蝶になるように――。
「リク、ユコは何処だ。」
「どうしたんです?トシさん。」
「御託は良い、彼女は何処に居る。」
「ユコならば今頃副館長と一緒かと。話があるとかで、一緒に祭りの方へ出ていきました。」
落ち着きを払う言葉とは裏腹に鬼気迫る様子のトシは強引にリクの腕を引いた。どうやら祭りの方角へ向かっているらしい。
「事情を――、」
「あの女は以前、裁きの場で有罪となった男の家内だ!!何故気づかなかったのか!」
最後の言葉はトシの自分自身への怒りを表したものだろう。引きずられるように連れていかれる途中、ソウと才谷、そして東行が合流した。彼女が一体何をしたというのか、全く皆目見当もつかずに皆が焦り、そして星が異様に明るく感じられる。
「行くぞ。この前の物は持ってきちゅうな?」
才谷がリクに問うたので必死に頷く。何が起こっているかわからない以上、今はこの男達に従うしかないのだ。
「あの女は客の負の欠片を拾い集めちょったらしい。それを使うて祭りごと、旦那を消滅させるつもりじゃ。前にも言うたはずだ。あの館は光も強いが、闇も深いと。あれだけの力を発するということは、あの女一人で出来ることじゃないき、裏に誰かがおるはず。」
「はは!久々に楽しいなあ、坂本君!」
「それには同意じゃ!高杉さん!」
全力で走っていくなか、東行が才谷の本名を呼び、才谷も彼の本名を呼んだ。此処で名を捨てさせるのは現世でのしがらみを持ち込ませないようにするためだと聞いたことはあるが、館に仕えない彼らには関係がないのだ。
「少しは黙れ貴様ら!此処が京ならば二人揃って斬り捨てていたものを!」
トシは苛ついたように二人を注意したが、いつものような何処か退屈そうな雰囲気などなくこの状況を楽しんでいるようにも見えるので不思議だ。リクは戦いの中に生きた男達の協演を間近で見ることになる。
「はは!壬生狼が何か言いゆうぞ。使い物にならざったら、置いていくき覚悟しちょけよ。」
「副長!この刀、まだ錆びついちゃいませんよ!」
館の外に出たからか、遠慮は無用とばかりにソウは愛刀を取り出していつでも抜刀出来る準備をしているようだ。
「まさか、幕府の子飼と共に戦うことになろうとは。人生とは誠に愉快だ。」
「歌っている場合ではないぞ、しかしそれには私も同意する、まさか奇兵隊の隊長殿までお出ましとはな。」
自分達を鼓舞するためなのか、言葉を交わし続ける彼らの会話にリクが入る隙などなかった。しかし禍々しく紅い星の光る辺りへ到着すると、男達は辺りを警戒し始める。リクもまた、東行からの贈り物を確りと握って同じように辺りを警戒した。
そして現れたのは胡蝶の上衣を着たユコだった。中に着ている着物から見ると戦国時代辺りのもので、江戸時代のものではない。現代人であったはずの彼女が全く違和感なく、それを着て摺り足をしながら歩み寄ってくる。彼女が通る度に辺りを照らす提灯は消え、より一層紅い星々を際立たせる。
「――あれだけの星、どうやって集めたんだ?」
トシが疑問を口にしたが答える者は当然居ない。しかし、はたと彼女の歩みが止まった。
「――嗚呼、上総介様……、あの館に居られまするか。今、帰蝶が参りまするぞ――。」
「皆さん!彼女は操られています!意識を乗っ取られている!!」
「帰蝶、言うたら織田の殿様か!」
リクの言葉からピンときたらしい才谷がその名を口にした途端、ぼんやりと館を見上げていた彼女の視線が厳戒態勢の男達へと向けられる。
「頭を垂れよ――、下郎が我が名を呼ぶとは……十兵衛。」
「帰蝶様。」
十兵衛と呼ばれて出てきたのは、なんと副館長のヒカルである。彼は館長の腹心ではなかったのか。しかし彼は帰蝶のいとこであり、館長――織田信長――を裏切った臣である明智光秀だ。仮に彼が彼女を気に入って、観者に仕立て上げた目的がこれならば筋は通ってしまう。それに加えて変人と呼ばれる所以となった実験というものが、彼女を喚び出す準備だったとしたら。
「私は上総介様に会いに行かねばならぬ――、かの下郎は斬首じゃ……邪魔だてするならば致し方あるまい。」
「ユコ!いや、裕子!君は操られている!君の名前は裕子だ!」
リクが彼女の本名を呼んだ瞬間、帰蝶は一寸怯んだ。その隙に控えていた男達が刀を手に一斉に二人へ飛び掛かる。しかしながらそれは空振りで終わり、二人は霧の如く消えてしまった。同時に消えていた提灯に再び火が灯り、祭りの様相は何事もなかったかのように元に戻る。紅い星もまた同じように消えてしまっている。今までの出来事が全て噓だったかのようだ。しかしまずは館長に報告をしなければならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます