第13話
東行と共に祭りの灯りの見える窓辺に座り、改めて渡された重いそれを眺める。本来ならば持っている必要のないものだが、才谷がそれを彼に頼むということはそれなりの理由があってのことなのだろう。
「ここはとても静かなものだなあ。祭りの中に身を置いていると、幼き日を思い出す。だがそれも遠い昔――、先生も僕が此処に来る前に行ってしまったようだからな……故に僕が此処で働く理由はないというわけさ。かといって、生き切ったはずの生を持て余しているというのは何とも言えない心地だ。」
彼は窓の外を眺めながら三味線をベンと鳴らした。憂いを帯びる横顔は、待ち望んだ世を見ているのか、はたまた、別の何かを見つけているのか。既に死者である彼には何か思いついたところで何も介入は出来ず、さぞかしもどかしいだろうとリクは思った。
「おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなすものはこころなりけり。」
「――おや、先を越されてしまったな。それは僕の十八番だというのに。さて、そろそろ出なければ__に見つかってしまうだろう、お暇させて頂く。君も後悔のないように行動を。」
フッと笑った彼はわざわざ窓に足をかけ、そこから出ていった。直前に二っと笑うことは忘れずに。
同時にエントランスに入ってきたトシは何かを察したようだが、それに言及するような無粋な真似はしなかった。
その後も順調に仕事は進み、ユコも独り立ちしてから確りと観者として働いているとのことだった。しかしリクは東行に渡された鉄の塊が頭から離れずにいるのだ。才谷は飄々としているようで頭の良い男である。一度話をする必要があるかもしれない、等と考えていた。次の休息は恐らく近いはずだ、何故ならばまた副館長が仕事をサボり始めたからである。本来は真面目な性格であったはずだが、そう振る舞うことは滅多になくなったのだと古くからいる観者から聞いたことがある。
「して、ユコの動向は?」
副館長室でトシが話しているのは彼の影であるススムであった。リクが許可を出したため、二人での仕事はなくなった。だがしかし、彼女が何らかの因子を孕んでいるのは間違いないと彼の直感が告げているらしい。
「変わらずかと――本日も六名の案内を終え、次のお客を待っている状況です。リクは放っておいて宜しいので?」
「アレは放っておいて構わん。自由に行動させた方がよく働く。」
「承知しました。」
「そして近藤さんにこれを届けてくれ。」
彼がススムへと渡したのは封書である。再会以来、彼らはよく文のやり取りをするようになった。トシは彼の適性検査を行うよう館長に打診したが、既に実施済みとのことで断られてしまったのだ。もう暫くすれば罪も灌がれ、彼が輪廻へ戻る日もすぐにやってくるだろう。
「お客様、おひとつお選びください――きっと気に入りますよ。」
そう案内をするのは先日独り立ちしたユコだ。彼女は浮かんだ絵画のひとつひとつをお客と一緒に眺めていき、そうして彼らの触れた記憶の絵画の中を他の観者達と同じように観ている。案内もまた丁寧なようで、お客からの評判は上々らしい。彼女を教育したリクも、彼女を気に入っている副館長も鼻高々であった。
しかし、少しずつ彼女から違和感を覚えるようになったのは彼女が一人で案内を始めてからかなり経ってからのことだった。普段は何らおかしいところなどない。しかし、祭りの様子を眺めるときだけは違った表情を見せるのである。
――そして事件は起こってしまった。
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