うわさ

「もう、私は死にたくないし、あんなところ行きたくないからね」

 カラン。

 風で空き缶が転がった。

「異界から帰ってきたほとんどの人が、その後に自殺するらしいの。ごめんなさい、赦してって、何度も呟きながら」

「何か悪いことしたのかな」

「それが……見えるらしいの」

「何を?」

「自分が見棄てた人たちの自殺する姿が。どうも異界では他人が自殺する光景が見えるらしくて、その光景を無視すると、戻ってきても何度も何度も繰り返し自殺する姿が幻覚のように見えるの。ほら、あの木にもぶら下がってる」

 銀杏の木から葉が落ちた。

「なーんてね。見えるわけないじゃん」

「もう、ちょっと本気にした私がバカみたいじゃん」

「ごめんごめん。じゃあお詫びに、え魅けり世に迷い込んだ場合の対処法を教えてあげる」

「お詫びなら普通にジュースが良いんだけどなぁ。まあ良いか、それで許しましょう」

「猶予は数日。自分が異界で自殺をする前に、同じように迷い込んだ別の人に自殺を止めてもらうこと。もしくは、『生きたい』ということを言葉にして話すこと。このどっちからしいよ」

「なんだ簡単だね。それに具体的」

 遠くの空の端に浮かぶ月の輪郭がはっきりとしだしていた。

 夜は近い。

「本当にそうかな?」

「え?」

「どうもね、自分の死が幸せなものに感じるらしいの。それこそ他人の自殺や死体が、些細でどうでも良いもののように感じるほどに」

「だから自殺の光景を無視するのか。なるほどなぁ」

「ねぇ、私ってさ生きていても良いよね?」

「さぁね、知らないよそんなこと。生きる権利も死ぬ権利もあなた次第なのよ。というか突然どうしたの」

「……そう、だよね。うぅん、なんでもない」

 さぁぁ――。

 夜風に揺れるススキが音を立てる。

 鴉の声が宵闇に溶け、もうどこからも聞こえなくなった。

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無価値の残響 すぐり @cassis_shino

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