4(終)
その日から二日、アクイラはずっとベッドに潜りこんで部屋から出てこなかった。専属の執事がいくら声をかけても、仲の良いアンネの言葉や王の呼びかけでさえ動こうとしない。寝付けないまま、冷静になるまでずっと手で口を覆い泣いていた。
朝自室を出ると、すぐに隈ができた執事が飛んできた。
「ああアクイラ様、アクイラ様!やっとお顔を拝見できました。よかった、お体は大丈夫ですか?よろしければ何があったのか話してください。皆心配していたんですよ」
ずっと心配して眠れなかったのだろう。アクイラは優しい彼に少し悲しそうな顔をして、「城の皆を集めて」とだけ言った。執事は渡すはずだった果物入りのバスケットを持ったまま城内を駆け回り、あっという間に人を聖堂へ集めてしまった。
半時間後アクイラが聖堂の扉を開くと、理由も知らされず集められた人々が一斉に困惑した表情で彼を見た。そして、大丈夫だったのかと心配する人々に無言で笑いかけ、廊を奥まで歩くと祭壇の前で振り返った。
静まり返った聖堂を端から端まで見て、深呼吸をして、事前に考えておいた文句だけを話し始めた。
「皆様急にお集まりいただき、ありがとうございます。簡潔に話すので、よく聞いてください。……俺は、王位継承権を放棄します」
突然の声明に、聖堂がざわついた。王と、彼を育てあげた人々が同時にどういうことだ、と立ち上がる。その中には大司教と一昨日いっしょにいた司教もいた。二人とも一昨日のことは記憶にないようで、突然何故、と眉間にしわを寄せアクイラを見ている。アクイラはほっと息を吐いて淡々と次を発する。口を開くと、事前に言っておいた「よく聞いて」という言葉に従い皆がいっせいに静かになった。
「代わりにアンネを次の王にしてください。最後に……」
それからアクイラは深呼吸をして、聖堂に集まった人々の顔をひとりひとり見渡した。皆がアクイラの生まれたときから今までお世話になった人だ。特に好きなアンネと父には会えなくなってしまうことも、お礼を言うこともできないのが辛い。何がこの声の権力の発動条件かも分からないから、よく考えなければ何も話すことができない。怖くて、自分が嫌になった。
でも、このままじゃいられないから、王子として皆を守らなければならない。溢れる涙を拭い、鼻を啜って聖堂の端まで響き渡る声を放った。
「俺を王家から追放しろ」
全員が言葉を失った。
王は立ち上がり、「アクイラを追放する」と宣言する。これでよかったんだ、とアクイラはうつむき奥歯をかみしめた。
「なんで、やだよ!」
後ろの方で、アンネが叫んだ。全員従うと思っていたアクイラは顔を上げて信じられない、と少女を見つめる。
「……アンネ、まさか、」
しかし、言葉を交わす間もなく、なんらかの罪を犯し罪人となった白髪の青年は傍にいた男達に拘束されてしまった。
「庭に連れて行って」
小さく呟く。綺麗な白髪の少女の伸ばす手がずっとずっと遠くに見えた。
「アンネ様、どうか反逆者へ近づかないでください」
「貴女を危険に晒す訳にはいきません」
「なんでアクイラの言う通りにしてるの、おかしいと思わないの!ねえ皆、ねえアクイラ!」
羽交い締めにされながらアンネが聖堂から出ていく。それを見届け心の中でごめんね、と呟く。君の王権は権力を拒絶するだけ、それなら誰も傷つけない。きっと立派な女王様になれるよ。
アクイラは庭へ投げ出され、男達はそそくさと戻っていった。
庭には予め荷物をくくりつけておいた神獣が待っていた。アクイラはそれに飛び乗り、空高く舞い上がった。包帯を外し、涙を拭うついでに右手で目を隠した。緑色の瞳は遠くのものまではっきりと見えるようになる。バルコニーからアンネが号泣しながらアクイラの名前を呼んでいる。青年を乗せた鷲は名残惜しそうに城の上空をぐるぐると周り、小さく城に手を振って西へ飛んで行った。
これでよかったの?
「うん。これしか思いつかなかったよ」
心配そうな声で問いかける鷲の背中に顔を填め、アクイラはこんな能力欲しくなかったと呟いた。
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