ガードマンは立っているのが仕事です

新巻へもん

魔除けみたいな

 警備員が不甲斐ないという意見があるようですね。

 

 のっけから、なんのこっちゃという出だしですが、北海道のショッピングモール内にある紅茶専門店で不審者が暴れた際の警備員の対応に非難の声があるそうです。不審者を取り押さえられないのか、というもののようですが、まあ無理じゃないですかね。


 事件があったのは北海道は札幌市の発寒はっさむ。某事務用品メーカーの挟み込み式ファイルと同じ名前です。いきなり脱線してすいません。ちょっと言ってみたかっただけです。えーと何の話でしたっけ? ああ、不審者が暴れたのを警備員が取り押さえないのか、って話でした。


 私は警備員をやっていたこともありまして、主に大規模展示会場に派遣されてました。まだ若かったこともありますし、一応は武道経験者でもありましたので張り切って現場に臨んだものです。そこで初日にベテランさんに持ち場を案内されながら言われたことがあります。


「何かあったら逃げて応援呼んでね。あそこに〇〇さんいるから。君も腕に覚えがありそうだけど絶対に一人でなんとかしようとしちゃダメだかんね」

 指さす先には某大手警備会社の社員さん。弊社よりも制服がカッコいい。立ち姿もばっちり決まっています。諸事情あって警備員をしていますが、元はバリバリの警察官だったそうで。


 まあ、冷静に眺めてみれば私より強そうです。さすがマジもんは違うよな、ということで素直に言いつけに従うことにしました。当時から相当すれていた私なので、日給八千円で命は賭けられんよなという思いもあります。実際、刃物でも持って向かって来られた場合にはなかなか制圧は難しいですからね。


 そりゃこっちもその気になれば、絶対勝つとは言えないですけど、たぶん暴漢倒すことはできるでしょう。無傷ってわけにはいかないでしょうし、力加減間違えたら大変なことになっちゃいますが。なので、警備会社からしてみたら、社員か第三者のどっちかが死ぬかもしれないデスゲームなんて歓迎するわけがありません。


 有事の際は、応援を呼んで遠巻きにしつつ、警察の到着を待つ。これが警備員の仕事です。遅滞戦術ってやつですね。覚悟がある相手に中途半端に手を出したらケガするだけなのでこれが正解。さすまたという物もありますが、あれ、重心先の方にあって取り回し難しいので素人向けじゃないと思います。


 人を殺すのも厭わないかもしれない相手を手加減して制圧するなんて無理ゲーです。創作物の中のヒーローじゃないんで、そんなに簡単にうまくはいきません。警備員なんて基本的に無腰ですし。現金輸送に従事するガチのプロでも法令上の制限があるので特殊警棒どまりですからね。警察官は拳銃を携行しているのでお任せしましょう。


 じゃあ、警備員なんて意味ないじゃないかと思う方もいるかもしれませんが、それは違います。何かをしようとして妨害されるわけですし、通報もされる。居ると居ないとでは大違いです。中には職務に熱心過ぎる警備員もいるかもしれないですし、まあ生身の人間は無視できない。


 とは言え、まだ入って来るなと制止する私をひき殺そうとしたトラック運転手も居ましたけどね。世の中油断がなりません。ナンバー控えて通報してやれば良かった。こんな感じで居ないものとして扱われるのとは逆に、制服を着ているとやたらと人が寄ってくるのも警備員あるあるです。


 基本的に敷地内のことは案内しますが、それ以外のことを聞かれましてもね。ナントカ号という船は入港しますか、と聞かれても1キロ先の客船ターミナルで聞いてくださいとしか言えません。滅茶苦茶不満そうな顔をしないで欲しかった。そのナントカ号ってのを聞いたのも人生はじめてなので。


 私の警備は屋外勤務なので夏は暑くて冬は寒い。夏場は一日で体重が5キロ減りました。ただ、水分が抜けただけなので痩せはしません。そうかと思えば、晴天がにわかにかき曇り、突然バラバラと雹が降って来て死にかけたこともあります。その時だけは持ち場を離れて建物の下に逃げました。一面玉砂利を敷き詰めたみたいになってましたね。


