非現実:5
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
すぐ傍で鼓膜を突く、等間隔の音が聞こえる。
プレイが死んだ。
ゆっくりと目を開けば、どこか心の片隅で予想していた通り、灰色のコンクリートに囲まれた狭い一室にいた。
気づけば俺はまた、あの冷たい椅子に座っていて、両手両足を拘束されている。
「まずは貴方の名前を教えてくれるかしら?」
非現実的なほど白い髪を肩まで下ろす、妙齢の女。
アキラ。
俺たちを謎の館に閉じ込め、殺人ゲームに巻き込んだ張本人。
これで、二回目だ。
彼女が俺の名前を、また訊ねている。
「……俺の名前はトオルだ」
「そう。気分はどう、トオル?」
「最悪だよ。これまで以上に、最低の気分だ」
「そう。それは悪くないわね、トオル」
どこか既視感のある会話。
マニュアルがあるかのように、アキラは定型的に言葉を発する。
「それじゃあ、トオル。あと何人残っているのか教えてくれる?」
「……そんなの、俺に聞かなくてもわかるんじゃないのか? あんたが俺たちを集めたんだろう?」
「たしかに貴方をここに連れてきたのは私だけれど、私は貴方の全てを理解しているわけじゃない。だから、こうして、テストを続けている」
おそらく俺たちと殺人鬼を館に閉じ込めるゲームのことを言っているのだろう。
この女にとっては、どうやら見せ物といった類のものではなく、どちらかというと何かしらの反応を観察するために行なっているらしい。
反吐がでる。
好奇心のために、人の命を弄ぶなんて。
狂っている。
俺は沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じた。
「質問を続けるわ。あと何人残っているのか教えてくれる?」
オゾンの次は、プレイ。
これでもう、館の外にいるかもしれないスノウを含めれば残り五人になってしまった。
「プレイが死んだらしい。だからあと五人だ」
「プレイ? オゾンの次は、プレイ。なるほど。興味深いわね。順番は……まあ、順番はメインサブジェクトではないけれど」
手元のタブレット端末を何度かタップすると、アキラは自らの唇を撫でるようにして口を噤む。
俺はぼんやりと、一度アキラとここで問答をした時のことを思い出す。
たしか、あの時もこの女はオゾンの名前を聞いた時、不思議そうな反応を示していた。
攫った相手の名前を知らないのか?
いや、それはあまりに不自然すぎる。
俺は思考を訂正する。
違う。
名前が、違うんだ。
オゾンにプレイ、インク、スノウ、トーチ、フウカ。
明らかに、令和の現代日本人にしては名前の響きが変わっている。
もちろん、最近は個性的な名前がクラスメイトの何人かには見つけられるようになっているが、ここまで偏るのは不自然だ。
本名じゃない。
だとしたら、それはなぜだ?
どうして俺以外の皆は、本名を隠している?
「……どうして、俺に訊く」
「質問の意図が、わからないわ」
「オゾンの時もそうだった。どうして俺に誰が死んだかを訊く?」
「正確な確認のためよ。私が見ている世界と貴方が見ている世界は違う。同じ現象を全く違う映像として認識している。だから照らし合わせが必要なの。見ているものは違っていても、同じ現象が起きていることを確かめるために」
「どういう意味だ?」
俺の追求に、アキラはほんの僅かに口角を緩めるだけで、何も答えない。
だが、俺はそこで自分自身の言葉に、違和感を覚える。
どうして俺に誰が死んだかを訊く。
厳密に言えば、アキラの問いかけは違う。
あと何人残っているのか教えてくれる?
人数だ。
前も、アキラは俺に人数を尋ねた。
誰が死んだかではなく、何人残っているか。
この微妙な差異に、意味はあるのか?
この狂気的なテストを開催している女は、いったい何を俺たちの中に見つけようとしている?
疑問が増え続ける中、アキラは机の下から、また鈍色に輝く拳銃を取り出し、俺に銃口を向ける。
そしてその瞬間、俺は嫌な予感を覚えた。
そういえば、俺はまだ、あの拳銃をきちんと保持したままだよな?
「これはまだ、最後じゃないわ、トオル」
特にその拳銃の説明もせず、またアキラは引き金を引く。
ぱぁん、という乾いた音が響くのを聞きながら、俺は思う。
本当に、これが最後じゃないのだろうか。
もし次に殺されるのが俺だったら、アキラは誰に残った人数を問いかけるのだろう。
薄れゆく意識の中で、俺は自らの役割を引き継ぐとしたら誰になるかを考えていた。
異能館の殺人 谷川人鳥 @penguindaisuki
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