神世
13(外伝)
俺は王になるために生まれたんだ!
――あの日、アクイラは使命を捨てることを拒んだ。
十三代目の王は仰々しく椅子に座り、自らの国を見下ろして満足げに息を吐いた。手を差し伸べると小鳥が人差し指に止り、チチ、と鳴いて蒼穹へ飛び去っていく。
今やこの世の全てが王のものだ。神権のおかげで何もかもが上手くいっている。異を唱える人には一言「王命だ」と言えば済む話で、四代目のように気に入らない側近の首を飛ばす必要も無い。
(あの時諦めなくて良かった)
目を閉じ、二十年前のあの日を思い浮かべた。
「殿下、式典の時間が迫っております」
「今行くよ」
成人のセレモニーで演説することになっており、アクイラは日が沈んで来た頃から重たい宝石や布でぐるぐる巻きにされていた。初代のブローチから始まり四代目のピアスも九代目の指輪も現王である父上の紫色の石がはまったアンクレットも今は自分の足にはまっている。これは今までの王が築き上げてきた世界を、その歴史を、民を、全て継承する覚悟を示している。
「これからは俺も大人の仲間入りだから、もう呆けていてはいけないよね」
右手の中指には真新しい銀の指輪がはまっている。アクイラのために南の権力者達が作ってくれた特注品だ。背には歴代の宝物と同じように深い紫色の石がはめ込まれていた。
「アクイラ様、ようやく自覚したのですか」
「うん、ようやく」
全身を白い布で覆った大司教は、それをひらひら揺らしながら王子に頭を垂れた。
「もうかわいらしい殿下はいらっしゃらないんですね」
「早く大人になれって言ったのは誰だっけ」
「はは、これは失礼致しました」
式典が行われる城の中央に向かって二人は歩き出す。
「そちらではありません」
「うん、分かってるよ」
くるりと振り返り、悠然と大司教の前を歩く。今まで目的地に自分の力だけで向かうことなど滅多になかった。
「さては私をからかいましたね?」
大司教は、迷いなく聖堂に向かう王子の背中に、立派になったものだと目を細めた。
「天気にも恵まれ、この式典を開催出来たことをありがたく思います」
地底からあふれ出す神々しい紫色の魔素をバックに、王子は歴代のアクセサリーを輝かせながら言葉を紡いでいく。そこにいる誰もがアクイラの演説に耳を傾け、誰もがその美声に聞き入っていた。
「本日……」
お決まりの挨拶を述べ終え、事前に練習しておいたアクイラ専用の台本を諳んじる……はずだったが、セリフを忘れたかのように口を閉じてしまった。急に黙ってしまった王子に一同ざわざわと落ち着かなく肩を揺らし、隣とこっそり目を合わせて首をかしげた。
「アクイラ……?」
落ち着きのない王女アンネが兄を心配して声をかけ、シッと隣にいた大司教に口を塞がれた。
「ふふっ」
突然にこやかに笑うアクイラは妹の場違いな発言に笑ったのではなかった。見ていたのはアンネではなく父、王アルバのことであった。王は何をするのか分からない息子と目が合い、瞬きする。
「今日から俺がこの世界を動かすよ。俺は神の子で、神に認められた子だからね」
決意したアクイラは拳を胸に当てる礼をして、その手で初代のブローチをむしり取った。
ざわめきの収まらない場を後にして、アクイラはその日「神権を使う」ことを決めた。
次の日、アルバ王が変死し、アクイラが正式に王となった。
王座を手に入れてからはとても順調に進んだ。当たり前だ、そう進むように「命令」したのだから。人を強制的に動かす力をくれた神には感謝しなければならない。何もかもが思い通りだ、権力もこの世界の果ての神秘も、恋人さえ全て手に入れた。もはやアクイラはアーデアに次ぐ二人目の神であった。
部屋の戸をノックし、アンネが扉の外からアクイラを呼んだ。お転婆だった少女も、成長すれば立派な女性になるというものだ。
「陛下、東家からお客様が」
「うん、すぐに向かうね」
ヴルター・オルト・フェルナンデス。古来より王家に従っていた武闘派貴族の当主だ。二十年前は権力者であったが、アクイラがそれを剥奪して自分のものにした。
「アンネ、あの剣を持ってきて。東領主に渡すもの」
「はい」
スタスタと宝物庫に向かうアンネを見送り、アクイラは一足先に謁見の間に赴いた。既に筋肉質の青年とその側近が待っていて、アクイラの影が見えるとすぐに膝をついた。
「北を制圧するなんてよくやるね」
「東は国の武力、当然のことをしたまでです」
「うん、だからね、今日は君にこれを贈ろうと思ったんだ」
王家を象徴する紫色の飾りが付いた剣を抱えたアンネが隣に並び、アクイラの目配せでヴルターの元へ渡しに行く。
「ずっとこのときを待ってた!」
「止めろ!」
はずのアンネは、乱暴に剣を引き抜き、アクイラに向けた。アクイラの命令も無視して全体重をかけて胸に突き刺す。アクイラは胸の前で鉄糸を編んで盾にしようとするが、剣に触れた瞬間に砕け散ってしまった。アンネを引き離そうとした炎も頭を殴るために生み出した岩も、アンネに触れた瞬間に消えた。
「止めろアンネ……自分が、何をしているのか分かってるの!」
「お断りします。これ以上暴君の好き勝手にはさせない」
「ヴル、見ていないで助けろ! 俺の臣下だろ!」
ヴルターやその周りの人々は既に立ち上がっていたが、王が殺される様を見て薄ら笑いしていた。
「ヴル!」
「無駄ですよお兄様、神の力は全て私が拒否してしまいましたから」
「拒、否……」
「ええ、神様が与えてくださった奇跡の力。いつバレるかヒヤヒヤしていましたが、全く気がついていなかったんですね。反乱軍の存在も私が隠していたから知らなかったんでしょう? リーダーは誰だと思いますか?
あら、無駄話しすぎてしまったかしら……」
事切れた兄の胸から真っ赤に染まった剣を引き抜きアクイラの白いマントで拭うと、柱の陰から出てきた女性に渡した。
「陛下、貴女のおかげです。ありがとうございました」
「いいえ、貴女が私の力に気がついていなかったら出来なかったことよ。ありがとう、リラ」
祝呪の辞 コルヴス @corvus-ash
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