第12話 夜柑視点

 衝撃が大きすぎて、少しの間呆けるしかなかった。そういえば声も低くなっている。


 我に返ってその手で顔に触れてみても、いつもの毛の感触は無い。

 もしやこの凹凸は、鼻だろうか。するとその下の凸凹は口。


 なにか体がごわごわすると思い、自身の体を見てみると服を着ていた。どうりで動きにくいわけだ。

 形はあの御方の服に似ているが、それよりも幾分か質素に見える。

 しかし仕える身としては十分すぎるくらいに立派なものだった。


 自分の体をざっと触れて、見て、動かしてみたところ、元の狐らしさはどこにもなく、本当にどこもかしこも人間のようだった。

 いつの間にか炎は消えていたが、爆ぜる感覚がまだ体に残っているようでそわそわする。


「本当に人になってしまいました……姫様!姫様!起きてください!大変です!」


 ボクの足の上で気絶している姫様を揺すってみても、相変わらず起きる様子はない。

 どうしよう、という焦りだけが募っていく。

 だって、ボクには誰かに連絡する手段も、意識のない姫様を救う術も……


 ――違う。ボクは今、人の姿なんですよ!運ぶしかないじゃないですか!


 ――でも、もし姫様を落としてしまったら……ボクは……


 ――自分の身を心配してどうするんですか!お仕えしている方を最優先に救わなければならないんですよ!


 そう決意を決め、ぷるぷると震える手で、体の下に手を差し入れる。

 慣れない体への不安を抱えながら全身に力を入れると、姫様を持ち上げることに成功した。


「か、軽っ……!?」


 もしかしたら持ちきれずに落としてしまうかもしれない、というボクの不安は一瞬にして杞憂と化し、花のように軽い姫様をしっかりと抱き直して歩き出した。


 案外、二足歩行はすんなりと出来た。


 そういえば家はどこだったか。とりあえず道なりに進んでいるけど……今朝はあの方に学校へ連れて行ってもらったから、この道からの行き方は知らない。


「ん〜……ん?どうしてあの方の気配があっちの方から……」


 ピンッと張ったような気配が、数百メートル先からボクの元へ届く。

 あの方はここには居ないはずなのに……でも、もしかしたらあそこが家かもしれない!


 道標が消えてしまう前に、と、早歩きで辿っていく。


 予想通り、気配の源は姫様の家だった。しかし鍵を持っていないし、チャイムを押しても不審がられるに決まっている。


 悩みに悩んだ末、ベランダから入ることにした。


「あ、鍵が開いてる……もう、無防備ですよ!戸締りはしっかりしてくださいね!」


 その無防備さに今だけは感謝しながら、室内へと入った。


 静かにベッドに横たわらせると、姫様はゆっくりと気持ちの良さそうな寝息を立て始めた。

 反対に、ボクは極度の緊張から解かれたせいで体から力が抜け、床にへたりこむ。


「良かった……良かったです……そういえば、あの方の気配はどこから……」


 部屋を見回すが、既にその気配は消えてしまっていた。


「あの距離からでも感じられるということは、相当な代物のはず……ボクが知らない物がどこかに……」


 立ち上がろうとして、勢いよく転んで顔を打った。ジンジンして痛いです……


 これが腰が抜ける……ってことなんですね……!と、微かに感動した。


 仕方が無いので、とりあえず手の届く範囲を探そうと、机の引き出しを開け――ポンッ!!


「うわぁっ!あ、あれ、戻っちゃいましたか……」


 いつも通りの視点と声にほっとしながらも、探し当てられなかったことが残念だった。後であの方に報告しましょう。


「んん……」


 姫様が起きそうだ。

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