 そんな肉体的に辛いお仕事の中、お楽しみはお昼のお弁当です。店名は覚えていないですけど、割と名の知れたお店の仕出し弁当が支給されました。思い出補正の可能性もあるのですが、後年食べた1500円ぐらいするものよりも美味かったです。すき煮とか出た日には、余った分も貰って二個食べたこともありました。


 そうそう。良いことといえば団体さんを乗せたバスのガイドさんに、お仕事何時までですかって声をかけられたことがあります。どうも私は制服が似合ったぽいですね。今思えば人生で最初で最後の逆ナンだったんでしょう。私がどうしたかと言えば、経験の無さの悲しさ。思いっきり不審そうに「あ?」と低い声を出し、そそくさと逃げられたことは甘く苦い思い出です。


 それで話を戻しますが、今回の事件の容疑者は、どうもお店の従業員さんに横恋慕というか妙な執着をしていたという報道があります。この人が本当にそうなのかは分かりませんが、あり得る話だなというのが私の感想。実際居るんですよ、女性ばかりのお店にやって来る困った男性って。


 警備員をしていた時期とは別の頃、私は短期集中の倉庫番のお仕事をしたことがありました。1か月の期間が過ぎようというときに私は何を思ったのか人事部にノコノコでかけて他の仕事を紹介してくれとお願いします。その当時の自分のコミュニケーション能力の低さを考えるとどうしてそんなことをできたのか今でも不思議なんですけどね。


 へどもどする私に人事部の方は親切にも社内の求人をパラパラめくって言いました。なお、私が挙動不審だったのは、いい匂いのする美人さんだったからです。

「新巻さんにぴったりの仕事があります」

 ぜひよろしくということで斡旋されたのは女性四人だけの部署。建物の構造上、他からは隔絶された場所にある職場です。


 お姉さま方に囲まれて働きました。重量物があったりして品出しなどには重宝されます。また、世の中には男性に接客されないと納得しないというお客様もいたりするので、その点では役に立ったのかもしれません。でも、今までは女性だけで回せていたので、私がそこに向いているという決め手にはなり得ないのです。


 接客する必要があるので商品についても色々と教えてもらったり、有名人のお客さんに対応したりして、それなりに充実したアルバイト生活を送りました。ただ、何が私にぴったりなのかは分からないまま時が過ぎます。そして、次の就職先が決まっていたため、その職場を離れる日に、そこの責任者の方からその理由をお聞きすることができました。


 話の流れから想像できまましたでしょうか? そう、私は用心棒だったのです。実際のところ、私が店頭に立つようになってから、ヤベー客はほとんど姿を見せなくなったそうです。来てもさっさと帰ったらしい。しみじみと言われました。

「新巻さんの居てくれた間、これほど安心して働けたことは無かったわ」


 その当時はピンと来てなかったんですが、今回の事件で悟りました。こんな私でも抑止力になっていたんだと。逆に言えば私でも対処できる程度の相手でも脅威だったということです。職員の不安の声をちゃんと汲んだ人事部の人は偉いと思います。だって、私は店員としちゃ半分以下の能力でしかなかったわけですから。


 ただ、私が働いている間は、その場所への制服警備員の巡回は無かったなということを思い出すと、雑用もさせられる私服警備員ということだったのかもしれません。立っているだけじゃなくて接客や品出し、清掃もさせられてお得だったのかも。そういえば、人事部の人は切れ者っぽい感じだったな。


 公的には性別を指定しての求人は出来ないはずです。ただ、もし職場が不安なら用心棒が欲しいという声を上げてみてはいかがでしょうか。また、そういう声があるようなら、求人に人柄は悪くない目つきの良くない兄ちゃんが応募してきたときは、採用してみるのもありかもしれません。


 根本から不安が解消できれば一番ですけど、まずは出来ることからってことで。多くの方が安心して働けることを陰ながら祈っています。警備員(用心棒)は居るだけで役に立つかもというお話でした。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガードマンは立っているのが仕事です 新巻へもん @shakesama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