現実:19



 ついに完全に日が暮れ、あたりは深い闇に覆われた。

 もちろん電灯の類などはないが、大きな満月が煌々と輝いているおかげで外でもそこまで視界に不安はない。

 テラスの上からはトーチが感情の読めない鉄仮面のまま、仁王立ちで俺を見下ろしている。

 すでに、俺の監視役として彼女の番がくるのはこれで二回目だ。

 話を聞く限り、どうやらインク、プレイ、トーチの三人の内、一人が俺の監視。

 そして残りの二人が館の中を巡回し、異常がないか確認する。

 内部を一周したところで、監視役を一人交代する。

 そういったルールに決まったようだ。


「今のところ、異常はなし、ということか」


 俺のことを見ているのか、見ていないのか。

 トーチの表情から何かを見抜くよりは、草木の感情を感じ取る方が簡単かもしれない。

 物珍しいものがあるわけでもない中庭では、もう見るようなものもない。

 時間を持て余した俺は、仕方がないので足りない頭で考えを巡らせることにする。


 殺人鬼は、誰か。


 この最大の問題を考える前に、俺は改めて考えてみる。

 それは七人目の存在、フウカについてだ。

 これはもしかしたら、ある程度言葉を交わして、この極限状態で一緒に時間を過ごしているせいかもしれないが、どうにもトーチ、プレイ、インクの三人の中に殺人鬼が潜んでいるとは思えない。

 予知能力者であるオゾンはすでに死んでいる。

 そうなると、もはや答えは二択に絞られる。


 スノウかフウカ。


 この二人のどちらかが、殺人鬼だと想定するのが俺の現時点でのスタンスになる。

 

「……ただ、まず考えるべきは、フウカの方だろうな」


 オゾンの殺害方法も含めて推理を重ねていきたいところだが、大きな問題が一つある。

 それはフウカの異能が不明だということだ。


 そもそも、なぜフウカは俺たちの前に姿を現さないのだろうか?


 殺人鬼ではないと想定した場合、フウカの行動には疑問が残る。

 このどこに異常者が潜んでいるかわからない館の中で、どうしてここまで頑なに俺たちと合流をしないのか。

 常識的に考えれば、理由は二つ。

 

 一つは、フウカが殺人鬼。


 合流する理由が存在しないというパターン。

 これまでどこを探してもフウカが見つからないのは、彼自身が俺たちから姿を隠そうとしている意志があれば不可能ではないように思える。

 そもそもフウカの異能がそういった隠密活動に長けた能力の可能性も非常に高い。

 俺の想像力に乏しい頭でも、透明化能力や擬態能力、それか幻覚や錯覚を利用した認知の歪みを司る能力が思いつく。

 そういった何らかの異能を使用して、俺たちの目を欺いている可能性は大いに高い。

 ともかく、ここまでフウカの姿が見つからないとなると、本人の意思でそうしていると考えるのが自然だろう。

 ただ、理由はもう一つ考えることもできる。


 それは、フウカが、


 フウカなんて人間は、そもそもこの館の中に、本当にいるのだろうか?


 ここまで探して見つからないとなると、存在自体が疑わしくなってくる。

 今のところ、フウカという人間の存在を仮定している根拠は二つだ。

 一つはアキラと名乗る、ここに俺たちを誘拐してきた存在が、この館には七人いると口にしたこと。

 もう一つは転移能力者テレポーターであるスノウが、フウカという名前の少年に会ったということ。

 あえて、アキラとスノウが架空の存在を作り上げるとは思えない。

 そうなると、想定されるのは、最初はいたが、もういないという状況だ。


 オゾンが一人目の犠牲者。

 この前提がすでに間違っている可能性も捨てきれない。

 

 オゾンより前に、フウカは殺害されていて、その死体も処理済みなのではないだろうか。

 

「……いや、考えすぎか。思考が飛躍してる。死体の処理をするのはそう簡単じゃないぞ」


 そこまで思考に深く潜ったところで、俺は頭をぶるぶると水に濡れた犬のように震わせると顔を月に向かってあげる。

 オゾンより先にフウカが殺されていたとして、その死体を結局完全に消し去ることは難しい。

 それこそ、可能なのは、転移能力を持ったスノウくらいだろう。


 ——いや、もう一人、いるか?


 顔を上げれば、いまだに姿勢を崩さず、自分の監視役の番が回ってきたときから、全く変化のない体勢と表情を維持するトーチが見える。

 発火能力者パイロキネシス

 彼女の異能ならば、塵一つ残さず、燃やし尽くすことも可能なのではないだろうか。


「……違う違う。また思考が飛躍してる。発火能力じゃ、俺の目の前でオゾンを殺すのは不可能だろう」


 俺は再び暴走を始めた自らの思考にブレーキをかける。

 たしかにトーチならフウカを跡形もなく殺すことが可能だろうが、今度は逆にオゾンをどうやって殺したかわからなくなる。

 死角から襲う、または毒殺、あるいは別の手段。

 俺はあえて距離を置いているオゾンの遺体の方へ視線を送る。

 結局はそこに戻る。

 どうして、予知能力者オゾンは死んだのか。


 どこかの謎が解けそうになると、また別の謎が引っかかり解けない。


 やはり、俺に探偵役は荷が重いらしい。


「……ん?」


 ここで段々と頭が痛くなってきた俺は目頭を擦っていると、先ほどまではなかった騒めきがテラスの上から届いてくることに気づく。

 気づけばトーチの隣に、インクの姿が見える。

 黒い前髪から覗くインクの瞳は、どこか切迫した気配を感じる。


 嫌な、予感がした。


 俺に対する監視役の順番交代にしては、少し早い。

 狼狽を感じさせるインクとは対照的に、平静を保ったままのトーチが俺を一瞥すると、その後何かを呟く。

 

 ここからでは、インクとトーチの会話は聞こえない。

 俺は段々と脈拍を上げていく胸をそっと抑える。


「——おわっ!」


 すると、ふいに足元が地面を離れる。

 覚えのある浮遊感。

 見えない力に引っ張られるように、俺は宙に浮かんだまま、テラスの上まで引き上げられていく。


「トオル。あなたにも来てもらいます」


「……なにがあった?」


 インクの念動力サイコキネシスで中庭から引き戻された俺に、インクは視線を合わせないまま言葉を短く伝える。


「また一人、死んだらしい」


「え?」


 カチ、カチ、カチ。

 また、頭の片隅でメトロノームが鳴り始めるのがわかった。

 勘弁してくれ。

 誰だよ。

 誰のことを言ってるんだ。

 すでに話を聞き終わっているらしいトーチは、と同じ目をしている。


「死んだ? 誰が?」


 カチカチ、カチカチ、カチカチ。

 自分でも、どこか間抜けな言葉に聞こえた。

 それでも、確認してしまう。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 ここに本来はいるはずの、彼女が、いない。

 だから、本当は、聞かずともわかっていた。



「プレイだ。プレイが死んだ。これから先はもう、気軽に怪我はできないな」



 トーチが、あっさりと、いとも簡単にその名前を出す。

 それはまるで、日常会話のような気軽さで。

 学校の小テストの点数を伝えるような、薄っぺらい結果報告。

 

 ——カチッ。


 また何かが、途切れる音がした。



 プレイが、死んだ。



 二人目の犠牲者は、治癒能力者ヒーラー

 夜に差し掛かる中、俺はそこであまり重くなった瞼を一度閉じた。

 

 

 

 

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